世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) カンボジア日本人材開発センターの3年

カンボジア日本人材開発センター(CJCC
市瀬俊介

――カンボジア日本人材開発センター(以下CJCC)は2004年プロジェクト開始、2005年開所。旧社会主義国の市場経済化促進を設立の趣旨とし、「ビジネス」「日本語」「相互交流」が活動の三つの柱。ベトナム、ラオス、モンゴル、ウズベクスタン、キルギスなどに同種のセンターがある。

日本語コースマネージャー、セアン・ニモール氏の写真
日本語コースマネージャー、セアン・ニモール氏

市瀬「ここはプノンペン市内の中華料理屋です。日本語コースマネージャーで私のカウンターパートのニモールさんと常勤講師のチャントラさんが私の送別会をしてくれていて、おや、何、この鳥の姿焼きみたいな料理は? 目とくちばしがこわいね。何て鳥?」

チャントラ(以下「C」)「鳥なんです。ニワトリじゃなくて鳥なんです。」

市瀬「知らないんだな、日本語。では、食事しながらインタビューをお願いします、ニモールさんから。出身はメコンの川イルカで有名なクラチェの農村ですね。今30代半ば、内戦時代の記憶はありますか?」

ニモール(以下「N」)「5才くらいのとき親から離されて子供だけで集団生活してました。牛の糞を集めて運んだりして。子供だから状況わかりませんでしたけど。高校時代はお金がなくて校庭のわきに友だちと竹で家をつくって住みました。電気がないので夜は星を見るのが日課でした。」

市瀬「で、プノンペン大学のクメール語学科を出て、日本語教師になったのはどうしてですか?」

N「カンボジアには日本の援助が多いから、私もカンボジアのためになることをしたいと思って、それで。」

市瀬「チャントラさんは獣医学科でしたっけ? 専門は牛と豚。」

C「生活のためですよ。先生も子供のころ牛の世話とかしたでしょう?」

市瀬「しないよ。日本人はふつう牛の世話はしません。」

C「え、そうなんですか。」

市瀬「で、ニモールさんは青年海外協力隊がやってた日本語コースに通って、めきめき頭角を現したと。スピーチコンテストなんかも毎回出場してますね。」

N「ええ。」

市瀬「その中で、『孫のダイヤモンド』というスピーチ、あれはいいですね。家族と別れて都会の高校に行くのはいやだと駄々をこねるニモールさんにおじいさんが諭す話。貧しくて孫に何も買ってやれないけれど、世界でいちばん貴いこのダイヤモンドだけは孫に贈りたい。教育こそダイヤモンドであると。泣かせる話ですね。それで今や日本センターの中間管理職。おじいさんもきっと喜んでいますね。」

N「カンボジアは今お金お金の世界ですけど、私はちがいますよ。カンボジアのために働きたいです。貧しい人に知識を与えたいです。」

市瀬「それを聞いて安心しました。CJCCはこれからいろんなことができると思います。『ふたりのイーダ』と『だれも知らない小さな国』の(注:1)クメール語訳出版もニモールさんの必死の校正あればこそでした。あの頃はストレスでパンクしそうだっだでしょ。」

C「あ、先生、鳥、食べましたね。実はそれハトなんです。あはは、気持ち悪くないですか?」

市瀬「何だ、ハトか。珍しくないですよ。チャントラさんは何かおもしろい話はありませんか?」

C「特にないんです。」

チャントラさんの授業風景の写真
チャントラさんの授業風景

市瀬「よく言われるでしょう、スリーエーネットワークの絵教材に似てるって。」

C「絵カード使うとき先生の顔ですねって学生に言われます。」

市瀬CJCCでつくる日本語教育TV番組の主役に決まりましたが、いかがですか? 演技力次第ではタレントの道が開けるかもしれませんが。」

C「どうして私なんですかという気持ちです。」

市瀬「教師より教材に向いてるんじゃない?」

C「あははは、そうかなー。」

市瀬「でも、チャントラさんは(注:2)教師養成コースに参加していて、あんまり感じのいい授業だったからCJCCに来てもらったんでしたね。そのフレンドリーさは一種の才能だね。授業をしていて、どんなとき一番うれしいですか?」

C「学生がうまく話せるようになったりテストで成功すると、うれしいんですよ。」

市瀬「カンボジアの学生はみんな素直だからね。教師が20代30代、学習者はほとんど大学生、ほんと若い国ですね。チャントラさん、今年も(注:3)日本語能力試験、受けますね。まじめに準備してる?」

C「勉強してるんですよ。毎朝1時間半、漢字と語彙と。」

市瀬「微妙な時間配分ですね。」

N「そうそう、先生がいちばん好きだったのは(注:4)新聞奨学生のコースですね。知ってますよ。」

市瀬「やっと1期生14名が日本へ出発しました。ちゃんと学位とって帰ってくるといいね。」

C「留学生がどんどん外国へ行ってどんどん帰ってくるようになればカンボジアは変わりますよ。国の悪いところをみんなでどんどん意見言って、直して、10年後には変わりますよ。」

市瀬「それじゃあ、10年たったらまた来てみましょう。本日はごちそうさまでした。」

注1
CJCCでは児童書を中心に翻訳出版事業も行っている。良書を与えることで子供の想像力を育て読書人口を少しでも拡大させることが目的。第1作として広島の被爆をテーマにしたファンタジー『ふたりのイーダ』(松谷みよ子)を2007年7月に、続いて『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる)を出版する。また、日本語テキスト『みんなの日本語・初級』(スリーエーネットワーク)クメール語版も近く出版、日本語教育関連教材の出版にも力を入れる予定である。
注2
2004年11月から1年間「日本語教師養成コース1期生」(理論課程3ヶ月+実習課程9ヶ月、総計200時間)を主宰、修了者8名のうち5名が常勤または非常勤としてCJCCで教えている。
注3
2006年12月CJCCが実施機関となりカンボジアで初めての日本語能力試験を実施し、予想をはるかに上回る630名の受験者(世界25位)を集めた。受験者の内訳は1級13、2級77、3級318、4級222。初級レベルに偏っているのが特徴だが、受験者数は今後も増え続ける見込みである。
注4
CJCCは日本学生支援機構の公開拠点にもなりセンター全体で留学を支援する。新聞奨学生は新聞配達業務の対価として学費、生活費等が支給される制度。CJCCでは2006年10月から2007年1月まで約4ヶ月に渡る渡日前研修(総計200時間)を行ない、3月、1期生14名を送出した。14名は現在、新聞配達をしながら東京の日本語学校に通い大学受験に備えている。
派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
及び業務内容
日本センターは旧社会主義国の市場経済化を促進するためのJICAプロジェクト。CJCCはプノンペン大学をカウンターパートとする。「ビジネス」「日本語」「相互交流」を三つの柱とし、国際交流基金派遣専門家は「日本語コース」の運営を指導する。
ロ.派遣先機関名称 カンボジア日本人材開発センター
Cambodia-Japan Cooperation Center (CJCC)
ハ.所在地 RUPP, Blvd.Confederation of Russia, Phnom Penh, CAMBODIA
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名  指導助手:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
学科名称
CJCC日本語コース
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   2004年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 2004年
(ロ)コース種別
(ハ)現地教授スタッフ
常勤3名、非常勤5名(うち邦人3名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   RUPP学生コース」「中級I」「教師養成」などに約200名
(2) 学習の主な動機 日本企業・NGOへの就職、留学
(3) 卒業後の主な進路
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
(5) 日本への留学人数

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