世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ジャカルタ日本文化センターの日本語教育支援(2012)

ジャカルタ日本文化センター
尾崎 裕子・益山 智惠・松島 幸男・山本 晃彦

 ジャカルタ日本文化センター(以下、センター)には、日本語上級専門家3名、日本語専門家3名、そしてインドネシア人講師2名が勤務し、日本語教育支援業務に携わっています。センターの主な業務は、インドネシアの中等教育支援、ジャカルタを中心とする首都圏特別地区(以下、ジャボデタベック)に対する教師支援、学習者に対する直接支援、経済連携協定(EPA)に基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者予備教育事業の4つに分かれています。

中等教育支援:教師研修<尾崎>

普通高校・宗教高校・職業高校日本語教員基礎研修(2012年2月17日)の写真
普通高校・宗教高校・職業高校日本語教員基礎研修
(2012年2月17日)

 インドネシアではここ数年、高校で日本語を学習する生徒の数が急増し、それに伴って、増加する高校の日本語教師の日本語教授能力を高めることが大きな課題となっています。この課題を解決するために、センターでは、教育文化省語学教員研修所(P4TK Bahasa: 以下、P4TK)と共同で高校の日本語教師の研修を行っています。研修には「基礎研修」「継続研修」「中級研修」「上級研修」の4段階があり、「基礎研修」は一人の教師として「授業の流れ」のある授業がしっかりできるようになることを目標としています。

 2012年2月6日(月)から17日(金)まで、ジャカルタのP4TKで基礎研修が開かれ、P4TKや地域の日本語教師会のインドネシア人講師とともに、センターからも筆者ら基金派遣専門家を含む4名の講師が出講しました。参加者は9つの州から選抜された24名の教諭で、研修生全員が11日間研修所に泊まり込んで研修しました。研修の内容は、前半が日本語演習、後半が教授法演習の授業です。この研修の成績は次の研修に進めるかどうかだけでなく、学校での評価・昇進にも関わってくるので、研修生はみな真剣に研修に臨んでいました。

 日本人講師は主に日本語演習の授業を担当します。授業の内容は発音、文法・読解、速読、会話など盛りだくさんです。会話の授業では、日頃、日本語を使う機会がなく、日本語を話すことに苦手意識を持っている研修生にできるだけリラックスしてたくさん日本語を話してもらうことを目指しています。筆者の時間には、よく知らない研修生同士自己紹介をした後、クラス全体で次々他己紹介をしていく活動をしました。時間がかかりますが、仲間がどんな人かだんだんわかってくると、雰囲気も自然に打ち解けてきます。速読やロールプレイ中心の会話の授業でも、研修生のモチベーションは非常に高く、研修会場に熱気があふれます。グループごとにテーマを決めてポスターを作り発表するプロジェクトワークでは、インドネシア人教師の豊かな表現力が発揮されます。インドネシアのことを日本人に紹介する題材としてとりあげられた社会問題や料理、アイドル歌手など様々なテーマについて、研修生同士で活発なやり取りが行われ、筆者ら講師はそれを見守りました。

 日本語演習が終わった後、研修後半は教授法演習です。教授法演習の授業はインドネシア人講師が担当し、インドネシア語で行われます。2日半かけて、教材分析から、授業の導入・基本練習・応用練習・まとめまで、授業の各部分の理論と実際について学んだあと、次の1日半で参加者が模擬授業の準備と練習をし、その後、全員が45分間の模擬授業を行います。模擬授業準備の際には研修生は4グループに分かれて、各グループにインドネシア人講師と日本人講師が入り、授業の準備や練習を見守り、アドバイスします。最後の模擬授業実習は8人ずつ3グループで行います。模擬授業では筆者も評価者としてコメントを述べますが、できるだけ授業の中で良かった点を探して、ほめることを大事にしています。それぞれの教師の優れた工夫や技術は、他の教師にとっても自分のやり方を振り返るヒントや参考にもなるはずですし、ほめられることで、その教師が自信をつけ、さらに上を目指そうという気持ちにつながると考えるからです。

 8名の模擬授業が終わる頃には、皆ぐったりするほど疲れていますが、実習が終わった後のみんなの顔は晴々としています。11日間、助け合い、励ましあった研修生が無事研修を修了できた喜びを分かち合う姿は熱く、輝いています。この瞬間に、筆者も彼らの日本語教師としての挑戦に関われたことの喜びを感じます。これからも、研修を通して、たくさんのインドネシアの高校教師と出会えることを楽しみにしています。

高等教育支援:大学教員への支援<益山>

 センターでは大学教員を対象に教授法や評価についてのワークショップを定期的に企画、実施しています。2011~2012年はジャボデタベック地域の大学教員対象に「会話」「読解」「聴解」の教え方と評価について、及び、「文法」と「会話」の試験作成をテーマにしたワークショップを行いました。また地方(スラウェシ島マナド、マカッサル、スマトラ島メダン、パダン地域等)の大学教員向けにも、報告者が出講し、実施しました。

試験作成研修の様子(2012年4月20日)の写真
試験作成研修の様子(2012年4月20日)

 では研修の流れや目的を簡単にご紹介しましょう。2012年4月にインドネシア第2の都市スラバヤにある名門大学で初中級レベルの試験作成法について体験型ワークショップ、「試験作成研修」(3日間)を実施しました。実際に大学で使用している教科書のある範囲の試験問題を作りながら、自分の力で作成のコツをつかむことを目標にしています。担当インストラクターはセンターで長年教師研修に携わっているインドネシア人の専任講師と報告者の2人です。研修参加者は東ジャワ地域で教鞭をとる15人の大学教員です。長年大学で教鞭をとりながらも試験作成について学ぶ機会はなかったので試験作成について自信はないという博士号を持つベテラン教員の参加も見られました。研修前には2つの事前課題を与えました。1つは、評価についての参考資料に目を通してくること、2つめは、教科書の各課の教材分析をしてくることです。それから、過去に参加者が作成した定期試験を提出してもらいました。(研修の最後に、研修で学んだ知識を基に客観的に分析し、改訂案を出してもらうためです)

 研修初日は事前課題のフィードバックから始めました。参加者に提出してもらった各課の教材分析をみると、その課で教えるべき項目で漏れているものが見つかりました。試験に出す項目をピックアップする際に、各課の教材分析シートが大いに参考になるので、まずは教材分析をしっかり作成することの大切さを伝え、もう一度、作成に取り掛かってもらいました。その後、グループ作業に入りました。各グループで与えられた範囲の定期試験の問題を作ります。参加者は持参したノートブックを前に試験問題作成に格闘しています。①教材分析シートより試験問題に出す項目をピックアップ、②測りたいことに一番マッチした問題形式の選択、③問題の難易度に合った配点を考える、④選択問題と記述式問題のバランスを考える、⑤事前に明確な採点基準を設定する、など試験作りには考える点がたくさんあります。ですので、一度作成した問題もグループのメンバーと協力しながら何度も見直しています。そして、作成した問題は、私たちインストラクターから直接フィードバックを与えるのではなく、作成者が全体発表し、他の参加者からコメントやフィードバックをもらいます。私たちインストラクターは足りない箇所があれば補足しますが、あくまでも裏方に回るようにしました。

 発表の際にもらったコメントを基に修正、そしてまた修正した試験問題を全体発表し、もらったコメントを基に修正というサイクルを何度も繰り返し、試験問題の信頼性と妥当性を高めていきました。参加者は他の方が作成した問題を客観的に分析する力も養っていったようです。回を追うごとに出てくるコメントやフィードバックは私たちインストラクターが補足する必要のないほど、鋭くポイントを押さえたものになっていき、研修の手応えを感じました。

 研修の最終日には、1つの教科書から4パターンの定期試験が完成しました。各自が自分の大学に持ち帰り、今後の試験作成のバリエーションの1つに加えていきます。

 世界第3位の学習者を持つインドネシアでは教員の数も非常に多いため、私たち専門家が直接会う方は限られています。ですが、今後は研修の参加者が中心になり、研修に参加できなかった大学教員のために新たなワークショップを開催し、インストラクターとして活躍していくことを期待しております。

経済連携協定(EPA)に基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者日本語予備教育事業<松島・山本>

 2008年、日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく看護師、介護福祉士候補者第1期生が来日しました。翌2009年にはさらにフィリピン人候補者第1期生も来日しました。候補者らは日本で6か月間の日本語研修を受け、その後、受け入れ病院、施設で就労しながら、国家試験を目指して勉強しています。看護師候補者は3年以内に、介護福祉士候補者は4年以内に国家試験に合格しなければなりません。国家試験に合格しなければその後、日本で働く道は閉ざされてしまうのです。

 外国人候補者にとって、日本人と同様の国家試験に合格するのは至難の業です。初めて日本語に触れるのがほとんどの候補者らがたった6か月間の就労前研修でどれほど日本語を習得できるのか、それは大きな問題でした。その問題を少しでも解決すべく、第4期候補者からは6か月の就労前研修の前に3か月の渡日前研修が始まり、さらに第5期では渡日前研修が6か月に延長されました。こうして、報告者らはこの予備教育事業に携わることになりました。

 ここでは第5期の渡日前6か月研修を中心に述べさせていただきます。第5期生は看護師、介護福祉士合わせて200名がP4TKで6か月間の合宿生活を行い、日本語を学びました。この第5期はこれまでと違って、200名全員が来日できるわけではありませんでした。研修中に、日本の病院、施設との就労契約となるマッチングが行われ、マッチングが成立した101名が渡日しました。

 報告者ら上級専門家3名は4名の調整員、2名の日本語指導助手、日本人講師26名、インドネシア人講師14名、現地スタッフ3名、その他様々な関係機関と協力し合いながら研修を運営していきました。

 当研修では、日本語でのコミュニケーション能力の育成、日本に適応するための文化的知識等の伝授、自律学習能力の育成の3点を大きな目標としました。

 コミュニケーション能力の育成として、総合日本語では日本での生活に必要な語彙、基礎的な文型、読解力、聴解力を養いました。また、国家試験対策の土台作りとして、漢字の授業も週に4時間取り入れました。モチベーション・アップのために、看護・介護に必要な基礎的な専門語彙の導入も行いました。

EPAポスターセッション-第1回優勝チームのポスターの写真
EPAポスターセッション
-第1回優勝チームのポスター

 異文化適応として、日本事情、看護・介護事情、日本語運用(各種コンテストやポスターセッション)を毎週土曜日に3時間行いました。

 自律学習能力の育成として、毎日、自律学習支援の時間として、候補者が興味のある勉強を行ったり、疑問点を講師に質問できる場を設けました。さらに週に一度クラスミーティングの時間には、学習方法の共有やポートフォリオ、振り返りシートの共有等を行いました。

 今回の研修も前回の3か月研修と同様に大きな問題もなく当初の予定通りのカリキュラムを終えることができました。ただ今回の研修ではマッチングに漏れた候補者のモチベーションが落ちるということがありました。しかしこれも候補者、講師などの努力により1,2週間後にほぼ持ち直すことができ、結局研修最後まで一人の脱落者もなく終えることができました。全体として候補者も講師陣も研修中は和気あいあいとした雰囲気の中で進めることができたのは大きな成果だったと思われます。次回に向けては更に研修内容を精査し、より良いものにしていきたいと担当者一同考えております。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
国際交流基金ジャカルタ日本文化センターは、インドネシア各地の派遣日本語上級専門家・日本語専門家、インドネシアの各機関と連携をとりながら、インドネシアの日本語教育支援を行っている。中等教育では、国家教育文化省と協力して、カリキュラム・シラバス開発、教材開発、教師研修を行っている。高等教育機関、民間の日本語教育に対しては、セミナー等を実施するほか、大学訪問、コンサルティングも行っている。一般成人対象に日本語講座の上級クラスも開設している。2011年3月より、EPAに基づくインドネシア人看護師介護福祉士候補者日本語予備教育事業も実施している。また、ニューズレター『EGAO』(季刊)を発行している。
所在地 Lantai 2-3, Summitmas I, Jl.Jend.Sudirman Kav. 61-62, Jakarta 12190, Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 日本語上級専門家3名 日本語専門家3名
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