世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 教師養成に携わる喜び

インドネシア教育大学
衣笠 秀子

派遣先の業務

私の業務は派遣先であるインドネシア教育大学(以下UPI)大学院での授業実施と、もうひとつ西ジャワ州の高等・中等教育機関への日本語教育支援です。UPI大学院では、学生が卒業後大学教員としてしっかりした日本語教授ができるよう、インドネシア人教員とともに専門科目の授業を担当し、シラバス強化を図っています。西ジャワ州全体では、インドネシア日本語教育学会(以下 学会)の支部セミナー実施や講演、支部ジャーナルの発行、勉強会実施への協力のほか、中等教育レベルでは高校教師会や小研修への出講など、さまざまな支援に関わっています。 

大学教員のタマゴとともに

では、UPI大学院の担当授業についてお話ししましょう。研究力をつけることを目的とした「論文講読」という科目では、日本語の論文を読んだ後、ディスカッションをして理解を強化するのですが、この場でいろいろな見解が交わされます。たとえば、言いよどみを表す「あのう」に焦点を当てた論文を読んだ時にはこんなやりとりがありました。「あのう」の「あの」は「この・その・あの」という指示詞と同じかという質問が出て、発表者は予想もしていなかった角度からの質問に四苦八苦。報告者がスペイン語も“この”を表す‘este’を使うと言ったところ、「そういえば、インドネシア語も”それ” を使う」と一人の学生が気づき、それを機に「考えがもう口の近くまで来ているから‘este(この)’を使う」「日本語は頭の中にある考えを引き寄せようとして、少し距離のある“あの”を使うのではないか」など次々と意見が出てきました。アカデミックであろうとなかろうと、学生たちは1本の論文から今まで取り立てて考えてこなかった「言語の一側面」に気づき、ことばに関する研究への興味を深めていきます。教師のタマゴである学生たちが「ことばって、おもしろい」と感じ始めるその瞬間に立ち会えるのはセ語教師としてこの上もない喜びです。

 もう一つ、学生が文字通り目を輝かせる授業に「日本語教育概論」があります。言語習得、誤用分析など修士論文のテーマになるような研究分野の概要を学ぶ科目ですが、その講義内容はふつうの日本人にとってもかなり特殊なものです。彼らは言語学の知識が十分あるというわけではないので、あれこれ工夫をして教材を作り、パワーポイントと口頭での説明にわかりやすい例を組み合わせて、研究法や研究例を紹介します。「意味分析」を扱ったときは、難解な専門用語が多く、敬遠されるのではないかと心配でしたが、講義を終えたとき、学生は「おもしろーい」と満面の笑み。多義語分析を身近な例として、インドネシア語で「おいしい」を意味する形容詞「enak」がどのように意味的につながり、拡がって多義語となっていくか、その際、人の認知能力がどう関わっているかをいっしょに考えたのですが、その分析過程に新鮮さを覚えたようです。これはほんの一例ですが、彼らの言語への尽きない好奇心は今後、研究を続けていく際にも、教員として日本語を教えていく時にも、必ずや役立つことと思います。

海外の日本語教育支援の場においては「学生に日本語を教える」仕事と同様に「教師を育成する」こともたいへん重要です。千人の学生を教えるより数人の優秀な教師を育てることの方が、将来的にその地域に及ぼす波及効果が大きいからです。その意味で、多くの大学教員を輩出するUPI大学院で専門教育に直接携わるこの業務は長期的にみて、インドネシア全体の日本語教育発展のために大きな役割を果たしているといえるでしょう。

西ジャワ州の学会活動

教授法勉強会で発表する教員の写真
教授法勉強会で発表する教員 

学会西ジャワ支部は年1回の支部セミナー開催のほか、年2回ジャーナル「わ」の発行、教授法勉強会の開催などの運営を行っています。西ジャワ州は日本語教員の層が厚く、これらの活動はほぼ自立化しています。

学会誌は全国誌もありますが、西ジャワは唯一、支部独自のジャーナルを刊行しています。毎号5~6本のインドネシア語論文が掲載され、日本語教育に関する研究が外部に向けて発信されています。専門家は投稿者を見つけることから始まり、執筆に関する相談、査読まで行い、発行に関わっています。ジャーナル発行は教師の研究力の強化、情報共有のためにも大切なメディアになっています。

自立化は間近

学会西ジャワ支部ジャーナル「わ」の写真
学会西ジャワ支部ジャーナル「わ」

今後の支部活動のためには、何と言っても牽引力となる若手リーダーの育成が重要な課題です。教授法勉強会の実施はその意味で、徐々に効果を上げています。同勉強会は年6、7回「授業実施の実践報告」を中心にした発表を行っていますが、一度発表者となった教師はまた別のテーマで発表を引き受けてくれます。参加者からの反応に直に接して手ごたえを感じるのでしょう。回を重ねるごとに、発表の流れをきちんと考え、効果的なPP作成法も体得し、参加者に課題を出してグループワークをするという方法も身につけていきます。こうして、若手教師の中にリーダー的存在が生まれてくれば、支部活動の完全現地化はもう目の前、あと2,3年先には実現されることになるでしょう。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Graduate School, The Indonesia University of Education (UPI)
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
  日本語教育専攻修士課程は2001年に開設された。インドネシアの大学院の中で唯一、日本語教育で修士号を取得できる機関である。学士課程が高校の日本語教師養成を目標に掲げ、西ジャワ州の高校日本語教師の大半がUPI出身者であるように、修士課程も主要国立大学、多くの私立大学などインドネシア国内の20以上の高等教育機関に多数の人材を輩出している。
  専門家は修士課程で専門科目の授業を担当する他、インドネシア日本語教育学会西ジャワ支部活動への支援として、セミナー開催や機関誌の発行、教授法勉強会実施に関わる協力を行う。また中等教育支援では、西ジャワ州高校教師会の小研修、定例会への出講を行う。
所在地 Jl.Dr.Setiabudhi No.229 Bandung 40154 Jawa Barat Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
修士課程日本語教育専攻
Program Magister、Pendidikan Bahasa Jepang
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   2000年
国際交流基金からの派遣開始年 2009年
コース種別
日本語教育専攻(修士課程)
現地教授スタッフ
5名
学生の履修状況
履修者の内訳  
学生総数  修士課程: 約50名
学習の主な動機 大学の日本語教員、高校教諭となるため
卒業後の主な進路 大学教員、高校教諭
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N2を受験可能なレベル
日本への留学人数 なし

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