世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ニュージーランドの日本語アドバイザーの仕事(2002)

ニュージーランド教育省(ウェリントン/オークランド)
江原有輝子

言語アドバイサーの仕事は多様ですが、現在のところウェリントンのアドバイザーについては、学校訪問が最も大きな部分を占めています。これは、ニュージーランドにある小・中・高校で日本語を教えている学校を訪問し、日本語担当教員に会い、授業を見学するものです。あらかじめ教師からの要請があれば授業の一部を担当したり、学習者と話したりします。校長や教頭・外国語科主任等に会って、その学校の語学教育の方針について話したり、今後の語学教育への支援を要請したりすることもあります。通常は、午前と午後に1校づつ訪問します。ですから、一週間の出張の場合には10校訪問することになります。

ニュージーランドでは外国語教育は必修ではなく、高校で何らかの外国語を履修している学生は全体の4分の1に過ぎません。主要科目の英語や数学には多くの教員がいるのが普通ですが、日本語の教員が複数いる学校は大都市の大規模校を除くと殆どありません。そこで、中央から「National Adviser」が訪問することによって、その学校での日本語教育の存在を認知し、日本語科の地位を支援するわけです。

現在ニュージーランドには日本語を教えている小・中・高校が全部で600校程度あり、ウェリントンの江原とオークランドの藤光で各300校づつ担当しています。オークランドは人口100万のニュージーランド最大の都市で、多くの学校がこの地区に集中しています。ですから、学校数で分けると、江原の担当地区が物理的には非常に大きくなります。江原の担当地区は、北島中央のタウポ湖から南(ギズボーンを含む)と南島全部で、学期の間はたいてい出張しています。(地図をご参照ください)

<ニュージーランド地図>
ニュージーランド地図の画像

2001年度には、20回の教師研修会と60校の学校訪問を行い、80日間出張しました(概数)。また、2002年の5月の16、17日はオークランドの教師研修会、5月27日から31日までは南島(ダニーデン・インバーカーゴ)の教師研修会と学校訪問、6月4日から7日まではタラナキ地区の学校訪問と教師会、10日から12日まではワンガヌイ地区の学校訪問と教師会、6月20、21日はパーマストン・ノースの学校訪問と教師会、25日から27日は日本語弁論大会の審査員をするために南島の南端インバーカーゴに行き、6月29日から7月4日まではネイピアで行われるニュージーランド全国外国語教師会大会に参加しなければなりません。このように、学期の間は自分の家で寝ることが珍しいほどです。

出張前には学校訪問の日時について学校に問い合わせの手紙を送付し、訪問後は礼状を送ります。 ウェリントンにいるときは、2002年度から実施される新試験制度の研修会への参加、教師研修会の準備、主にEmailで寄せられる様々な質問への返答、学校から要請された教材の送付、大使館や領事館から要請された日本語教育関連の仕事や様々な打ち合わせと情報提供を行います。また、日本やシドニーで行われる国際交流基金の日本語教員研修の参加者の選考も、重要な仕事の一つです。

二人の日本語アドバイザーは異なった町に住みながら共通の仕事をしているため、情報交換を行うのも重要な職務で、特に協力してプロジェクトを行う前には毎日のように電話と電子メールで連絡を取り合います。たがいに出張が非常に多いので、連絡が夜や休日になることもしばしばです。このように、土曜も日曜もないというのが現状で、家がこれほど近くになければ、事務所にベッドを入れたかもしれません。

学校訪問と同程度に重要な仕事は、教師対象の研修会を開催することです。各地で初等教育と中等教育の教師研修会を実施します。ニュージーランドでは、生徒だけを教室に残して自習させることは法的に禁じられており、教師が週日に講習会に行くときは代替教員を確保しなければなりません。教師が研修会に参加すると代替教員を丸一日雇わなければならず、学校の予算の関係で、一人の教師は1年に一度くらいしか講習会に参加できません。学校の休暇中は「休暇は休暇」と考えるのがこの国の一般的な傾向なので原則として研修会は開催しませんが、日本語教員には少し「日本人的性質」があり、昨年9月の休暇中におこなった特別研修会には、ニュージーランドの全高校日本語教員の3分の1にあたる80人近くの参加がありました。

この他、年に2回、日本語教師対象のニュースレターを発行し、日本語を教えている学校600校全部に送付します。このニュースレターは日英両言語で、研修会・教材・ニュージーランドの日本語教育に関する新情報、大使館・領事館からのお知らせなどが載っています。このニュースレターは、もうすぐACENZのウェブサイトで読めるようになりますので、興味のある方は、アクセスしてみてください。

専門家として達成した成果

2001年9月の「国際交流基金ネットワーク形成助成プログラム」による特別教師研修会風景の写真
2001年9月の「国際交流基金ネットワーク形成助成プログラム」による特別教師研修会風景

国際交流基金は、2001年度から「ネットワーク形成助成プログラム」という新しいプログラムを開始しました。二人のアドバイザーは、ニュージーランド全国の教師を対象とした研修会を立案し、大使館の支援と協力も得て、受け入れ機関のACENZを通じてこれに応募しました。幸いなことにこのプログラムは承認され、2001年9月にオークランド・ウェリントン・クライストチャーチの3都市で特別教師研修会を開催することができました。研修会では、ニュージーランドで使用されている日本語教科書『いま』『みらい』『Getting There in Japanese』の著者をそれぞれシドニー・メルボルン・オークランドから招聘し、この方々に、様々な教室活動や日本語の文法の教え方などのワークショップをしていただきました。学校休暇中にもかかわらず、3会場合計で80人近くの先生方が集まり、研修会の評価も非常に高いものでした。「長い教師生活の中で最高の研修会だった」という評価を書いてくださった先生もいました。

2002年度は同じプログラムによって、7月にネイピアで行われる全国外国語教師会大会の際に、メルボルン大学の岩下紀子先生(試験理論)、オークランド大学の治美ムーア先生(言語学)を招聘してご講演いただきました。また、オークランドの高校の先生方三人に、国際交流基金の『初級日本語素材集 教科書を作ろう』に関して、その入手方法・使用方法の説明と、この素材集を一部に使用して作った教科書の紹介をしていただきました。今回は100人以上の参加があり、「こんなに内容の充実した大会は初めてだ」という声があちこちで聞かれました。

専門家としてやりがいや喜びを感じた経験

非常に多忙な勤務の中で、小さな喜びを見つけていくように努力しています。そうやって自分を励ますことが、たった一人で田舎町の寒々としたレストランで夕食を取らなければならない夜などは特に必要です。

ニュージーランドは本当に美しい国です。遠く離れた学校を訪問するために車で何時間も走っているとき、青い空の下に広々とした平野が広がり、そこでたくさんの羊が草を食んでいるのを見ることがあります。そんなときは、この世の悩みなどみんな小さいことのように思えてきます。そうしてやっとのことでたどり着いた学校で、明るい顔を徒たちに会い、彼らと日本語で話していっしょに笑うとき、苦労の甲斐があったと思うのです。

活動を行う上で直面した困難、解決すべき日本語教育上の問題点

日本語アドバイザーとして活動する上で直面する最も大きな困難は、様々なところに存在する「無知」と「無理解」です。私たちは日々、この大きな困難を克服しようと働いています。このウェブサイトはそのための強力な武器になってくれるものと期待し、心強く思っています。

「無知」「無理解」には様々なものがありますが、代表的なものをあげてみましょう。

  • 日本人ならだれでも日本語を教えることができる。
  • 全部日本語で話すと学生が分らない。
  • ひらがなは難しいので、年少の学習者には教えなくていい。
  • 日本人が日本語の試験問題を作ると、難しいものになってしまう。
  • 教師が日本語を全然知らなくても、いい教材があれば教えることができる。
  • 中国人や韓国人は勉強しなくても日本語が理解できる。

専門家としての今後の課題、これから目指すべき目標

日本語教育の専門性についての「無理解」や「無知」がまだまだいろいろなところに存在します。その中で、私たちの仕事の専門性に関する理解を深め、現地の教員との協力関係を構築しながらこの国の日本語教育の質的向上に貢献することが、これまでもこれからも私たちの課題であり続けることでしょう。

参考文献

日本語文献:

赤羽三千江ほか(1998)
Japanese in the New Zealand Curriculum日本語翻訳』
縫部義憲・奥野由紀子(1999)
「ニュージーランドにおける日本語教育―新カリキュラムの特徴と課題―」『広島大学日本語教育学科紀要』第9号
縫部義憲(2000)
「国内外の学校教育における日本語教育に関する一考察」『広島大学日本語教育学科紀要』第10号
川上郁雄・宇田川洋子(1997)
「ニュージーランドの中等教育における日本語教育」『宮城教育大学紀要』第31巻
久保敦(2000)
「ニュージーランド中等教育における『日本語カリキュラム』の研究―日本語能力試験との比較対照を中心に」拓殖大学修士論文
Barrowman, L.P (1995)
「ニュージーランドの中等教育における日本語」『世界の日本語教育<日本語教育事情報告編>』第3号
Crew, D. (1995)
「ニュージーランド・アオテアロアにおける多文化性と外国語教育」『世界の日本語教育<日本語教育事情報告編>』3、国際交流基金日本語国際センター
Knight, P. (1994)
「ニュージーランドにおける日本語教育―1992-93年」『世界の日本語教育<日本語教育事情報告編>』1、国際交流基金日本語国際センター

英語文献:

Haugh, M. (1997)
The teaching of Japanese in New Zealand, a national profile, Institute of Languages Teaching and Learning Occasional Papers, NO. 8, University of Auckland
Ministry of Education (1993)
The New Zealand Curriculum Framework, Learning Media
Ministry of Education (1993)
Japanese Draft Syllabus for Schools, Learning Media
Ministry of Education (1994)
Education for the 21st Century, Learning Media
Ministry of Education (1998)
Japanese in the New Zealand Curriculum, Learning Media
Ministry of Education (1999)
School in New Zealand
Ministry of Education (2002)
Learning Languages A Guide for New Zealand Schools,Learning Media
Nuibe,Y. (1993)
The Reform of Education Administration in New Zealand and its Impact on Foreign Language Curriculum,
『日本教科教育学会誌 16巻1号』広島大学

ウェブサイト:

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 ニュージーランド教育省教員養成校協議会は、ニュージーランド教育省の委託を受け、初等中等の教育機関を対象として言語教育支援サービスを提供している。本部はウェリントンにあり、各国から派遣された5言語の専門家である言語アドバイザーと、地域の学校教育事情に詳しい地域アドバイザーが常駐している。アドバイザーは学校訪問を行い、各言語の教師を対象とした研修会を開催する。ニュージーランド全体の学校教育段階の言語教育支援サービスを提供しているのは、この機関だけである。国際交流基金からの専門家は、ウェリントン及びオークランドに派遣されている。
ロ.派遣先機関名称 ニュージーランド教育省教員養成校協議会
Association of Colleges of Education in New ZealandACENZ
ハ.所在地 ACENZ Central :
PO BOX 10-298, Level 15 Equinox House, 111 The Terrace, Wellington, New Zealand
ACENZ North :
C/-ACE Private Bag 92-601 Auckland, New Zealand
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:2名

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