世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) さらに、楽しく!

オーストラリア
ニュー・サウス・ウエールズ州教育省
矢崎 満夫

1.はじめに

 国際交流基金の1998年調査によると、オーストラリアの日本語学習者数は約31万人と世界で2番目の多さを誇り、そのうち初等・中等教育機関の学習者が全体の約96%を占めているといわれています。私は日本でも年少者日本語教育にずっと携わってきましたが、その経験を生かすべく、2002年4月から、NSW州教育省で日本語教育コンサルタントとしての任務にあたっています。

2.基金派遣専門家の役割は?

 州内の外国語教育の支援を担当している言語ユニットには、日本語をはじめとした8言語(日本語・イタリア語・インドネシア語・韓国語・ギリシャ語・中国語・ドイツ語・フランス語)のコンサルタントがおり、それぞれの言語教育の支援を担当しています。日本語コンサルタントは2名配置されていますが、そのうちの1名の職務を基金の派遣専門家がこれまで担ってきました。もう1名の日本語コンサルタントは、NSW州内において長年活躍してきたオーストラリア人スタッフです。
 派遣専門家は、基本的に約2年の周期で交代してしまうため、教育省における継続的な支援は行いにくいと考えられます。そのため、小中高校日本語教員に対する、細かいシラバスの内容やカリキュラム作成に関する助言等の業務は、現地人コンサルタントが行い、派遣専門家は、ネイティブスピーカーとしての視点を生かした、新しい日本語教育教材の開発や、日本語教員研修及び生徒に対する特別セッション等を中心に担当しています。

3.これまでの成果について

 赴任してからのこの1年余りの間に、私が行ってきた主な教員研修と教材開発には次のようなものがあります。

教員研修

(1) 『けんたろうくんの1日』写真教材(国際文化フォーラム1995)を利用した小学校教員向け研修会
(2) 『であい』写真教材(国際文化フォーラム2001)を利用した高校教員向け研修会
(3) 『干支』と『羊のお話』という2つのトピックで行った高校教員向け研修会

『けんたろうくんの1日』を使った授業の写真
けんたろうくんの朝ごはんは何でしょう?

 (1)と(2)は、どちらも日本のある小学生及び高校生の生活を写した写真パネルを使って、登場人物自身や日本の文化習慣等について学びつつ、日本語の学習を進めていくというものです。これらは教室ですぐに使えるアクティビティの紹介に重点をおいて行いました。(1)では、対象が小学生ということで、リズムや歌で簡単な日本語表現を覚えたり、クイズやゲームを入れたり、また、身体を動かす遊びなどのアクティビティを多数紹介しました。(2)では、ある高校生の1日の生活について順番を考えたり、疑問点を指摘したり、また、その高校生の家にホームステイをしたらどんなことが起きると思うかをロールプレイしてもらうなどのアクティビティを入れました。(3)は、「干支」と「羊」についての知識や情報を得ながら、日本語学習を進めていくというもので、これは主に教員の日本語能力向上を目的として研修を実施しました。「干支」では、十二支の物語の紹介や、干支占いに関するアクティビティを考えました。「羊」では羊のイメージや特徴、羊と人間との関係、日本とオーストラリアの羊の比較、羊の漢字に関するアクティビティを入れました。どちらも文型等の日本語そのものを学Kするというよりも、まず初めにトピックがあり、それについて学ぶために日本語を使用するという「内容重視」のコンセプトになっています。

教材開発

(1) 基本的計算能力と日本語の統合学習を目指した教材『新幹線に乗って』
(2) 日本に関する情報を取り入れた読み取り教材『北朝鮮拉致問題』
(3) ウェブサイトを利用した日本語学習教材『携帯電話』

 こちらに来てみて驚いたのは、外国語教育の中に、計算能力や読み書き能力の伸長を目指した教育をどのように取り入れていくかということが、大きなテーマになっていることでした。なぜなら、これらは日本での年少者日本語教育でも重要な課題の1つになっているからです。そこで、(1)の教材では、オーストラリアの高校生が日本に行き、新幹線に乗って旅をするという設定にし、時刻表を見ながら距離や速さの計算をしたり、買い物でいくら使ったか、予算内でどのホテルに泊まれるかを考えたりするなど、数種類の問題を作ってみました。
 また、現場の先生たちからは、特に今の日本の情報や話題を伝えてほしいという要望が強いことから、(2)のような読解教材を作成しました。こちらの高校生にもわかるような日本語で記事を書き、タスクとしては、難しい単語の推測や、内容の正誤問題、登場人物は誰かを当てる問題、また記事の順番を再構成する問題やディベートなどを取り入れてみました。
 (3)では、もう少し子どもたちの興味・関心に合ったものをということで、携帯電話をトピックに選んでみました。加えて、インターネットを使った教材をもっと作ってほしいという意見も多く聞かれたため、日本の携帯電話のウェブサイトを利用した教材を開発しました。これは、オーストラリアの子どもたちの携帯電話の使用状況を確認する会話アクティビティから始まり、日本の携帯電話では何ができるかを当てるクイズで興味を高め、インターネットを使って日本の携帯電話について調べてもらうという教材です。絵文字や動画、写真を利用した、さまざまなアクティビティを考えました。

4.これからも、さらに・・・

 日本語の先生たちが教えているのは、小学生や中学・高校生といった年少者です。彼らが日本語を学ぶモチベーションは、大人とは違い、決して高いとはいえません。つまり、まず日本語の授業を「楽しい」と感じてもらうことが重要なのだと思います。そして、その楽しい日本語の授業のためには、彼らを教える先生たち自身が、「日本語の勉強は楽しい」と思ってくれなければいけないとも思うのです。そのために、残された時間の中で私がするべきことは、まだまだたくさんあるのではないかと感じています。今日もまた、私の「日本語アクティビティ・クリエーター」としての仕事は始まっています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ニュー・サウス・ウエールズ州教育省は、州内の初等・中等教育を管轄する州政府省庁である。外国語教育の支援を担当する言語ユニットは、省内のプロフェッショナル・サポート&カリキュラム部の中に属し、政策的な助言の提供やカリキュラム支援教材の開発、語学教師に対する研修の実施等を行っている。なお、州の高校修了試験および小中高校のシラバス等の作成は、Board of Studies という、別の組織が担当している。国際交流基金からの専門家は1991年から継続して派遣されており、アドバイザー業務としては、日本語教員研修会の開催、ニューズレターの作成、日本語教育教材の開発、学校訪問の実施等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 オーストラリア・ニューサウスウエールズ州教育省
New South Wales Department of Education and Training
ハ.所在地 3A Smalls Rd. Ryde NSW 2112 Australia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名

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