世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)日本語学習からひろがる世界

シドニー日本文化センター
蜂須賀真希子・須摩亜由子・三矢真由美

シドニー日本文化センター(以下、センター)の日本語事業の中から、教材作成と日本語講座についてご紹介します。

生徒の学びを豊かに

広いオーストラリアでより多くの先生方をサポートできるように、当センターでは、オリジナルの教室活動の教材を作り、 ‘Classroom Resources’でウェブ発信しています。オーストラリアの日本語教育の97%を占める初中等教育が対象で、どんな教科書を使っていても少しアレンジすれば自分の生徒に使えるような柔軟性のある教材を目指しています。初中等教育対象と言っても、小学校入学前の準備学級(日本の幼稚園年長相当)から12年生まで(日本の高校3年生相当)とかなり幅があり、日本語の授業でも発達段階に合った内容と活動が必要となります。初等では身近で楽しい活動、初等後半や中等では社会問題などに目を向けられる少し深い内容が求められます。「難しすぎる?」「幼すぎる?」と、発達段階を意識しながら教材を作っています。

特に難しいのは初等用の教材です。2015年に全豪カリキュラムが発表され、日本語の授業でも「グローバル化した社会を生き抜き、社会と個人の幸福に資するために必要なスキル、知識、能力を身に付けさせる」ことがより意識されるようになりました。でも実際に教えられているトピックは色や食べ物、乗り物、動物といった限定的なもので、この目標に合わせ、どう活動の幅を広げていけるのか試行錯誤していました。

あるとき初等の先生のアイデアを聞いて、少しその答えが見えてきたように思います。それは、工藤直子の『おと』という詩を使った活動でした。この詩は「あるもの」に関する擬音語がたくさん出てくるのですが、この活動の中で、子ども達はその「あるもの」に触れて実際に音を出し、聞こえたままに自由に擬音語を作るのです。この活動で子ども達が書いた擬音語は「そらそら」「ぴろぴろ」など。これは何の音でしょう?実は水の音です。皆さんは水の音がこのように聞こえることがありますか?これは、自由に感じて表現する心がより強い子どもだからこそできる活動で、日本語を学びながら想像力・創造力を刺激できるアイデアだと思いました。扱える言葉は少ないかもしれませんが、発達段階に合わせ、伸ばしていける力があるのだと気づきました。

初中等段階で日本語を学ぶ子どもたちは、必ずしも全員が日本語習得を目標としているのではありません。そのため、日本語学習は人としての成長という大きな目標へ向かう道の一つと捉えられます。私達の作った教材で、日本語に加え人としての成長をサポートできる。これが初等中等教育段階での日本語教育の魅力だと思います。これからも生徒の学びが豊かになるような教材を作っていきたいです。

子どもたちの自由な発想の画像
子どもたちの自由な発想

人とつながる日本語講座

当センターの日本語講座開始当時は中上級の日本語学習者が中心で、日本語サロンのようなものだったと聞きます。それから10年余り、入門から超級までの18クラス、約200名が学ぶ講座に成長しました。2017年にはJFスタンダード準拠教材『まるごと 日本のことばと文化』を該当する全クラスで使用しています。『まるごと』のない上級及び超級クラスはCan-doで学習目標を設定したり、パフォーマンス評価を取り入れることで、JFスタンダード準拠クラスとして実施しています。

講座の受講生は社会人が中心ですが、退職後の趣味として受講する方も多く幅広い年齢層が仲良く学んでいます。おじいちゃんと孫ほど年の離れた二人がお互い支え合って学習している様子は微笑ましいものです。さらに、どのクラスも多様な文化背景を持った学習者が多く、シドニーの教室は年齢層も国際色も豊かです。

街に出れば和食レストランが軒を連ね、日系ブランドショップにも日常的に買い物に行けるシドニー。また日本は人気の旅行先であり、TV番組でもたびたび取り上げられるほど。そんな身近に感じる「日本」でも、町で日本人に「私、日本語勉強してるんです。よかったら話し相手になってくれませんか。」と声をかけるなんて相当な勇気が必要。そこで、去年から実施しているのが「Nihongo Talk &Tea」です。受講生と日本人に、お茶を飲み、お煎餅を食べながら自由な会話を楽しんでもらうイベントです。集まってもらう日本人側にもメリットになるように、日本語教師養成講座に通う学生さんなどを中心に声をかけました。学生さんにとっては「学習者の日本語に慣れる場」になったらいいなというアイデアです。

『まるごと』で学習して、「Nihongo Talk &Tea」で「通じた!」という実感を持ってもらう。片言の日本語でも、日本語を使ってコミュニケーションができたという満足が、帰り際の参加者の笑顔や「ラーメン食べて帰ろう!」と盛り上がっているグループの姿から垣間見えた気がします。

Nihongo Talk &Teaの画像
Nihongo Talk &Tea

現在受講生の4分の3が入門から初級までの学習者で、日本語講座が始まったころとは学習者層もレベルも様変わりしました。東京オリンピックに向け、日本語学習の人気はこれからも続いていくでしょう。「人と人をつなげる日本語講座」「笑顔の絶えない教室」を目指して日本語講座を盛り上げていきたいと思っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Sydney
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
シドニー日本文化センターは、オーストラリア及びオセアニア地域の日本文化、日本語普及の拠点として様々な事業を行っている。日本語教育分野では、全豪の初等・中等教育課程における日本語教育支援として、教師研修会の開催、教師会主催研修会への出講、教材開発、日本語弁論大会などの学習者奨励イベントの運営を行っている。センター内では1991年にシドニー日本語センターとして開設されて以来、一般成人を対象とした日本語講座を運営しており、2012年からはJFスタンダード準拠講座として、『まるごと』の導入を進めている。また、ニューズレターやホームページを通じ、情報発信、収集も行っている。
所在地 Level 4, Central Park, 28 Broadway, Chippendale NSW 2008, Australia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:3名、
指導助手1名(タスマニア/ホバート市)
国際交流基金からの派遣開始年 1991年
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