世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本語授業でレッスン・スタディ

日本語授業でレッスン・スタディ

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター(中等教育支援担当)
上野 美香

インドネシアでは、65万人以上の高校生が日本語を学んでいます。」

みなさん、ご存知でしたか?中等教育支援という現在の業務を担うまで、私は全く知りませんでした。2009年、インドネシアの日本語学習者数が世界第3位!アセアン地域第1位!という数字が打ち出され、学習者総数716,353のうち約95%を高校生が占めていると注目を浴びています。

高校で日本語を教える先生方

高校生に日本語を教えている先生方は、各地で州単位、市・郡・町単位の大小様々の日本語教師会を結成し、勉強会や研修などの活動を通じて教授力や日本語力を磨いています。私は、国際交流基金の日本語専門家が常駐していないスラウェシ・バリ・スマトラ地域の巡回指導を担当し、高校の先生方とより効果的な教え方を問い、考え続け、先生方や高校生と日本語(日本)をつなぐお手伝いをしています。

高校生と日本語授業

D先生がいつも見ていたJさんの写真
D先生がいつも見ていたJさん

インドネシアの高校生は、もちろん十人十色ですが、全体的には素直で無邪気な印象を受けます。高校を訪れて日本語授業を覗いてみれば、元気に口を動かしながら発話の練習をし、「ドラえもん」、「NARUTO-ナルト-」や「犬夜叉」等の日本のアニメが好きだという生徒たちも少なくありません。

スマトラ島の高校生、Jさんも週に一度90分、日本語を学んでいます。彼に日本語を教えているD先生は「いつも無表情で、何かをひたすらノートに書き留めている」Jさんを見ていたと言います。インドネシアの高校でよく出会う日本語授業は、教師主導で進められ、生徒が受け身に終始しがちなものです。

私たちはこのような授業に疑問を抱き、インドネシアの高校生の実状に即したより効果的な教授を目指し、先生方と一緒にいろいろな取り組みを考えて実践しています。ここでは、そのひとつ、

レッスン・スタディについてご紹介したいと思います。

レッスン・スタディの試み

インドネシア中学校・高等学校日本語教師会が2013年度全国ワークショップのテーマとして「レッスン・スタディ」を選んだことをきっかけとして、いくつかの地域において、「日本語授業でレッスン・スタディ」を始めました。私は、その活動を通じてD先生とJさんと出会いました。

レッスン・スタディとは、日本で「授業研究」と呼ばれて古くから続けられてきた活動が西欧やアジアの国々に広がったものです。私たちはインドネシアの政府とともにレッスン・スタディを推進してきたJICAプロジェクトにならって、「明日の授業をよりよくするために」日本語授業でレッスン・スタディを試みました。

わたしたちのレッスン・スタディ

レッスン・スタディと一言で言っても、唯一絶対の方法があるわけではありません。私たちが採用したのは、PLAN(授業案の作成)→DO(公開授業)→SEE(振り返り)のプロセスを参加者全員で共有し、全員で責任を持つレッスン・スタディです。また、PLANでは、できる限り生徒の立場になって授業案を検討し、DOでは一人ひとりの生徒をよく観察し、SEEでは観察した生徒の様子から彼らの学びに何が起こっているのか、考えることを意識しました。

D先生の学び

D先生は、Jさんのクラスで公開授業を行いました。参加者全員で授業案を検討(PLAN)し、Jさんのクラスで行った公開授業(DO)は、私たち(教師)にとってたくさんの学びを与えてくれました。

振り返り(SEE)で、D先生は私たちに問いかけました。「私は、いつも無表情で、何かをひたすらノートに書き留めているJさんしか見たことがないけど、今日の授業ではどうでしたか」と。そこで、「はじめは表情も変えず、他の生徒が元気に口を動かしているのにほとんど口を動かさないJさんが気になった」参加者の一人が彼の学びの様子を報告し始めました。前日のPLANを受けて、D先生がはじめて採用したというグループ活動になると、Jさんは4人グループの中で最も活発に発話し、練習をリードしていたと言うのです。ご覧ください。写真のJさんは、いかにも生き生きとした笑顔で練習を楽しんでいるように見えます。

レッスン・スタディを通してD先生が出会ったJさんの写真
レッスン・スタディを通してD先生が出会ったJさん

D先生と私たちはJさんの学びのプロセスについて、それぞれに推測し、意見を聴き合いました。そして、D先生は最後に「この活動を通してJさんが学ぶスタイルを知った」「いろいろな生徒がいるけれど、より多くの生徒の学びに合った教え方を探したい」と言いました。

わたしたちのレッスン・スタディは始まったばかりです。ここでは、D先生の学びのみ取り上げましたが、実は課題も山積みです。これからも「明日の授業をよりよくするために」先生方とともに実践し、考え続けていくことが重要で、そのプロセスこそが私たち教師を成長させてくれている、と考えています。そして、この想いをより多くの先生方と共有できたら、この上ない幸せだと思っています。

自分たちの在り方を自分たちで ―よりよい授業を目指した動き

国際交流基金ジャカルタ日本文化センター(中等教育支援担当)
森林 謙

1.最近の動き

インドネシアの日本語学習者数は中等教育機関を中心に急増してきましたが、最近首都ジャカルタ及び周辺地域では横ばい状態となってきているようです。これまでは急増した「量」に対応するためか、「質」にはなかなか目が向けられない状況でしたが、最近は自分たちの手で自分たちのための教科書をつくろうという動きをはじめ、若い世代の教師を中心に変化の兆しが見えてきました。

2013年7月の新学期から導入予定の新カリキュラムもそのような動きへの追い風となっています。それは現在の科目としての日本語の位置に、従来のドイツ語、フランス語、アラビア語、中国語に加え、韓国語が入ってくるからです。「質」を無視して授業を行うことは、これまで以上に日本語という科目と日本語教師としての自身の居場所を失うことになりかねないのです。

2.現場の課題とN教諭の挑戦

今回はジャカルタの高校で「質」に興味関心を持つN教諭について紹介しようと思います。N教諭はジャカルタのB校(その他1校)という職業高校で日本語を担当しています。職業高校というのは、日本の工業、商業高校のようなものですが、観光、服飾、料理など分野は多岐にわたっています。B校は自動車・機械系で、日本語の授業は週1回90分程度、生徒はエネルギーを持て余し気味のヤンチャなタイプが多いようです。N教諭は授業の導入から基本練習、応用練習、インタビューやインフォメーションギャップ等の活動まで、いわゆる知識積み上げ型での流れはこれまでの研修などを通じて身につけていますが、実際にはB校に限らずそのような方法で授業が成立するような現場はごくわずかのようです。

仮に教師が語彙、文型等を一通り教えたとしても、たいてい翌週には生徒は忘れてしまっています。知識積み上げ型の授業は前の段階ができていなければその次の段階に進めないわけですから、前回の内容を繰り返すことになります。そうすると、生徒たちは毎回の授業で常に覚えリピートする、という状態に置かれ続けることになります。学習意欲が低下してしまうことは当然のように思えますが、ジャカルタ以外でこのような話をする際も「(自分の)授業を見たことがないのに、どうしてわかるんですか(笑)」と言われることがよくあります。多くの現場では。生徒(教師)が互いにことばを使って表現し合い、ことばを伝えることやことばが伝わることの実感や達成感がない授業が当たり前になっているのかもしれません。

自分が描いた絵をもとに発表、少し恥ずかしそうの写真
自分が描いた絵をもとに発表、少し恥ずかしそう

2012年12月、N教諭は自身でテーマを設定し「実践研究」として授業を行いたいという希望を伝えてきました。2012年6月、バリで「実践研究」をテーマとしたワークショップを実施しましたが、N教諭はその参加者の一人でした。まずN教諭自身の問題意識や理想とする授業、その後、『できる日本語』、『好朋友』、『enTree』などの教材や、いわゆる「活動型」の授業などを紹介しつつ、それらが目指すものについて話し合いました。N教諭は、コンセプトに共感でき、自身のイメージする授業に近いということで、国際文化フォーラムの『であい』を使うことにしました。実在する7人の高校生の日常を写真などで紹介したものです。

3.N教諭の取り組みから見えてきたこと

2013年5月13日、N教諭は授業の第1回目(全4回予定)を行いました。授業のトピックは「服装」で、流れは、<1>教師が『であい』の写真パネルを提示、<2>写真パネル内の情報についてクラス内でやりとり、<3>写真内の情報を日本語で表現する際の語彙や文型の紹介、<4>各生徒が理想の服装を紙に描き発表、というものでした。

写真パネルを見ながらのやりとりの写真
写真パネルを見ながらのやりとり

当日のN教諭は昼食も摂れないほど緊張し、授業前にも進め方にも自信がなさそうで、教案を見ても以前の授業と何が違うのか、わかりにくい点もありました。しかし、実際に授業が始まると、生徒たちの様子が以前とはまったく違っていました。以前の授業(いわゆる導入、基本練習といった流れのもの)であれば、N教諭の話や指示に耳を傾けるような生徒はごくわずかで、N教諭も生徒も互いが教室にいる意義が感じられないようなことがしばしばありました。しかし、この授業での生徒たちは、日本の高校生の写真を非常に興味深そうに観察し、質問したり、気づいたことを積極的に発言したりし、その後各自が課題にもとづいて発表する段階まで全員が集中して活動に取り組む様子が見られました。こんなに変わるものなのかという驚きとともに、生徒の興味関心を尊重し、生徒が自身を表現する場を設けることがいかに大切かを再認識させられました。授業のデザイン上の問題や課題について改善していく必要はあるものの、生徒が変わることを目の当たりにし、それを実感することができたことはN教諭にとっても非常に大きな収穫だったはずです。

4.日本語教育の行方

教科書がつくられ、研修等を通じて教え方も普及し、一見「形」は整ってきているように見えます。しかし、一方で日本語を学ぶ目的や意義について教師も生徒もよくわからないまま、ただ教室という空間に互いが集い、漠然と時を過ごすような教室も増えているような気がします。少しでも互いが教室を共にする意義を実感したり共有したりすることができるような教室が増えていってほしいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Jakarta
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ジャカルタ日本文化センターには2名の中等教育機関担当の専門家を配置しており、それぞれジャカルタ首都圏地区、バリ・スマトラ・スラウェシ地区を担当している。
ジャカルタ首都圏地区担当は、ジャカルタ首都圏地区を対象として、バリ・スマトラ・スラウェシ地域担当は、同地域およびその他支援が必要と思われる地域を対象として、主として以下の様な業務を行っている。
  • 学校訪問による授業見学・教授法指導
  • 教師会支援(教師会の運営や勉強会・研修のサポート)
  • 教育文化省語学教員研修所との共催による研修実施
所在地 Lantai 2-3, Summitmas I, Jl.Jend.Sudirman Kav. 61-62, Jakarta 12190, Indonesia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:2名
国際交流基金からの派遣開始年 1995年
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