世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 多様化社会の中で、言語教育の果たす役割

ニュージーランド教育省
原田明子

外国語を学ぶ意義

If you talk to a man in a language he understands, that goes to his head. If you talk him in his language, that goes to his heart. (相手が理解できる言葉で話せば、それは伝わる。相手の言葉で話せば、それは心に響く。)

これは、ネルソン・マンデラの有名な言葉です。どうして外国語の学習が必要なのかを端的に表している私の好きなフレーズの一つです。大学に入学する際、外国語を全く必要としないニュージーランドでは、外国語学習の最大の目的は、外国人とコミュニケーションが取れること、外国語を学ぶことによって自国文化以外のものに触れること、です。これを実践するべく、政府は7年生から10年生には外国語の学習を強く奨励していますが、公用語のマオリ語も含めて、外国語学習の実態はまだまだ道半ば、と言えるでしょう。

全人口の3分の1が住むオークランドは、他の地域に比べてアジア人、マオリ人、パシフィカ(南太平洋諸島の人々)が数多く住んでいます。そのため、人々はオークランドのことを、Super Diverse City と言いますが、diverse(多様な)という言葉は、単に「いろいろな人がいる」だけでなく、「違いを尊重して受け入れること、違いに価値を見出すこと、違いに関わらず誰もが平等に扱われること」を包括したものであるはずです。その意味では、まだSuper Various Cityという言葉のほうが適切かもしれません。これからも確実に増え続ける外国人と上手く共存していくためには、お互いの文化や価値観を認めて尊重する姿勢をより推し進めていくことが必要であり、それには学校現場での適切な教育が欠かせないと考えています。

日本語学習

「日本語をオファーしています」という学校でも、高校はともかく、小中学校では一年間通して日本語の授業があるわけではなく、1学期はマオリ語、2学期は日本語、3学期はフランス語・・というように、少しだけ言語と文化に触れる形で教えている学校がたくさんあります。教える側の先生も、指導書と首っ引きで授業準備をしているので、アドバイザーはそうした学校を訪問して模擬授業を行います。先日は、紙風船や剣玉、コマを持参し、それらを使って数字や色を教えました。生徒たちは体を動かす活動やゲームが大好きですから、とても盛り上がり、「次はいつ来るの?」「この紙風船、どこで買える?」「日本語って面白い」等々、嬉しいコメントをたくさんもらいました。卒業後に通う中学校には日本語がなく、学習が途切れてしまう場合も多々ありますが、あの授業楽しかった、日本って面白そう、という思いが心に残っていれば、またいつの日か日本語を学ぶ機会も出てくることでしょう。

 昨年度からアジア言語に対する政府の助成金制度(ALLiS:Asian Language Learning in School Programme)が始まり、小中学校で日本語を始めるところが増えてきています。それ自体は朗報なのですが、教える先生の数と質の確保が問題になっています。それを解決する一つの方策として、リソースプラットフォームを立ち上げました。役に立ちそうなサイトの紹介、ほしいリソースの探し方、実際の授業プラン等々を盛り込む大掛かりな作業が現在も続いています。これが出来上がれば、今までバラバラに提供されていたリソース類が一つになって使いやすくなると考えています。

専門家の仕事

 幼稚園から大学まで、日本人補習校を含めて日本語を教えている全教師を対象にあらゆるサポートを行っています。学校訪問して授業のアドバイスをしたり、いろいろな地域に出かけて教授法ワークショップや文化セミナーを行ったりするほか、教材開発、弁論大会の審査員、教師研修旅行の企画・引率なども行います。毎年、国際交流基金の関西国際センターで2週間の教師セミナー(イマーションセミナー)を実施していますが、今年はこれに加えて、7月に教師2名を福島県に派遣することになりました。東日本大震災から5年が経過し、中断していた交換プログラムを再開して福島の状況を世界と共有したいからです。

アドバイザー自身は、模擬授業以外は生徒に直接授業を行うことはなく、教育省から委託された教育機関(ILEP: International Languages Exchanges and Pathways)に属して他の外国語アドバイザーと共に外国語のプロモーション活動も行なっています。日本語だけでなく、外国語全体の学習者数が減少している現在、これからのグローバル社会を生きていく生徒たちにとって言語学習がいかに大切かを啓蒙する活動です。そのために、ビデオも作成しました。http://www.ilep.ac.nz/about/news-and-events/ilep-video

昨年イングランドで行われたラグビーワールドカップでは、日本チームの躍進が話題になりました。次回2019年の開催地は日本です。そこで「Let's Try Japanese and Score a Try」という日本語学習プロモーションポスターを作成しました。これを各学校や大学、大使館に貼ってもらい、日本語学習の促進を狙っています。ポスターを貼った当日、ポスターにある12の開催都市を見ながら、「どこで試合を見る?」と生徒達が話していた、という嬉しい報告も入ってきています。

言語学習の置かれている状況は厳しいですが、一人ひとりがやれることをしっかりやっていくことが次に繋がると考え、毎日頑張っています。

関西教師研修、書道の授業の画像
関西教師研修、書道の授業にて

作成した日本語学習プロモーションポスターを手に持っている画像
“Let’s Try Japanese and Score a Try”

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 ILEP (アイレップ)
ILEP (International Languages Exchanges and Pathways)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ILEPUniservicesという営利組織の一部で、2011年からNZ教育省の委託を受け、ナショナルアドバイザー(以下NA)の活動サポート、外国語教師の海外研修派遣、アシスタントプログラムの運営管理等、NZ初等・中等教育での外国語教育支援業務を担当、日本語の他にフランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語のNAが所属している。スペイン語NA以外は全てオークランドの事務所で働いている。各NAは学校訪問、教材提供、教師セミナーの企画開催などを通じて、初等・中等教育の外国語教育の推進、普及、支援を行っている。
所在地 University of Auckland, Faculty of Education, 74 Epsom Avenue, Auckland 1023, New Zealand
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名、指導助手:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1987年
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