世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ポケモン、スシ、ニンテンドー クイーンズランドっ子への日本語・日本文化の浸透ぶり

クイーンズランド州教育訓練芸術省クイーンズランドLOTEセンター
岸田理恵

 クイーンズランド州は、オーストラリア大陸北東部に位置する温暖な気候と豊かな自然に恵まれた広大な地域で、ゴールドコーストやグレートバリアリーフなどのリゾート地でも有名です。州政府教育訓練芸術省クイーンズランドLOTEセンターに、国際交流基金派遣の専門家が日本語アドバイザーとして常駐するようになってから今年で20年になりました。クイーンズランド州では1990年代からアジア言語の教育が盛んになり、数多くの初中等教育機関でLOTELanguages Other Than English)つまり英語以外の言語が必修科目として教えられてきました。この間、カリキュラムや教材の作成などによって、公立学校の外国語教育を支援してきたのがLOTEセンターです。日本語は、州推奨のLOTE6言語(日本語、中国語、インドネシア語、イタリア語、ドイツ語、フランス語)のうち最も人気のある言語で、クイーンズランド州の公立学校では約4割(5万人程度)の生徒が日本語を勉強しています。

 教育現場での取り組みとは別に、ここ数年、若者への日本文化の浸透ぶりには目を見張るものがあります。毎日のように放送されるテレビアニメの人気はもちろんのこと、手頃なファーストフードとして知られる寿司(ツナや鰻などの海苔巻き)を片手に、学校帰りの中高生が最新型の日本製の携帯ゲームに興じる姿を見かけることも珍しくなくなりました。人気の若者文化の発信地に憧れ、日本行きを希望する高校生も少なくありませんが、実際のチャンスを手にするのは簡単なことではありません。

シニア・イマージョン・デーのおみやげ面白グッズ・コーナーの写真
シニア・イマージョン・デーのおみやげ面白グッズ・コーナー
シニア・イマージョン・デーのソーラン節レッスンの写真
シニア・イマージョン・デーのソーラン節レッスン

 こうした状況を背景に、今年5月、州都ブリスベン市内の州立高校の体育館で「シニア・イマージョン・デー」と題された日本語体験日が催されました。シニアは日本の高校に相当する学年を指し、イマージョン(immersion)とは「浸した状態」を意味します。言語教育の世界では「没入法」と訳され、学習中の言語を使って生活しながらその言語を修得させる教育法を指します。この日は、クイーンズランド州の高校生をオーストラリアにいながらにして、日本語だけの環境に1日、どっぷり浸してみようという試みが行われたわけです。当日の会場には、ブリスベンとゴールドコースト地域で日本語の授業を選択している高校生約80人が集まって、日本語だけを使って参加するワークショップを楽しみました。

 ワークショップは、「仙台の七夕」、「東京の一日」、「京都ミステリーツアー」、「おみやげ面白グッズ」と命名された4つのコーナーからなります。参加者は、日本各地の旅行を楽しんでいる気分になって、各コーナーの課題をこなしていきます。高校生たちにとっては、普段の授業で身につけた「話す、聞く、読む、書く」の四技能の力を実際の場面で発揮するまたとない機会です。筆者も久しぶりに日本語教師にもどって「おみやげ面白グッズ」のコーナーを担当しました。これは、日本から持って帰りたいおみやげを選んで日本語で紹介するワークショップです。語彙の確認、動詞の普通体の復習から始まって、連体修飾の文を作る練習をします。次に、生徒たちにオーストラリアでもお馴染みの日本のアニメ、ゲーム、食品などから好きなものを選んでもらい、最後に「ぼくがえらんだおみやげは○○です。○○はオーストラリア人に人気があるアニメです。」といった紹介文を発表してもらいました。またプログラムの最後にはソーラン節の紹介が行われ、参加した高校生たちは踊りの稽古を楽しんで日本語環境体験の1日を終えました。

 こうした1日限りの日本語体験のほかに、クイーンズランド州には毎週一定の時間、特定の教科を外国語で教えるイマージョン・プログラムを実施している公立学校が8校あります。ロックハンプトン(ブリスベン市の北600km)のクレセント・ラグーン小学校の校舎では、10年前から日本語のカプリコニアLOTEイマージョン・プログラム(通称CLIP)が実施されてきました。発達段階の早い時期に目標言語のイマージョン教育を受けることは音声の習得に有利だと言われますが、実生活で使える段階になるまで発達に応じた学習環境を継続的に維持することは容易ではありません。特にヨーロッパ言語を母語とする学習者が日本語の習得を目標とした場合、日本語と日本語の教授法についての高度な知識を持った教師が必要かつ十分な時間を使って指導を行うことが条件であるとの指摘もあります。

 現在、クイーンズランド州教育省では過去約20年間にわたって実施されてきたLOTE教育の成果と反省を踏まえ、新たなステージに向けての教育改革が行われようとしています。年少者の日本語教育に関心のある人々は、当地のLOTE教育が今後どのような新たな局面を迎えるのか注目していることでしょう。一方で、オーストラリアでは小学生のときから日本語や日本文化に親しんだ大勢の国民が実社会で活躍する時代を迎え、オーストラリアと日本の関係も新しい時代に入っていくことになるでしょう。今後どこまで日本語と日本文化が浸透していくのか、クイーンズランド州の動向からは目が離せません。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
クイーンズランドLOTEセンターは州政府教育訓練芸術省の付属機関であり、州内の初・中等レベル(基本的に州立校)におけるLOTE(Languages Other Than English)教育の支援をする機関である。1990年に設立され、1995年に現在地に移転。LOTE教育の図書館が同建物内にある。上席LOTE教育担当官3名と日本語アドバイザーが所属し、教材開発、教師研修、教師や関係各機関への助言等を業務としている。国際交流基金からの日本語教育専門家は1988年から現在まで継続して派遣されている。
ロ.派遣先機関名称
Queensland LOTE Centre, Department of Education, Training and the Arts
ハ.所在地 Corner of Montague and Ferry Roads, West End, Queensland 4101, Australia
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:1名
ホ.アドバイザー派遣開始年 1988年

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