世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)3B in Australia

国際交流基金 シドニー日本文化センター
齊藤真美・三矢真由美・須摩亜由子

Bigger, Broader, Better! オーストラリアの日本語教育

オーストラリアは日本の20倍の広さの国です。この広大さゆえ人が一箇所に集まることはなかなか容易ではありません。日本語教育もしかり。6つの州、一つの準州、そして首都特別地域には日本語教師会やそれに準ずる組織があり、普段は個別に活動しています。しかし日本語教育がこの国で直面している様々な課題を克服するには初等、中等、高等教育、その他日本語教育に関わるすべての人が力を合わせることが大切-そんな思いから2012年に始まったのが全豪日本語教育シンポジウム(National Symposium: Japanese Language Education、以下NSJLE)です。NSJLEはメルボルン日本語教育センター(Melbourne Centre for Japanese Language Education)と国際交流基金シドニー日本文化センターの共催で隔年で実施されています。2012年の初回は全豪規模の大会が開かれたのが36年ぶりということで、国内外から300人以上の参加者が集ったと報告されています。

実践報告の写真。なごやかな雰囲気で、発表者も楽しそうです。
なごやかな雰囲気での実践報告。発表者も楽しそう!

全豪規模のシンポジウムというと「敷居が高そうだな」と思われるかもしれませんが、これはオーストラリアで日本語教育に携わるすべての先生のための大会で発表内容も実に多様です。例えば、日本語の学習継続率をどのように維持するかという切実な問題を扱った発表もあれば、映画『ちはやふる』からアイデアを得た競技カルタを利用した活動紹介、日本の姉妹校との関係がいかに学校の日本語プログラムの改善につながったかという実践報告など。また日本語を学ぶために日本に行き、相撲に魅せられ解説者となった女性の発表も印象的でした。彼女の、言語を学ぶことがいかに自分の可能性を広げ、世界とつながるツールとなるかというメッセージは言語教育に関わるすべての方に響くものでした。

さて次回は2018年11月シドニーで開催される予定です。次回のテーマは ‘Bigger, Broader, Better!‘。様々な意味に解釈できますが、オーストラリアの日本語教育関係者のネットワークがさらに大きく発展していくこと、またオーストラリアの子供たちが日本語の勉強を通して様々な可能性を広げ、今まで知らなかった世界を知り、実りある未来を生きていく、そんなことをイメージさせます。ぜひ皆さんもサイト(http://nsjle.org.au/)で発表を読んでみて下さい。新たな世界が広がるかもしれません。

ひろがる、『まるごと』的アプローチ

当センターの日本語講座では、入門から中級レベルまでJFスタンダード準拠教材『まるごと 日本のことばと文化』(以下『まるごと』)を使用しています『まるごと』の授業は過去の記事でも既に報告されている通り、「楽しい!」という受講者の声が多く届いています。「日本語で何ができるか」という課題遂行能力を重視し、Can-doという具体的な目標に向けて日本語を学んでいくという『まるごと』のコンセプトは、オーストラリアの学習者にはとても向いているようです。

そのような『まるごと』をもっと多くの人に知ってもらうために、シドニー、ブリスベン、パースで『まるごと』紹介セミナー「Can-doで広がる教室のチカラ」を実施しました。『まるごと』の教材を見てもらうことも大切ですが、何よりも『まるごと』的アプローチともいえるCan-doに注目し、「学習者のチカラを引き出す授業」としてコンセプトを理解してもらうことに努めました。セミナーでは当センターの日本語講座をビデオに撮影し、『まるごと』の授業を見てもらいました。そして、自分たちの授業と何がちがうのか、セミナー参加者にも気づきを促しながら「考えてもらう」セミナー設計をしました。実際の授業を見て、気づきを得てもらった後に『まるごと』理論編、オンラインリソース編と続き、盛りだくさんな一日セミナーとなりました。

国際交流基金シドニー日本文化センターで開催されたまるごとセミナーの様子の写真。
当センターでのまるごとセミナーの様子

『まるごと』開発の理念は日本語と文化を通した人々の相互理解ですが、この考え方は言語を学習する際にはとても大切です。そこへ到達する方法として、日本語で何ができるのか、という「課題遂行能力」をカギにどの学習場面、レベルにおいても利用できる考え方、またアプローチとして紹介しました。どのような教材を利用していてもCan-doで学習項目を考えることができますので、各自の教育現場をイメージしつつどこが利用できるのか考えてもらう機会になったと思っています。

セミナーでお伝えしたもう一つ大切なコンセプトが異文化理解です。知ることから始まり、興味を持ち、行動することによって得られる豊かな文化体験が「異文化理解」へとつながり、お互いの文化を尊重する態度を養うことができるという考え方は、現在オーストラリアで実施されている初中等教育の全豪カリキュラムにも共通する考え方です。多文化共生社会であるオーストラリアだからこそ、コミュニケーション、異文化理解能力は重要と考えられています。

このように、『まるごと』の考え方はオーストラリアのどの教育現場でも利用できるところがあることをセミナーでお伝えしました。教科書の一部、オンラインリソース、どの部分でも少しでも教育現場で利用されることがあればとてもうれしいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Sydney
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
シドニー日本文化センターは、オーストラリア及びオセアニア地域の日本文化、日本語普及の拠点として様々な事業を行っている。日本語教育分野では、全豪の初等・中等教育課程における日本語教育支援として、教師研修会の開催、教師会主催研修会への出講、教材開発、日本語弁論大会などの学習者奨励イベントの運営を行っている。センター内では1991年にシドニー日本語センターとして開設されて以来、一般成人を対象とした日本語講座を運営しており、2012年からはJFスタンダード準拠講座として、『まるごと』を使用。また、ニューズレターやホームページを通じ、情報発信、収集も行っている。
所在地 Level 4, Central Park, 28 Broadway, Chippendale,NSW2008
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、専門家:2名、
指導助手1名(タスマニア/ホバート市)
国際交流基金からの派遣開始年 1991年
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