世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) マオリ語学校の日本語教室で

ニュージーランド教育省
友岡純子

 ニュージーランドというと緑の牧場に羊の群れ、イギリス風の建物の並ぶ町を思い浮かべる人が多い。しかし、ニュージーランドは本当に多文化社会である。先住民マオリの人たちに加え、太平洋諸島からの移民、中国・韓国をはじめとするアジアからの移民。そして18世紀にヨーロッパから植民した人々。都会の通りに立てばいろいろな言語が耳に飛び込んでくる。あまり知られていないことだが、ニュージーランドの公用語は英語とマオリ語とニュージーランド手話の三つである。したがって、公共の場所の表示や公式文書はすべて英語とマオリ語で併記される。また、ニュージーランド教育省はマオリ語の継承教育にも力を入れ、すべての教科をマオリ語で教えるマオリ語イマージョン校を設置している。

ひらがなの授業のデモンストレーションの写真
ひらがなの授業のデモンストレーション

 その、マオリ語イマージョン校の一つが日本語を教え始めたというので、学校訪問に出かけた。首都のウェリントンから小さな飛行機で45分ほど飛び、飛行場で車を借りる。植林された松林の中のまっすぐな道を1時間ほど走ると小さな町にたどり着く。林業以外の産業はなく住民のほとんどはマオリである。ここのマオリ語のイマージョン校が私の訪問先である。車を降りて校庭に一歩入ると、遊んでいた子供たちが大きな声で「コンニチワ」と口々に言う。田舎の学校なので小学1年生から高校生までが同じ学校で学んでいる。日本語を学んでいるのは7年生と8年生。上級生たちが日本語で挨拶するのを下級生たちが珍しそうに見つめている。上級生たちはちょっぴり得意げである。この学校ではマオリ語ですべての教科を教え、生徒たちも校内ではマオリ語を使う。生徒たちは学校ではすべてマオリ語だが、日常の生活では英語を使うことが多い。したがって彼らは自然とバイリンガルになる。「相手や場に応じて英語とマオリ語を使い分ける。その上に日本語を学んでいるので、違う言語を話すことに抵抗感がないんです。」と先生は笑顔で話す。実際に、こちらから質問するまでもなく、覚えたての表現を並べて話しかけて来る子どもたちの屈託ない明るさには驚かされた。

ジェスチャーを使って文型を勉強している先生と生徒たちの写真
ジェスチャーを使って文型を勉強している先生と生徒たち

 マオリ語と日本語の発音は似ていて、子供たちの日本語は実に自然に聞こえる。問題はニュージーランドで使われている教材がすべて英語で書かれているので、マオリ語学校用にマオリ語で書かれた日本語の教材が必要になる。私の学校訪問の目的の一つは、私自身が開発した小学生用日本語教材のマオリ語への教材翻訳の可能性を探ることでもあった。

 確かにニュージーランドは英語の国である。今や世界の共通語となりつつある英語、その英語の日常の中で、民族の誇りをかけて継承しようとしている少数言語のマオリ語。そのマオリ語の学校で行われる日本語教育。マオリの子どもたちにとって一体日本語学習はどのような意味を持っているのだろうか。日本で英語教師として働いた経験のある先生はこう言って目を輝かせた。

「子どもたちはマオリとパケハ(マオリ語で外国人、主として白人をさす)しか知らないけど、日本語は、マオリでもパケハでもないもっと広い世界があるのだということを教えてくれるんですよ。」

 日本語が子どもたちの目を世界に向けて開く窓となることができたら、すばらしいことである。

 世界の日本語教育は多様である。「日本語教育の現地化」という言葉があるが、多文化社会のニュージーランドにおける日本語の現地化もまた、多様である。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ニュージーランド・アオテアロア外国語教育(ILANZ=アイランズ)は、NZ教育省から業務委託を受け、外国との教育関係交換プログラムの運営、初等中等教育機関の外国語教師の支援等を行っている。ここには現在、ナショナルアドバイザーと呼ばれるドイツ語、スペイン語、フランス語、中国語、日本語教育の専門家が各1名所属している。ナショナルアドバイザーは教育省の言語教育アドバイザーや地域ファシリテーターと協働するともに、NZの初等中等教育機関を訪問したり、研修会を開いたりして、教師への支援を続けている。
ロ.派遣先機関名称
ILANZ (International Languages Aotearoa New Zealand)
ハ.所在地 Level 5, 150 Cuba Street, Wellington
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家 1名

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