世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) モノリンガルよ、さようなら

オーストラリア タスマニア州教育省
原田 明子

タスマニアの外国語教育

教育省外国語のスタッフの写真
教育省外国語のスタッフ

 メルボルンから、飛行機で1時間15分南下すると、オーストラリアの中で最も大きい島、そして最も小さい州であるタスマニアに到着する。イギリスの面影を色濃く残す州都ホバートにも、最近アジアからの留学生やアフリカからの難民が増えてきたが、それでもメルボルン、パース、シドニーなどに比べると、移民の大半はヨーロッパ系の白人であり、まだまだ多文化社会とは言いがたい。幸か不幸か、英語が母国語であり、本土からも遠く離れた島に住むタスマニアの人々は、他の言語を本気になって学ぶ必要性をそれ程感じていないようだ。事実、英語さえできれば事足りてしまうのである。数学、英語、科学、歴史、ITを基本に据えた昨年の新カリキュラム編成時には、外国語教育は隅に押しやられ、外国語教師のロビー活動により、ようやく英語教育の枠組みの中に残されたという経緯からも、そのことは窺えるだろう。そこで、教育省の外国語スタッフは、この単一言語志向(モノリンガル)に警鐘を鳴らすべく、現在外国語学習の効果を広く訴えている。たとえば、外国語教育は視野を広げるだけでなく、生徒の英語能力をも高められること、言語能力だけではなく、異文化理解を含めた形での学習によって、カ徒の健全な自己確立に寄与できること、などである。

日本語アドバイザーの仕事

フォース小学校、1,2年生のクラスでの授業風景の写真
フォース小学校、1,2年生のクラスでの授業風景

 現在、タスマニアの小中高では、基本的にフランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語、インドネシア語を学ぶことができる。とはいえ、全ての学校がこの5言語を教えているわけではなく、外国語を教えていない学校もたくさんある。日本語は、タスマニア州全体で、約50校で教えられており、その数はフランス語に次いで第2位となっている。ここでの日本語アドバイザーの仕事は、タスマニア中に散らばる全ての日本語教師をいろいろな角度からサポートすることだ。教師のための日本語教授法やITセミナーの開催、リソースの開発、日本語教師ネットワークの確立及び維持、スピーチコンテストや書道コンテストの開催、毎月1回のニュースレター発行、学校訪問による模擬授業や教師との懇談、高校卒業試験(TCE)問題作成、など多岐にわたる仕事を行っている。その他、教育省の外国語スタッフの一員として、カリキュラム・シラバスの開発や異文化間言語教育学習(ILTL)の教室活動例作りにも関わっている。

 もうひとつ、今年の目標に掲げているのは、教師が手軽に利用できるタスクやリソースの開発である。残念ながら、ここに日本語アドバイザーが常駐するのは今年が最後なので、タスマニアのカリキュラム、シラバスに沿ったものを、できるだけたくさん作成しておきたいとの思いからである。今は、教室で簡単に作れる日本食のレシピ集の作成に取り組んでいるが、その他、レベル別日本昔話集(語彙を限定したもの)、TCE練習問題集なども作成する予定である。また、日本語教師の日本語力維持、またはレベルアップのために、スカイプなどを利用したチャットの会も考えている。

日本語は難しい?

 昨年一年間かけて開発したシラバスは、言語教師の間でも評判がいいのでほっとしている。今年は、コミュニケ-ション、システムとしての言語、言語と文化という3つの柱を持つこのシラバスを、実際の教室の中でどう活用していくか、具体的な活動例の形でまとめることが目標だ。とはいえ、唯一非アルファベット言語である日本語は、文字の学習に時間がかかるため、他の外国語を学習している生徒に比べ、学習進度がかなり遅い。先日も、学校訪問した際、「マフィンは、日本語でどう書くの」と聞かれ、カタカナで「マフィン」と書くと、「’f’ はどの文字」と聞き返された。アルファベット一文字ずつにひらがな/カタカナが対応しているわけではないので、子音のfのみを表す文字はないと説明したが、どこまでわかってくれたのだろうか。自己紹介で、黒板に漢字で名前を書いたときも、「漢字は、いくつある?」と聞くと「5つ」「6つ」「3つ」「4つ」といろいろな答えが返ってきた。漢字の認識字体が、彼らにとってはとても難しいのだろう。日常ひらがなや漢字を目にする機会もほとんどなく、また、コミュニケ-ションとして日本語を使うこともない学生たちの学習動機を保つのは容易ではない。

アジア言語の復活

 昨年11月の首相選挙で、中国語を流暢に話す労働党のケヴィン・ラッドが勝利したことで、タスマニア言語関係者の間では、外国語学習がまた盛んになることを望む声が大きい。既に、国の言語政策にも変化が起き始めている。来年度より、新たにアジア言語学校教育計画(NALSSP)というプログラムの開始が決定され、6240万豪ドルの予算もついた。タスマニアの人々が、モノリンガルから脱却するのもそう遠くはないと期待している。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
タスマニア州教育省は、州内の公立学校(初等・中等教育)を管轄する政府省庁であり、カリキュラム作成および政策的助言、教材開発、教師研修の実施、各教科に対する支援などについて計画実施する機関である。国際交流基金からの専門家派遣は1998年に始まり、日本語アドバイザーとしてセミナー・ワークショップ開催による学習機会の提供、教材や教え方に対する助言、学校訪問、ニューズレター発行、教師のネットワーク作り、高校卒業試験(Tasmanian Certificate of Education) 作成などの活動を行っている。
ロ.派遣先機関名称 オーストラリア・タスマニア州教育省
Department of Education, Tasmania
ハ.所在地 Learning Service(SE) Moonah Primary, Derwent Park Moonah
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:1名
ホ.アドバイザー派遣開始年 1998年

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