世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) オーストラリア各地における教師研修

国際交流基金シドニー日本文化センター
磯村一弘

 全般的な活動内容については昨年の報告を見ていただくことにして、今回は業務の中心を占める、オーストラリア各地における教師研修の様子を御紹介する。

1月:シドニー

 2004年の最初の研修は、シドニーセンター主催の集中研修である。この研修は、各州から教師を招聘し、一週間の「日本語漬け」の環境の中で、日本語、日本語教授法をトレーニングする。今回は、高校生を教える教師26名が参加した。筆者の担当は「日本語」の授業が二種類、それとテクノロジーのセッションであった。オーストラリアの教室でもITの利用が盛んになってきており、実際にコンピュータを操作しながらの具体的なワークショップに、研修生は熱心に取り組んでいた。

 この研修は、他にも料理教室、カラオケ大会、日本人とのインタビューなど盛りだくさんな内容だ。一週間の研修を終えた後、教師たちは、充実した疲れとともに各州へと戻って行った。

シドニー風景の写真
シドニー風景

インターネットの授業の写真
インターネットの授業

2月:ブリスベン

 QLD州は、オーストラリアの中でも非常に日本語教育の盛んな地域である。現地の私立学校組織が主催するこの研修会には、毎年熱心な教師達が集まってくる。筆者の今回の担当は、まず日本語として「QLD旅行」「日本人と仕事」というトピックベースの授業、それから「日本語で折り紙」という、教授法・文化紹介の授業。折り紙は、手軽に教室で体験できる日本文化として、オーストラリアでは依然強い人気を保つ。今回は、折り紙のデモだけでなく、教師が自分の教室で日本語を使いながら折り紙を教えられるようになることを目指した。

 研修終了後はどの参加者からも満足の声を聞き、現地の派遣専門家とともに研修の成功を祝った。

3月:ダーウィン

 北部準州はエアーズロックやカカドゥで日本ではおなじみだが、人口は少なく、日本語教育の規模も小さい。それでも今回は12名の熱心な教師が集まった。参加者の多くが日本人教師だったということもあり、今回は全て教授法のセッション。内容は「文法に注目したアクティビティー」「発音を教える」「インターネットと日本語教育」の三つである。

 研修は順調に進んでいたものの、最後のインターネットのセッションで突然ハプニングが。終わり40分を残し、インターネットが全く繋がらなくなってしまったのである。オーストラリアでは機械の故障は日常茶飯事であり、今回も事前に接続状況を入念に確認しておいたのだが、それでも突然壊れてしまっては仕方ない。最後は実際のデモなしの説明で切り抜けたが、悔いの残る結果となってしまった。

3月:メルボルン

 VIC州の日本語教師会(JLTAV)は、オーストラリアでも最も活発な活動を行っている。この教師会大会ではいくつかの会場に分かれ、様々なテーマのセッションが開かれた。筆者のテーマは「リズムの達人」と題した、日本語の拍とリズムを扱う音声指導法のセッション。オーストラリアの研修会では、教師が教室ですぐ使える楽しい活動のアイデアを交換するのが一般的であり、音声指導法のような、言語学的内容を含んだこのセッションは、どちらかというと「マニア向けの色物」という感じであった。予想通り、事前に参加登録をした人数は多くなかったが、実際に参加した教師からは非常に好意的な反応が得られた。二回目のセッションには、口コミもあってか事前登録を大幅に上回る人数が当日参加し、セッション成功の手応えを得ることができた。

 この日の夜は、VIC州派遣専門家のお宅へとお邪魔する。オーストラリアの日本語教育について熱い議論を交わしながら、夜中まで酒を酌み交わした。

4月:ニュージーランド

 シドニーの派遣専門家の活動範囲は、時にオーストラリアを出てニュージーランドにまで及ぶ。今回はニュージーランドでの合宿セミナーに、センターから講師二人が招かれた。筆者のセッションは、やはり筆者が前年の9月にここで行った音声教育のセッションが好評だったということで、その続編を依頼された。北島、南島の一カ所ずつで行われたセミナーは、今回も幸い盛況であった。

 しかも今回の会場は、南島ハンマースプリングス、北島ロトルアという温泉地である。夜は、地元の教師達と湯船でネットワーク。温泉を久しぶりに味わいながらの、充実した情報交流であった。

 今年度は、この後も6月のパース、8月のタスマニアと、各地での研修が予定されている。こうした「旅芸人」のような生活も、その土地の様々な日本語教育に実際に触れられるという意味で、非常に意義が大きい。これは、オーストラリア各州に派遣されているアドバイザー派遣専門家と異なり、シドニーセンターに派遣される専門家が持つ利点であろう。こうした経験によって得られた視点を、オーストラリア全体を対象としたセンターの幅広い日本語教育支援に、今後も生かしていきたい。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
シドニー日本文化センター(日本語教育部門)は、1991年にシドニー日本語センターとして開設され、2004年の国際交流基金機構改革によって日本文化センターと統合された。現地の教育制度の枠に属さない数少ない日本の機関として、オーストラリア全体を視野に入れた日本語教育支援を行っている。その主な事業内容は、教師研修会の開催、他機関主催研修会への協力および援助、日本語関連行事への協力、教材・教具の開発および寄贈、カリキュラム・教材・教授法に関するコンサルティング、情報の提供と収集などである。また、年4回ニューズレターも発行している。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Foundation, Sydney (Language Section)
ハ.所在地 (Sep.2004-) Level 1, Chifley Plaza, 2 Chifley Square, Sydney, NSW Australia
(-Aug.2004) Level 12, 201 Miller Street, North Sydney, NSW Australia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名

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