世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 成長しつづけるミナンの日本語教育

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター(西スマトラ州中等教育機関)
三浦雄一郎

ミナンカバウの街

 西スマトラ州は、国内で比較的イスラムの戒律に厳格な地域である。私的な場面ではジルバブ(回教徒の女性がかぶるスカーフ)を着用しないという若者も増えたそうだが、キリスト教徒であってもジルバブの着用が校則となっている学校もある。

 この地域はミナンカバウと呼ばれ、出身者はミナン人、言葉はミナン語と呼ばれる。ミナンカバウは「勝利した水牛」という意味のミナン語で、かつて中央の侵攻と争ったミナンカバウの首長が、水牛の決闘で決着をつけたことが由来とされる。ミナンカバウは女系社会であり、女性の社会進出が進んでいる。結婚も伝統的に男性が女性の家庭に入ることが多く、他地域以上に女性がたくましく見える。決闘に勝利した水牛もきっと雌だったに違いない。

日本語教育の歴史

 西スマトラ州は、インドネシアの中では日本語教育の後発地域で、一昔前は、大学が一つと一握りの高校、日本語学校で僅かに教えられているだけだった。しかし、今は日本語教育が盛んな他州と比べても遜色ない学校数、学習者数、教師数となり、その勢いはしばらく止まりそうにない。今では多くの大学に日本語科目が設置されるようになったが、学習者数の大半は高校生が占めている。州内で日本語を教える高校は100校を越えて増え続け、その中には全校生徒1900名が学ぶ学校もある。

 ここ数年で急激に高校での日本語熱が高まった要因は、学習指導要領の改定にある。インドネシアの普通科の高校では、2年次に理系、文系、語学系に分かれて将来の目標にあった科目を選択することになっていて、従来は日本語科目は語学系で扱われることが多かったのだが、最近の指導要領によって高校3年間で英語以外の外国語を学習することが義務づけられ、その選択科目で日本語が選ばれていることが、インドネシアでの近年の爆発的な学習者増に繋がった。それは西スマトラ州でも例外ではない。特に西スマトラ州の高校では語学系が設置されない学校がほとんどであるため、ここでの日本語科目の成長は今回の改定が大きな転機となった。

 語学系が設置されない理由は大学入試に不利になるからである。それは高等教育への進学希望者数が物語っている。ミナン人はミナンに愛着を持つ一方、他の土地に移って成功を収めようとする開拓者精神も持ち合わせており、それは州外への進学希望者が多いことにも現れている。

日本語教育の現状

高校日本語教師会の写真
高校日本語教師会

 今の西スマトラ州では、日本語教師は完全に売り手市場である。日本語科目を設置したい、あるいは科目数を増やしたいという需要に教員数が追いつかず、大学生や日本語学校で1年ばかり勉強しただけの人でも高校の教壇に立つことができ、掛け持ちも日常となっている。州の高校日本語教師会(以下、MGMP)の会員数も毎年数十人単位で増えて、昨年100名を超えた会員は既に120名に達しようとしている。日本語科目や先生の数が増えてゆくのは喜ばしいことではあるが、教壇に立つにはもう少し準備が必要だと感じる先生も多い。

 バンドンやメダンといった大都市の有名校で日本語を学んで西スマトラに戻った先生も少なくなく、日本語力が著しく劣っているということはない。他地域と比較して、まだ若い先生がほとんどのこの州に不足しているのは経験である。MGMPの会長もまだ30代前半で、多くを占める20代の先生方の教授歴もまだまだ浅い。

ジュニア専門家の役割

西スマトラ州高校生文化祭の写真
西スマトラ州高校生文化祭

 ジュニア専門家の派遣が早かった地域では日本語教員も円熟期に入って、目的はリーダーやサブリーダーの育成ということに重点が置かれたり、既にジュニア専門家が派遣終了となったところもある。もちろん西スマトラ州でもリーダーとなる人材を育成してゆかなければならないが、喫緊の課題は底辺の底上げにある。

 インドネシアでは教員のために研修制度が設けられている。日本語教員のための研修は国家教育省と国際交流基金が共催で行っており、全ての教員の参加が望まれる基礎研修から、成績で振り分けられて階段を上り、最終的には、参加者には地域のまとめ役となることが期待される研修まで数段階に分けられている。

 西スマトラ州では、基礎研修への参加割合が非常に低いが、現在の教員の増加速度を見るに、この問題はしばらく解決できそうにない。そこで、日本語の授業を行う上での最低限の知識を身につけてもらえるように、地域を巡回して講習を行っている。

 若い先生ばかりで横の繋がりが希薄なため、講習を行うための場所の確保や日程の連絡などがままならず、初めの頃は地域ごとに集まることもできなかった。それで、まずは州内の地域毎の組織作りから始めた。私が赴任する前には、地域毎のMGMPは州都であるパダン市に1つだけだったが、現在は地域のMGMPが6つになって、ほとんどの教員をカバーできるようになった。地理的な問題で2ヶ月に1回しか開けず、100名近い参加者がいる州のMGMPではできないことを地域毎のMGMPが補完する。

 今はまだ、MGMPの会長とジュニア専門家が主導してばかりだけれど、将来は先生方が自主的に勉強会や研修会を運営できるように支援をしていかなければならない。まだ若い人材と組織で物事が円滑に進まないことも多々あるが、未来に希望が溢れる地域である。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
及び業務内容
西スマトラ州全域の中等教育支援を目的として、2008年に日本語教育ジュニア専門家の派遣が開始された。日本語教育ジュニア専門家は、ジャカルタ日本文化センターの業務方針に従い、主に以下の業務を行う。(1)配属校において日本語教育に関する指導を行う。(2)派遣地域の現地教師に対する支援を行う。高校日本語教師会の活動を支援する。(3)高校日本語教師研修の実施に協力する。(4)高校日本語教材の作成に協力する。(5)派遣地域の日本語教育に関する情報を収集する。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
ハ.所在地 Lantai 2-3, Summitmas I, Jl.Jend.Sudirman Kav. 61-62, Jakarta 12190, Indonesia
ニ.国際交流基金派遣者数 ジュニア専門家:1名
アドバイザー派遣開始年 2008年

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