世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) マレーシアにおける日本語教育の現地化を目指して

国際交流基金クアラルンプール日本文化センター
土井眞美(主任)、花井慎行、松原理香

日本文化センター日本語事業部の仕事とは?

 「日本語事業部はどんな仕事をしているの?」と聞かれると、一言で答えるのは難しいです。それは、研修会やセミナーの実施、各種講座(教師養成講座、学習者向け日本語講座、教師向け日本語通信講座)の運営、弁論大会の開催、ニュースレターの発行、教育省支援等々、業務が多岐にわたっているからです。これらの業務を大きく分類すると、「日本語教師支援」と「日本語学習者支援」とに分けられます。2004年度から体制が変わったことで、我々専門家の中心的業務は教師支援に絞られました。本稿では、教師支援事業、特に日本語教育の現地化を目指した事業についてご紹介します。

日本語教育の現地化に向けての取り組み

2003年度日本語教育セミナー分科会の写真
2003年度日本語教育セミナー分科会

 1995年にクアラルンプール日本文化センター(以下「センター」)に日本語センター(旧称)が開設されて以来、日本語教育に携わる先生方の期待に応えるべく、様々な事業が行われてきました。これらの事業を通じて、センターの存在は関係者間に浸透し、現地の先生方との交流も生まれてきました。このように事業基盤が確立し、個々の教師の顔が見えてきたことから、センターでは、マレーシアにおける日本語教育の現地化に本格的に取り組みはじめました。今年度は、現地化を念頭に、センターとして次の3つの重点項目を設定しました。

  1. (1)現地教師ネットワークの中心となりうる中核的教師を育成する
  2. (2)アドバイザリー機能を強化する
  3. (3)地方との連携を強化し、情報収集能力を向上する

 以下、現地化を目指した事業の中心となっている(1)(2)につき、現在、どのような事業が行われているか、簡単にご説明します。

(1)現地教師ネットワークの中心となりうる教師を育成する*1

 現在、「上級日本語通信講座」と「発表機会の提供」という2つの事業が実施されています。「上級日本語通信講座」は、将来、教師ネットワークの中心的存在となることが期待される先生方を対象に、「日本語教育指導者養成プログラム博士前期課程(以下、「指導者養成プログラム」)」*2や「上級日本語教師研修」*3に参加するのに十分な日本語力と研究能力の養成を目指すコースです。今年度新たに、「論文読解に慣れる」、「研究テーマを明確にする」、という目的で通信講座に先駆け2回の講読会を実施することにしました。受講者には、自らの研究を進めるだけでなく、その研究成果をマレーシアの日本語教育の発展に役立てることが望まれています。「発表機会の提供」は、「指導者養成プログラム」の修了者や上記通信講座の受講者を中心に、日本語セミナー*4等を利用して研究や教育実践の成果を発表する機会を提供しようというものです。これには、中核的教師としての役割を実感してもらいたいという願いもあります。また、「上級日本語通信講座」の受講者が発表する場合には、担当講師が準備を協力することになっており、受講者にとっては、口頭発表の実践的な繒Kの機会となっています。

  1. *1この項目に含まれる事業は「日本語教育プラットフォーム」という枠で括られる
  2. *2国際交流基金日本語国際センター、国立国語研究所、政策研究大学院大学によるODA対象国の現職日本語教師や日本語教授経験者を対象とする修士プログラム。日本国内にて実施
  3. *3基金日本語国際センター研修修了者を対象に2004年度から始められた教師研修事業。日本語国際センターにて実施
  4. *4マレーシアの全日本語教師を対象にクアラルンプール日本文化センターが年に一度開催している大規模なセミナー

(2)アドバイザリー機能を強化する

 今年度から、日本語教育機関における特定のプロジェクトを対象として「プロジェクト対応型コンサルティング」を始めました。この事業の特徴は、担当講師が継続的にプロジェクトに関わりながら、各段階に応じて必要な助言を提供するという点にあります。コンサルティングの対象となるプロジェクトについては、その成果が、モデルケースのような形で他の日本語教育機関にも紹介され、マレーシアの日本語教育全体に還元されることが前提となっています。また、そのような形で情報が共有されることで、現地関係機関同士の情報交換が促進されることも期待されています。今年度は、「マレーシア科学大学ペナン校における教科書作成」と「教育省の中等教育向けシラバスの作成」という2つのプロジェクトが対象となっています。

 その他、今回ご紹介することができなかった事業も含め、事業を企画する際には、現地の先生方の発表、意見交換、グループ作業といった活動をなるべく多く取り入れる、ネットワーク促進を図る、ということに留意しています。また、各事業を通じて生まれてきた個々のネットワークを現地化という糸でうまく結び付けていくこともセンターの重要な仕事だと思います。

現地化への道は・・・

2004年度上級日本語通信講座 第1回講読会「研究に関する体験談を聞く」セッションの写真
2004年度上級日本語通信講座 第1回講読会「研究に関する体験談を聞く」セッション

 現地化のあり方や現地化に向けての支援の方法は、国や地域ごとに大きく異なります。既に土壌が整っていて、現地の要望に応える形で現地化を促進することが可能な地域もあれば、現地化に対する意識を育てるところから始めなければならない地域、現地化を考えるには時期尚早だと思われる地域もあるでしょう。
 当センターでは、中核的教師の育成(上記「(1)」)を中心に、昨年度から本格的に現地化に向けての取り組みを始めました。1年間の事業を通じ、劇的な成果とはいえませんが、少しずつ現地化の実現につながる動きが見られています。まず、「指導者養成プログラム」を修了された先生方に活躍の場を提供したことで、先生方の存在や研究成果がこちらの日本語教師の間でもかなり広く知られるようになってきました。また、「上級日本語通信講座」の受講者の先生方には、マレーシアの日本語教育において中核的な役割を果たすことが期待されていることに対する自覚や発表に対する意欲、といったものが感じられるようになってきました。特に、実際にセミナー等で発表を経験された先生方に関しては、その準備を通じて、着実に実力を伸ばしていただいていると思います。全体的な雰囲気を見ても、現地の先生が発表するという形式に対する抵抗感が少なくなってきたように感じられます。今年度は、現場のニーズに応え、現地の先生方自身の企画による教師主導の勉強会の実施も検討していますが、これが実現されれば、現地化に向けて更に一歩前進できるのではないかと期待しています。
 マレーシアにおける日本語教育の現地化の芽は少しずつ育ってきていると思います。しかし、こうした動きは、まだ限られたもので、現状では、現地化ということを意識していない先生方のほうが多いでしょう。そのため、現地化の担い手を育てる過程でサポートが一時的に特定の個人や機関に集中することに対し、サポートが減ったと感じる先生方もいるかもしれません。しかし、これは、近い将来、派遣専門家に頼ることなく、現場のニーズにマレーシアの先生方ご自身が対応できるようになるための必要なプロセスだということを理解してもらう必要があります。そのためにも、セミナー等の場で、現地の先生方の発表という形で他の先生方にインプットを与える機会を増やすこと、そして、その発表の質を高め、現地化の効果を実感してもらうこと等が重要だと考えます。
 言うまでもなく、「現地化」は簡単に実現できる課題ではありません。それは、現地化が我々専門家だけで一方的に推進できる性質のものではないからです。現地化の主役はあくまでも現地の先生方なのです。支援する側には、現地の状況を見極めながら、根気強く業務に取り組む姿勢が求められます。専門家の派遣任期である2、3年の間に大きな変化が望めるとも限りません。だからこそ、日本語事業部として長期的な展望を持って事業に臨むことが何よりも大切だと考えます。
 現地化への道のりは厳しいかもしれませんが、マレーシアの先生方と力を合わせ、今の過渡期ともいえる苦しい時期を乗り越え、前進していきたいと考えています。

(文責:松原理香)

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
マレーシアの各機関と連携し、日本語・日本語教育に関する幅広い業務を行う。特に、今後のマレーシアでの日本語教育での中核となる人材を育成することが大きな課題である。クアラルンプールでの日本語教育セミナーや教師養成講座とともに、地方在住の教師のために、通信講座や、専門家が出向して研修や情報提供を行う「日本語教育キャラバン」を実施する。また、教育省と協力し、レジデンシャルスクール(中高一貫教育校)の日本語教育にも、様々な支援を行っている。その他、中上級者向けの日本語一般講座運営、スピーチコンテスト実施、ニューズレター「ブンガラヤ」発行などの業務もある。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Foundation Kuala Lumpur Japanese Language Centre
ハ.所在地 Suite 30.01, Level 30, Menara Citibank, 165, Jalan Ampang, 50450 Kuala Lumpur, Malaysia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:3名

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