世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) AAJ(Ambang Asuhan Jepun)紹介

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
杉山純子 矢野優子 遠藤和歌子
戸田淑子 富岡純 藤原由紀子 吉川達 三宅直子
谷井明美 金澤菜穂 小林峰子 星野智子

(1)AAJAmbang Asuhan Jepun)概要

杉山純子

マラヤ大学キャンパス

 マラヤ大学は1年中ハイビスカスやデイゴやプルメリアの花が咲く美しい南国の大学です。檸檬色の鳥がきれいな声で歌を歌い、かわいい栗鼠が駆け回り、猿の一群が悠々とキャンパス内を散歩しています。色とりどりのバジュクロンに身を包んだ女子学生たちが南国情緒に一層の華やかさを添えています。

AAJの概要

 東方政策(Look East Policy)の一環として、日本へ多数の留学生を送り出すため1982年、マラヤ大学にAAJ(日本留学特別コース)が開設されました。AAJは2年間の予備教育コースです。今年は第26期生132名が日本の国立大学に留学しました。2009年5月現在、1年生130名(第28期生)、2年生116名(第27期生)がAAJで勉学に励んでいます。AAJでは日本語、専門科目(数学・物理・化学)、英語の授業が行われていますが、このコースを支えるために文部科学省から日本人教師団団長1名と教科教師19名(高校教師)、国際交流基金から日本語教育専門家(以下、派遣専門家という)12名が派遣されています。派遣専門家は10名のマレーシア人教師、3名の現地採用日本人教師と協力し合って日本語コースを運営しています。

 日本留学の合否判定のために、2006年まで実施されていた文部科学省試験(到達度を測る試験)が廃止され、2007年からAAJの学生たちは日本留学試験(総合力を測る試験)を受験することになりました。それに伴い、AAJでは日本語の授業時間数が大幅に増え、1年生には年間1057コマ、2年生には年間492コマの日本語授業時間が設定されています。というわけで、AAJでは平日だけでなく土曜日にも日本語のクラスがあり、学生も教師も大変忙しい毎日を送っています。

派遣専門家に求められること

 忙しい日々の中で派遣専門家は現地教師とともに様々な業務をこなしています。授業を行うだけではなく、たとえば、カリキュラム作成、教材作成、クラス運営、授業準備、現地新任教師への指導、事務的な業務など、仕事は多岐に渡っています。AAJ ではチームワークがとても大切です。他の日本語教師、教科教師、AAJオフィス・スタッフなどとの連携が欠かせないので、専門家には日本語教育能力だけでなく協調性が求められます。さらに、突然の授業の変更、想定外の出来事、諸手続きの遅延などに臨機応変に対応できる柔軟性も必要です。もちろん、ハードスケジュールをこなせるだけの体力と気力は必須条件です。

AAJの学生たち

 1日8~9時間の授業、山のような宿題やテストをこなし、行事の準備などにも精を出し、しばしば寝不足に陥りながらも、学生たちは明るく元気に頑張っています。AAJの学生達の実際の様子について、矢野専門家と遠藤専門家に具体的に報告していただきます。

(2)AAJ1年生

矢野優子

「あ」から始まる日本語授業

 学生の大多数は、AAJで初めて「日本語」に触れます。

 学生は、日本語にはひらがな・カタカナ・漢字という3つの文字があり、まずはひらがなから勉強するという説明を受け、「あ・い・う・え・お…」の書き方、発音を勉強します。

 みんな、緊張しながら「あ・い・う・え・お」と練習しています。この時期、うっかり「あ」の上に「`」をつけたりする間違いも見られます。

 そんな学生達。1年後にはどんなことを勉強しているのでしょうか?

1年後の日本語授業

 彼らはその年のうちにロボットの足を交互(こうご)に出して歩かせることに成功したが、それは人間の歩き方にはほど遠いものだった。そこで研究者達は歩く人間の仕組(しく)みを理解するために、動物園で動物の動きを観察(かんさつ)したり、自分の足に測定器具を取り付け、データを集めたりした(小柳 2002;ルビはAAJでふったもの)。」

 これは、2008年度の1年生最後の読解授業で扱った教材の一部分です。ルビをふったのは「交互」「仕組み」「観察」の3つのみ。学生は授業前に予習としてこの文章を読んで、問題に答えて来ます。授業は予習前提で行われるので、「すみません。ついうっかり予習を忘れてしまいました。」などと言う学生がいたら、教員側も困ってしま…いえいえ、ここはAAJ。よほどの体調不良でもない限りそのような学生はいません。 100%の学生が予習をしてくるというのは教員の私から見ても、立派だと思います。なぜなら学生には日本語の他にも、数学、物理、化学などの多くの宿題と予復習が課されているからです。

 4月に「あ」を勉強したばかりの学生が、1年後にはこのような文章を読んで、だいたいの内容を理解するまでになります。教師の助けが必要ではありますが、このような文章を読んで「楽しむ」ということもできるようになります。

 AAJの学生は非漢字圏学習者であり、しかも日本語が溢れる日本ではなく、授業以外で日本語に触れる機会がほとんどない海外で学習しています。このようなバックグラウンドで、1年間でここまでのレベルに到達するのは並大抵の努力ではできないことではないでしょうか。

モチベーションを保つには

 学生の中には日本への興味が高い人も多く、そのような学生の日本留学に向ける熱意にはすばらしいものがあります。

 しかし、熱意があるとは言っても、学生もやはり人間です。高いモチベーションを保ち続けることが難しいときもあります。「疲れた。もう勉強したくない。」「自分は本当に日本へ行きたいのだろうか。」といった悩み・疑問を持つこともあるようです。そんなときに、彼らのモチベーションを支えてくれるのは、各行事で出会う外部の日本人達だそうです。

 2008年度は1年間で、「クアラ・ルンプール在住日本人との交流会」、「書道」、「日本の高校生との交流会」の3回、教員以外の外部の日本人と接する機会がありました。

 クアラ・ルンプール在住日本人との交流会では、多くのお客様に来ていただき、グループに分かれて話をしたり、マレーシアの伝統文化を紹介したりしました。お客様は簡単な言葉で話してくださるものの、教員と違い、外国人には難解な表現の使用を避けることはされません。初めて「生の日本語」に触れる学生は、一生懸命耳を傾けていました。中には、ご自分の結婚式の写真を持って来て説明してくださった方もいらっしゃり、白無垢の美しさが気に入って「私も将来、結婚式のときに着物を着たいです。」という学生もいました。

 書道では、外部から来ていただいた日本人講師に筆の持ち方から教えてもらい、その後好きな文字を書いたのですが、非常に味のあるすばらしい文字を書くと講師の先生が驚いていらっしゃいました。確かに「笑」という文字を書いたら、本当に笑っているような文字なんです。他にも、自分を表す(?)「美人」、避けたい「追試」、また好きな先生の名前を書く学生もいたりするなど、ユニークな作品がたくさん見られました。

作品を持って写真撮影の写真
作品を持って写真撮影

 日本の高校生との交流会では、高校生と事前に手紙や写真のやり取りも行い、一緒にゲームをしたり、日本語やマレー語の歌を歌ったりもしました。

 いずれも、終わった後の学生の感想では「緊張したけど、とても楽しかった。」「もっと交流する時間がほしい。」という声を聞いています。興奮気味に、新しくできた日本人の友達のことを話してくれる学生の笑顔はすばらしいです。「先生以外の人とも、もっと日本語で話したりメールしたりできるようになりたい。」そんな気持ちがモチベーションを維持する秘訣になっているようです。

 このように、学生は多くの人達に支えられてAAJでの厳しい勉強を乗り切っています。

1年生から2年生へ

 2年生になったら、もっと厳しい勉強が待っている…先輩から聞いて、どの学生も知っている事実です。「絶対日本へ行きたい。」という決意を持って、学生は1年生から2年生に進級する試験を受けます。

 1年前に「あ」を一生懸命書いていた顔と、1年後の顔は同じではありません。不安や緊張の中にも、厳しい1年間を乗り切った自信がうかがえます。

 そんな学生達の成功を祈りながら、1年生の教員は2年生の教員へと学生を託します。

【引用】小柳 昇(2002) 『ニューアプローチ中上級日本語[完成編]』pp.16 語文研究社

(3)AAJ2年生

遠藤和歌子

 新年度が、3月末に始まりました。
 AAJ2年生の現在の様子と、昨年のAAJ修了試験後の様子の一部をご紹介します。

今年の2年生

 今年度が始まったばかりの1ヶ月ほど前と比べると、学生たちの顔はすっかり変わったような気がします。4月の末に、新入生「後輩」が入学し、名実ともに「先輩」となり、顔つきもひきしまってきました。

金曜日(バジュマラユ、バジュクロン姿)の学生たちの写真
金曜日(バジュマラユ、バジュクロン姿)の学生たち

 AAJの学生たちは、素直で、人当たりの優しい学生たちです。休み時間や登下校の際、廊下ですれ違うと、「先生、おはようございます。」「先生、こんにちは。」「先生、さようなら。」と笑顔であいさつをしてくれます。

 また、規則もよく守ります。授業開始の数分前にはそろっていて、先生が教室に入ってくるのを待っています。特に今年の2年生は、時間をとてもよく守ります。

 マラヤ大学予備教育学部の規則で、女子学生は毎日「バジュクロン」と呼ばれる民族衣装を着ています。男子学生は、普段はシャツにネクタイですが、イスラム教徒の学生たちは金曜日は「バジュマラユ」という服を着ます。金曜日はイスラム教のお祈りの日です。私たちも金曜日にはバジュクロンやバジュカバヤと呼ばれる民族衣装を着ることが多いです。

2年生の授業 ~日本留学試験(以下;EJU)、AAJ修了試験へ向けて~

 学生たちは、8:00から17:00(補習があれば18:00)まで、日本語、数学、化学、物理を勉強しています。2年生になると、教科(数学、化学、物理)の授業時間が増え、日本語の授業は1年生の時よりも少なくなります。日本語のクラスは能力別のクラスです。今年度は読解や聴解、文法など、日本語のそれぞれの技能でも能力別クラスでの授業を行い、クラスごとに、学生たちにあわせた指導で、個々の力を伸ばせるよう取り組んでいます。

 2年生になると、日本留学をかけたEJUAAJ修了試験へ向けての受験勉強という色合いが強くなります。今は、2年生がスタートしたばかりで、まだ1年生の雰囲気が抜けていない部分もありますが、学生たちも、私たちも、これからEJUAAJ修了試験に向けて、集中していく日々が始まります。

AAJ修了試験後 ~日本留学を目前にして~

 12月末のAAJ修了試験が終わると、2年生の授業内容は大きく変わります。

 AAJ修了試験が終わり、2月中旬の修了式(卒業式)までの1ヶ月半あまりは、AAJ修了試験前の受験勉強!!試験対策!!とは異なり、日本留学を目前とした学生たちの日本語運用力を高めるようなカリキュラムを考えました。

 その中の一つ、「プロジェクトワーク」(PW)について紹介します。

 学生たちは、3人~5人のグループになり、グループごとに研究テーマを決めます。グループで選んだテーマについて調べ、発表準備をし、クラス発表の後、代表を決めます。どのグループもPW発表大会で発表することを目指して、取り組みました。

 発表の前に、同級生や日本人の先生たちにアンケートをとったり、インタビューをしたりして、自分たちでも発表の資料を集めました。大学近くのショッピングセンターや大学の寮でアンケートを行ったグループもあります。

 PW 発表大会に出場したグループの発表は「アニメ・ガンプラと日本語との関係」「秘密のお菓子ちゃん」「ホームレス」など、時事的なものから学生たちの趣味まで、さまざまでした。発表会では、コンピューターを使用して、わかりやすく、元気に、時に笑いを誘い、堂々と発表をしてくれました。

 昨年度が初めての取り組みということもあり、発表までの指導期間や、内容をどのようにより深めていくことができるかなど、いくつかの課題が残りましたが、普段の授業では見られなかった学生たちの一面を見ることができました。

 3月下旬、日本へ出発する学生たちを空港で見送りました。2年間のAAJでの生活に耐え、日本留学の切符を手にした学生たち。マレーシアの国費留学生である誇りと自覚を持ち、日本で有意義な学生生活を送ってほしいと願っています。

 今年も、ひとりでも多くの学生の日本留学という希望が叶うよう、他の先生方と協力し、精一杯、学生たちを応援していきたいと思います。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
1981年にマハティール首相が就任し、東方(日本、韓国)からその勤勉さと集団努力を学ぶべきとし、東方政策を提唱。これに基づき、日本の大学及び高等専門学校への留学、産業技術研修のための渡日前日本語教育が始まった。マラヤ大学予備教育部に日本留学特別コースが1982年に設置され、学生は2年間の予備教育終了後、日本の大学に留学している。現在、基金が日本語教育専門家12名、文部科学省が教科教師20名を派遣しているほか、同大で10名のマレーシア人日本語教師と3名の日本人教師を現地雇用している。専門家は日本語授業担当、教材作成、カリキュラム作成、新人教師研修等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Science, University of Malaya
ハ.所在地 AAJ, PAS, UNIVERSITI MALAYA, 50603, KUALA LUMPUR, MALAYSIA
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:12名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1982年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1982年
(ロ)コース種別
日本留学予備教育課程
(ハ)現地教授スタッフ
常勤13名(うち邦人3名)、非常勤3名(うち邦人1名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生129名、2年生116名(2009年5月31日現在)
(2) 学習の主な動機 日本の大学で工学・薬学・歯学を学ぶため
(3) 卒業後の主な進路 主に日系企業に就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験1~2級程度
(5) 日本への留学人数 2987名(累積)

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