世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) マラヤ大学予備教育部 日本留学特別コース(AAJ)(2004)

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
日本語科学科長 立花秀正

 「先生、こんばんは。お久しぶりです。お元気ですか。」「先生、こんばんは。」「先生、今、会社でマレーシア人の技術者に日本語を教えています。」懐かしい顔が並んでいます。
 彼ら12期生が日本の大学に入学したのは1995年4月ですから、8年ぶりの再会です。今日は彼らがAAJ(マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース)に入学してから10年目の同期会です。結婚して二人で参加している者、子供を連れて来ている者、みんなが立派になっているのに驚かされるとともに「彼らを教えてよかったなあ!」という気持ちが湧き上がってきました。そして、彼らがAAJに入学した10年前のことが思い出されてきました。

授業の様子の写真
授業の様子

 当コースはマハティール首相の「ルックイースト政策」(「職業倫理と技術、そして文化」 を日本を手本として学ぶ)に基づき、1982年に始まりました。高校を卒業する時にマレーシア全土で実施されるSPMという試験で優秀な成績を収めた者が入学してきます。政府のマレー人優遇政策のため、学生は全員マレー系で中国系、インド系等々はいません。学生はAAJで2年間の予備教育を受けてから「文部科学省試験」に合格した者が「マレーシア政府派遣国費留学生」として日本の国立大学に入学します。卒業後はマレーシアに帰国し、日系企業や政府で活躍しています。
 私たち派遣専門家の仕事は、日本語を全く知らない学生たちに2年間で日本の大学の講義について行けるだけの日本語の実力をつけることです。1学年180名で、現在2学年360名の学生が学んでいます。全寮制で全員大学内に住んでいます。1年目は日本語の授業の他にマレー語で物理、数学、化学、英語の授業を受けます。2年生になると物理、数学、化学も日本の文部科学省から派遣された日本の高校の教員が日本語で教えます。つまり、
 2年生の授業は英語以外の科目は全て日本語で行われていることになります。
 授業は朝8時から夕方5時までで、日本語は週に1年生20時間、2年生12時間です。
 日本語の時間数は2年間で約1,000時間です。学生達は朝から夜遅くまでよく勉強しています。先日、夜10時頃、帰ろうとして駐車場へ行きました。そこで、教室の電気がつけっぱなしになっているのに気がつき、消そうとして入ったら、男の学生が一人で聴解のテープを聴いていました。彼曰く「寮の部屋はうるさくて勉強ができません。」寮は4人部屋で、その上、狭いので環境がいいとは言えません。このような学生を見ると「もっと応援してやりたい」という気になります。
 全員が彼のような学生なら、教師は楽なのですが、そうはいきません。当コースは22年目を迎え、これまでに2,245名が日本に留学していますが、問題点も徐々に浮き彫りになってきました。AAJに在籍しているだけで日本へ行けると誤解している学生もいるようです。彼らにやる気を起こさせるのは大変です。このあたりに長年にわたるマレー人優遇政策のマイナス面が現れてきているような気がします。
 また、学生の定員が増えたにもかかわらず、それに見合うだけのマレーシア人教員が配置されていません。1年生では平均して1クラス23名、2年生では1クラス34名という語学教育には適正でないクラスもあります。その上、4月の入学時に180名の新入生がいっぺんに揃うということがありません。そのため新学期が始まってから毎日五月雨式に入ってくる学生のために補講の特別クラスを設けなければならず、教師不足と相まって教師の大きな負担になっています。なんとか改善するようにマレーシア側に要望していますが、十年以上たってもいっこうに良くなりません。

みんなで綱引きの写真
みんなで綱引き

 次に問題なのは4年間で卒業できない学生が増えてきたことです。マレー人は恥ずかしがりやなのか日本へ行ってもマレー人同士で集まってしまい、なかなか外国人の友達ができないとAAJの卒業生に聞いたことがあります。優秀な成績で大学を卒業した学生達は皆「授業で分からないところは日本人の友達に教えてもらいました。」と言っているので、毎年、日本へ行く前に「早く、日本人の友達を作ってくださいね。」とアドバイスをしています。
 しかし、なんと言っても当コースの一番の問題点は、国内の予備教育と比較して、アンバランスな教科と日本語の時間数配分です。これは現地ではとても解決できない大きな問題です。私たち日本語教師は日本語の時間数が少しでも増えることを願っています。
 このように、色々な問題を抱えたAAJですが、私たちは与えられた条件の中で最善を尽くしています。大学の授業についていける日本語力が身につくように、毎年カリキュラムを検討して、より良い結果が出るように改善をして授業を行っており、今後もこれを実践していく方針です。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
1981年にマハティール首相が就任し、東方(日本、韓国)からその勤勉さと集団努力を学ぶべきとし、東方政策を提唱。これに基づき、日本の大学及び高等専門学校への留学、産業技術研修のための渡日前日本語教育が始まった。マラヤ大学予備教育部に日本留学特別コースが1982年に設置され、学生は2年間の予備教育終了後、文部科学省試験を受け、日本の大学に留学している。基金が日本語教師13名、文部科学省が教科教師19名を派遣しているほか、基金の海外日本語講座助成で2名の日本語教師を雇用している。専門家は、1年生、2年生の日本語授業担当、教材作成、カリキュラム作成等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Science, University of Malaya
ハ.所在地 Universiti Malaya, Lembah Pantai, 50603, Kuala Lumpur, Malaysia
ニ.国際交流基金派遣者数 13名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1982年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1982年
(ロ)コース種別
日本留学予備教育課程
(ハ)現地教授スタッフ
常勤7名(うち邦人2名)、非常勤4名(うち邦人3名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生180名、2年生180名
(2) 学習の主な動機 日本の大学で工学、医学を学ぶため
(3) 卒業後の主な進路 日系企業に就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級程度
(5) 日本への留学人数 2245名

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