世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) Gateway to Japan――日本への門戸、AAJ(2002)

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
日本語科主任
植松 清

1.東方政策(ルック・イースト・ポリシー)って何?

 1981年にマハティール氏が首相になると、欧米に追随するのでなく、東方(日本・韓国)を重視する「東方政策(Look East Policy)」を提唱しました。

 その目的は、日本・韓国などの東方諸国の勤労倫理、技術、経営哲学を自国に導入して、工業の近代化と発展を促そうとするものでした。そして、「知識と倫理を求めて、われわれは日本へ行くことにした」と声明を発しました。これは、人材養成についての、日本に対する強い期待と信頼の表明でした。

2.AAJって何?

 マレーシア政府は、東方政策に基づいて、1982年の春に若者を日本へ送り出すためのコースを、マラヤ大学予備教育部とマラヤ国民大学予備教育部に設置し、第1期の学生募集を始めました。第2期からは、マラヤ大学予備教育部のみで募集が実施され、今日に至っています。これが通称AAJと呼ばれている日本留学のための予備教育コースです。このコースはマレー語でAmbang Asuhan Jepunと称し、AAJはその頭文字をとってものです。英訳は、Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Scienceで、日本語では「日本留学特別コース」と呼ばれています。

3.AAJで何人ぐらいが勉強してきたの?

 AAJへの入学者数は、第1期(1982年)42名、第2期51名、第3期65名と推移しました。第4期からは入学定員が100名(自然科学系75名、社会科学系25名)でしばらく続き、第10期(1991年年度)に120名(自然科学系90名、社会科学系30名)となり、翌年の第11期生はさらに定員を20名増やして140名となりました。そして第13期(1994年年度)には定員が160名になりました。第17期(1998年年度)からは、定員は変わりませんでしたが、社会科学系の募集が停止され自然科学系のみの募集となりました。この経過から見ても、マレーシアの日本への期待の大きさをうかがい知ることができると思います。

 2002年から2010年まで、さらに定員を増やして、毎年200名の学生たちを日本へ送る計画をマレーシア政府は進めています。

4.今まで何人が日本へ留学したの?

 この20年間に(第1期生から第19期生まで)1900名を超える若者たちが既に日本へ渡っています。かつては、文科系の募集もおこなわれていたので、日本の私立大学の入学も認められていましたが、工学系の募集に限定されてからは、国立大学にだけ進学しています。医学の勉強をする者も毎年2~3人います。

 日本も明治時代に国家予算のかなりの額を割いて、若者を欧米に留学させたことがありましたが、AAJのように国家事業として、一国に20年間にわたり、1900名もの留学生を送りつづけた国がほかにあるのでしょうか。

5.日本はどんな協力をしているの?

 こうしたマレーシア側の期待に応えて、マラヤ大学の一角に、日本側は、大講堂・中講堂・教室等の基本施設の建設はもちろん、実験器具の整った物理・化学の実験室をも建設し、またLL教室の導入なども行ないました。これらの施設は、「日本文化研究館」と呼ばれています。

 さらに印刷機、コピー機、コンピューターなどのさまざまな機器、教科の教科書、多種多様な副教材、印刷用紙まで日本から持ち込んでいます。

6.どんな先生が教えているの?

 日本側はいろいろな協力と援助を続けてきましたが、その中でもっとも重要なのは、教員の派遣をずっと続けてきたことでしょう。派遣される教員は、日本語教師と、数学、物理、化学などの教科教育を日本語で行なう現役の高校教師です。この20年間に派遣された教師は、日本語・教科あわせて、延べ人数で400名を超えます。毎年の派遣費用は膨大なものになるでしょう。

 日本語教師の派遣に関しては国際交流基金が、教科教員の派遣は文部科学省がその任に当たっています。

 通常、教科教員の任期は2年、日本語教師の平均任期は3年です。

 ここ9年間の派遣教員数は毎年28名です。28名の内訳は、日本語教員が12名、教科教員が16名です。日本語教員はこの数では十分ではないので、現地採用日本人教員、非常勤日本人教員、および現地教員などの手を借りています。現地教員は、東方政策の一環として、1990年から98年までに日本語教師になるために日本へ留学した110名を超える教員たちの一員です。

7.どんなことを教えているの?

物理の実験の写真
物理の実験

 AAJの学習期間は、2年間です。

 1年次は、朝8時から夕方5時まで授業があります。1日8時間です。ただし、金曜日は7時間、土曜日は3時間です。

 1年次には、マレー語による教科教育が行なわれます。これは、大学予科をかねているからです。万一1年次で落第しても、予備教育部の試験に合格していれば国内の大学に入学する資格を得ることができます。その他に、大切な科目として、日本語があります。日本語の授業時間は週20時間です。進度はたいへん速く、3週目には、もう漢字教育が始まります。教科書は、東京外国語大学留学生日本語教育センター編『初級日本語』が使われています。一年次の終了時には、同大学編『中級日本語』の3分の1に当たる8課まで終わっています。

 2年次になると、昼休みが2時間になりますが、やはり8時から5時まで授業があり、1日7時間勉強します。金曜日と土曜日は4時間です。

 日本語の授業は、週11時間です。教材は1年次からの継続で、『中級日本語』を教えます。その他に段落構成を考えての作文演習、レポートの書き方、ディベイト、スピーチの仕方などの授業も行なわれます。これは、十分な授業時間が確保できないにもかかわらず、単に終了時の文部科学省試験や、日本語能力試験2級受験のための受験教育に終わらせたくないとの教員たちの希望によるものです。

 そして、2年次になると、いよいよ日本語による教科教育が、日本人の高校教師によって始められます。数学、物理、化学の教科書は、日本の受験校で使用している、かなりレベルの高いものだそうです。化学は、日本語の力がもっとも要求される科目で、当初学生たちはたいへん苦労するようです。

 この他に英語の授業も現地教員によって行なわれています。

 12月になると、腕だめしとして、日本語能力試験2級を受験します。ここ数年の合格率は、かつての倍になっています。これは、入学してくる学生のレベルが上がっていることを示しています。

 そして、1月になると、2年間の学習の成否が問われる文部科学省試験が実施されます。科目としては、日本語が「文法・読解」「文字・語彙」「聴解」の3科目、教科が「数学」「物理」「化学」「英語」の4科目です。この試験に合格した者のみが日本へ留学できます。残念なことですが、毎年数名の不合格者が出ます。その学生たちは国内の大学に行くことになります。

8.学生たちは、どんな学生?

試験前のお祈りの写真
試験前のお祈り

 マレーシアには、マレー人優先政策(ブミプトラ・ポリシー)というものがあります。これは、前からマレーシアに住んでいた人たちをあとから移入してきた民族より、優遇するという、マハティール首相主導による政策です。この政策に基づき、国内の大学の入学比率も、マレー系マレーシア人が55%、中国系マレーシア人が30%、インド系マレーシア人が15%と指定されています。

 AAJに入学してくる学生は、マレー系マレーシア人に限られています。これは、マレー人優先政策に基づくものです。

 しかし、最近はこの政策の是非をめぐって議論が活発になってきています。

 学生のほとんどは、イスムラ教徒です。イスラム教徒にとっては金曜日は特別な日で、モスクへお祈りに行きます。そのため、AAJの時間割では、金曜日の午後は少なくとも3時まで授業を入れることはできません。女性教師は、その習慣に敬意を表して、金曜日には、マレーの民族衣装であるバジュクロンを着て教えます。

 学生たちは、教室に入ると、自然に男女が別れて座ります。イスラム教では男女関係がたいへん厳しく、同じ部屋に男女が二人でいてはいけないことになっていますし、イスラムの教えに反する行為があると宗教警察に拘束されることもあるそうです。とはいっても、若い世代では、それほど堅苦しい様子は見せません。

 女子学生は、きちんとトゥドンと呼ばれるスカーフのようなもので髪を隠し、日本の着物に相当するバジュクロンを着て授業を受けます。男子学生はもう少し自由で、襟のついたシャツを着ていればよいことになっています。

 AAJの学生は、先生方の意見を総合すると、素直で記憶力がよく、宿題を出せば必ずやってくるので、教えやすいというのが普通です。しかしその反面、宿題を出さないと何を勉強していいかわからない、自分で考えることができない、教えてもらうのは待っているだけだ、といった意見も聞かれます。一言でいってしまうと、覚えることが勉強だと思っている風に見えます。そのおかげでしょうか、非漢字系であるにもかかわらず、2年生になると、「葬る」「退く」「隔たり」「被る」や「万国共通」「感触」「黙認」「利己的」などの読み書きができるようになります。

 教科の教員の意見では、公式は覚えるが、どうしてそのような公式になるかには興味を示さないということです。しかし、外国での1年間の教育だけで、日本語の教科の授業をそれなりに理解できるのだから、すごいものだと印象を語る人もいます。

9.AAJにも文化摩擦があるの?

 もちろんあります。日本人教員間にさえあります。まず大きな問題は、雇用条件の違いです。国際交流基金から派遣される教員もいますし、現地で採用された常勤日本人教員もいます。また非常勤教員もいます。そして、日本で日本語教師になるために留学して帰ってきたマレー人の常勤教員もいます。

 そして、異文化接触としての問題も当然あります。のんびりとしたマレーシア側の対応の遅さに日本人側はいらだちます。マレーシア側は専横な日本側のやり方にとまどいを見せます。言い換えれば、日本側は、メイドインジャパンの時計で物事を進めようとしますが、マレーシア側は自分たちの持っている時計にしたがって、行動をするわけです。

 これは、日本人側がどこまで日本的なやり方で事を押し進めていいかという問題なのです。マレーシア側は、AAJは自分たちのプログラムなのに、日本側はマレーシア側の主体性を認めていないと感じているようなのです。こうした行き違いは、一見和やかに行われているように見える両者の運営のうらに潜んでおり、結構深い溝として存在しているように見えます。しかし、AAJ内ではその溝を埋めるための不断の努力が続けられています。最近は、両者がお互いに理解を示し合い、妥協し合うようになり、協調関係がかもし出されてきています。

10.学生たちは日本留学後に何をするの?

 AAJの卒業生は、いままで1900名を越えています。既に日本での留学を終えて、帰国した学生も多いのですが、彼らが何をしているか、しっかりとその行き先をおさえている機関がありません。マレーシア政府も統計を持っていないようです。それもいかにもマレーシアらしいという人もいます。

 一般に伝えられているところによると、その多くは、日系企業に就職していると言われています。皮肉な見方かもしれませんが、マレーシア政府は、膨大な費用を払って、若者を日本へ送り、日系企業のための予備教育をやっているようなものだという人もいます。

 もう第1期生は、40歳台になりますが、まだマレーシアの国の中でその中核を占めるところまで入っていないようです。ですから、「勤労倫理、技術、経営哲学を自国に導入して、工業の近代化と発展を促そうとする」東方政策の目的が十分に達成されているのかどうか、その評価が難しいところです。最近、マハティール首相は、中国系マレーシア人は、立派なビルの中で商売をしているのに、レンガ造りの店で商売をしているマレー人はどれぐらいいるのかといって、嘆いたと新聞で報道されていました。

 AAJとしては、今後もその教育内容の改善を続けていく必要があるでしょうが、このマラヤ大学予備教育部日本留学特別コースの成否を占うには、留学後の学生たちの動向に注目していく必要もあるだろうと思います。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 1981年にマレーシアのマハティール首相が就任し、東方(日本、韓国)からその勤勉さと集団努力を学ぶべきとし、東方政策を提唱。これに基づき、日本の大学及び高等専門学校への留学、産業技術研修のための渡日前日本語教育が始まった。マラヤ大学予備教育課程部に日本留学特別コースが1982年に設置され、学生は2年間の予備教育終了後、文部科学省試験を受け、日本の大学に留学している。現在は、基金が日本語教師12名、文部科学省が教科教師16名を派遣しているほか、基金の海外日本語講座助成で2名の日本語教師を雇用している。専門家・青年教師は、1年生、2年生の日本語授業担当、教材作成、カリキュラム作成等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Science, University of Malaya
ハ.所在地 Universiti Malaya, Lembah Pantai, 50603, Kuala Lumpur, Malaysia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:5名 青年教師:7名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
予備教育部日本留学特別コース
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1982年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1982年
(ロ)コース種別
1年次コース、2年次コース
(ハ)現地教授スタッフ
常勤7名(うち邦人2名、1名留学中)
非常勤5名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年次:160名 2年次:160名
(2) 学習の主な動機 日本で工学・医学等の勉強をするため
(3) 卒業後の主な進路 日系企業に就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
5~6割が日本語能力試験2級に合格
(5) 日本への留学人数 160名

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