世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 仲間が地域を支援する~現場に立つアドバイザー~

北スマトラ大学/北スマトラ州地域派遣
後藤多恵

熱心に講義を受ける高校日本語教師たちの写真
熱心に講義を受ける高校日本語教師たち

 日本の約1.25倍の面積をもつスマトラ島。この島にはインドネシアの人口の約2割(約4,300万人)がゆったりと暮らしている。北部中央にあるトバ湖は東南アジア最大で、その湖に浮かぶサモシール島がシンガポールとほぼ同じ大きさだと言う。そんなスケールの大きさゆえか、この島の人々は中央のジャワ島に暮らす人々とはまったく違った世界観をもっているように見える。

 国際交流基金日本語教育派遣専門家(以下、「専門家」)が派遣されているのは、北スマトラ州の州都、メダンである。ここには日本国総領事館が置かれていることから、スマトラ地域における日本の情報発信地となっている。総領事館の図書室には「日本」に触れることができる貴重な場所として、毎日多くの日本語学習者が集まっている。また、日本語能力試験やスマトラ地区日本語弁論大会も毎年、ここメダンで開催されている。

 メダンの専門家は、これまで北スマトラ大学(以下、「USU」)で教鞭をとることを主な業務としていたが、2000年に「地域派遣制度」が導入され、その業務内容が大きく変わった。現在は現場の講師として授業や学科の業務を行うかたわら、アドバイザーとして地域の日本語教師および日本語教育機関への支援を行っている。「大学」から「地域」に飛び出した「地域派遣専門家」は、日本語教育の「現地化」、「自立化」、「ネットワークの構築」を柱に、地域のニーズに合わせ、目下新しい業務を開拓中である。

 地域の日本語教育を支援する上でなくてはならないのは、大学で現場を共にする同僚だ。最も信頼できる情報源が「人」であるこの地域では、協力的な仲間がいることが業務上最大の武器となる。専門家が学生の指導に主眼をおいていた頃、専門家にとってUSUの講師は「授業に遅刻する困った同僚」であったかもしれない。しかし、今や彼らは専門家と共に地域を支援する「貴重なカウンターパート」であり、そういう観点で見ると、彼らは非常に「優秀な同僚」である。

 2002年4月27日、専門家のよきカウンターパートとして、また地域のリーダーとして、USUの講師がその力を発揮するイベントが行われた。USU主催、メダン日本人会後援の「日本語教育ワークショップ」である。スマトラ地域の自立化の第一歩とも言えるこのワークショップは、1)地域内で資金を調達したこと、2)メダン地域の全ての日本語教師を参加者として迎えたこと、3)インドネシア人が講師を務めたこと、以上の点でこれまで当地で行われた基金後援のセミナーや研修とは性格を異にする。資金集めを自力で行うことで主催者が自立し、インドネシア人がインドネシア人に教授法を伝えることでこの地の日本語教育が現地化し、地域の教師が一堂に会することで域内ネットワークが築かれる。専門家の大きな期待を背負い、USUの講師たちはワークショップ開催に大奮闘した。

講義中のハニ講師の写真
講義中のハニ講師

 表舞台の講師役を引き受けたのは、母校USUでの教授歴18年のハニ講師と漢字博士の異名を持つナンディ講師。ハニ講師は「授業の組み立て方」を、そしてナンディ講師は、16年の現場経験に基づく「漢字の教え方」を講じた。メダンの現場を知り尽くす彼らの言葉には温かみと説得力があり、日本人が語るよりずっと受講者の心に響いたに違いない。

 また、裏舞台にはこんなエピソードがある。インドネシアの人々の集いに付きものの「式辞」と「会食」と「手土産」が、今回のワークショップに揃わない。そんな理由で一時、その開催が危ぶまれた。日本人会からの助成金180万ルピア(約2万5千円)だけで、60人の参加者全員のお弁当と茶菓子、そして手土産の文具一式(ノート、ペン、紙ファイル)を賄わなければならないのだが、いくら物価の安い国とはいえ、赤字が出ることは明らかである。会計担当の専門家が頭を抱える中、USUの女性講師から数々の名案が出された。お弁当は学生街の安い食堂で注文、お菓子は見映えのする安いものを頼む、お茶と茶器は自宅から持ち込む、文具は問屋で値切って買ってくる…この国の女性はやりくりがうまいらしい。ワークショップ3日前、人と荷台とベチャと車、暑さと喧騒をぬって、3人の女性講師とともに問屋街を歩いた。きちんとインクが出て書き易く、しかも安い、そんなボールペンを探して歩くこと30分。4人の気迫が伝わったのか、最後の店では破格の値段で売ってくれた。足りない分は「足」で稼ぐ。専門家としてこの地に赴任して以来、もっとも「メダン」を感じたひとときであった。

 現場の仲間に助けられ、地域派遣専門家の業務が軌道に乗りつつある。広大なスマトラ地域に教師のネットワークを築く。壮大な計画だが、着実にその輪は広がっている。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 北スマトラ大学は、日本文学・日本語学科を有するスマトラ島内唯一の国立大学で、同学科は日本語教育学会スマトラ支部の事務局を担当し、日本語能力試験の実施機関に指定されている。専門家は同大学において日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言、現地教師の育成を行う。また、地域派遣専門家として教師支援を中心とした域内の日本語教育支援を行う。具体的には域内日本語教育ネットワーク形成・強化への支援、勉強会・セミナーでの講師役、セミナー開催の企画・実施への協力、北スマトラ州高校日本語教師会およびメダン日本語学校教師会への支援などの業務がある。
ロ.派遣先機関名称 北スマトラ大学
North Sumatera University
ハ.所在地 Jl. Universitas No.19, Kampus USU Medan 20155, Sumatera Utara
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
文学部日本文学・日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   日本語学科:1980年
日本文学科:2000年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1988年
(ロ)コース種別
日本文学科、 エクステンションコース、日本語学科(3年制)
(ハ)現地教授スタッフ
常勤6名 非常勤5名 その他4名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   今年の同学科への入学者総数は146名。
2000年度より急増。
(2) 学習の主な動機 学士の取得、日本文化・日本語の研究、日系企業に就職、日本への興味・関心
(3) 卒業後の主な進路 日系企業への就職、高校、大学の日本語教師、日本語ガイド
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
学士修了者:中級後半、
ディプロマ修了者:中級前半終了程度
(5) 日本への留学人数 5名

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