世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) かるたを使ったクラス活動 ―「おもしろい授業」へ向けての可能性

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター
(ジャカルタ首都圏地区中等教育機関)
森林 謙

1.学習者の急増と問題

 インドネシアの日本語学習者は急増したとよく言われますが、どの程度増えたのか数字を比較してみると、1998年には54,016人だったのに対し、2009年には716,353人となっています。この間におよそ13倍も増加したことがわかります。日本国内でも1980年代後半から日本語学習者が急増した時期がありましたが、それをはるかに上回る増加率です。インドネシアの日本語学習者のうち約95%が高校などの中等教育機関で学んでいますが、このような学習者の急増によって、教師不足、教師の日本語・教授能力、文化・社会情報の不足など様々な問題が挙げられています。

 中等教育機関の日本語教師へのサポートという業務上、ジャカルタ首都圏をはじめ、様々な地域の高校日本語教師から直接話を聞く機会があります。特に耳にするのが生徒の学習意欲、モチベーションに関する悩みです。これは日本語学習者の急増だけでなく、社会の変化も影響している問題だと思われますが、学習意欲を高めるために「おもしろい授業」の方法を教えてほしいと求められることもよくあります。

2.「おもしろい授業」への疑問

 しかし、「おもしろい授業」というのは、それぞれの教室における生徒、教師などの間から生まれるものです。第三者がその方法を与えることができるものではなく、それぞれの「ここ」を共有する教師や生徒の間で成立するものです。「日本人」が来てくれれば学習意欲が高まるという意見もよく聞きます。その「日本人」の存在が生徒にとって珍しいうちは盛り上がったりするかもしれませんが、あくまでも一時的なものにすぎず、日々の授業における問題の根本的な解決からはさらに遠ざかってしまうと思います。

3.「おもしろい授業」への可能性

生徒がつくったかるたの写真
生徒がつくったかるた

 ここで、ある職業高校でのK教諭によるかるたを使った活動(以下、かるた活動)を紹介しようと思います。それは、単にかるたというゲームの一種を使った「おもしろい授業」だからというのではありあせん。週一回の授業でどうすればひらがなが習得できるのか、という普段から自身の教育現場で持ち続けていた問題意識を踏まえた上でのかるた活動だったからです。

 かるたを使うきっかけは、定期的に実施される勉強会で日本語専門家がかるたの作成とゲームを通した学びの可能性を紹介したことですが、K教諭はそれをそのままクラスで使うようなことはしませんでした。一般にかるたは、取り札には読み札の文の冒頭のひらがなとその文に即したイラストなどがあり、読み札には諺などの文が書かれています。しかし、K教諭が自身の担当するクラスで使おうと考えたかるたは、取り札にはひらがな一文字のみでイラストなどはなく、読み札にもひらがな一文字とその読み方をサポートするためのアルファベットのみです。非常にシンプルで見た目も素っ気なく、生徒の興味を引きそうな要素が感じられないものでした。

4.かるた活動を通して

 いざやってみると、作成段階でもその後のゲームでも予想をはるかに超える盛り上がりでした。また、作成の過程やゲームを通して、生徒同士による字の形、大きさ、バランスの妥当性や読み方の確認などのやりとりも頻繁に活発に行われていました。「この部分はもっと丸く書いたほうがいい」など教師より厳しいチェックをしている様子も見受けられました。このようなやりとりを通して生徒自身が互いに字の形や読み方を検討していく過程の発見や気づきは、学ぶ上でとても重要だと思います。かるた活動に対する生徒自身の振り返りでも、一人で何回も練習するよりも、みんなと一緒に作業やゲームをしながらひらがなを学ぶことが有意義であるといった意見が多く出されました。

 教師が一方的に指示をし、覚えさせ、注意を与えるようなやり方では、このような自発的な学びは期待できないでしょうし、学習意欲も高まらず、学んだことは我慢のみといったことも少なくないと思います。

5.「おもしろい授業」へ向けて

かるた活動クラスの教諭と生徒の写真
かるた活動クラスの教諭と生徒

 しかし、当然ながらゲームのような活動を単に授業に取り入れればよいということではありません。今回の場合、K教諭による担当クラスの現状を踏まえた上での創意工夫があったことがポイントです。普段から問題意識を持ち続け、目の前の生徒と向かい合ったやりとりをしているからこそ、クラスの実情に合った発想となり、それが生徒にとっても楽しいだけでなく学びの促進にもつながったと考えられます。

 イラストや文のないかるた、とても小さな工夫かもしれませんが、非常に重要で意味のある工夫だと思います。クラス外の第三者を満足させるための見栄えの良い授業をめざすのではなく、意味のあるやりとりを伴った多様な「おもしろい授業」が広まってほしいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
インドネシアの日本語学習者数は、2009年調査で世界第三位となったが、その約95%が高校など中等教育機関で学ぶ生徒たちであり、ジャカルタ首都圏では、普通・宗教・職業それぞれの高校を合わせて500校近くで日本語教育が実施されている。その教師支援として、定期的に特定の高校を訪問する配属校勤務、研修、高校日本語教師会の運営や勉強会への協力等を行っている。この10年間、日本語教育は急速に拡大してきているが、学習意欲や授業内容の問題、高校における日本語教育の在り方をめぐる検討が必要である。このような問題に対応すべく、2012年度は高校教師による実践研究の流れをつくることをひとつのテーマとしている。
所在地 Summitmas I, Lantai 2-3, Jl.Jend.Sudirman Kav. 61-62, Jakarta 12190, Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
国際交流基金からの派遣開始年 1995年

ページトップへ戻る