世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本とマレーシアの友好の象徴としての留学プログラム

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
平賀 達哉・河西 隆宏・依田 麻穂

東方政策: 今日まで、そして明日から

平賀 達哉

 私たちが教えている日本留学特別コース(Ambang Asuhan Jepun、以下AAJ)は、熱帯雨林気候特有の植物が覆い茂る国立マラヤ大学の中にあります。キャンパスを歩いてみると、色々な鳥のさえずりが聞こえ、色とりどりの花が咲き誇るのを見ることができます。時にリスやオオトカゲ、またサルのファミリーを目にすることもあるでしょう。

30年間学生たちを見守ってきたAAJの建物群の写真
30年間学生たちを見守ってきたAAJの建物群

 この美しいキャンパスの一角に日本政府が無償援助で建てたAAJの建物群があります。これらは今から約30年前に建てられたにもかかわらず、今でもしっかりと建ち続け、建物の回りに立っている立派な木と共に、この30年間、日本に留学して行ったマレーシア人学生の勉強ぶりをたゆまず見守ってきたのです。

 このAAJのプログラムは30年ほど前にスタートしました。1981年、新しく首相に就任したマハティール元首相は、就任したその年に東方政策(Look East Policy)を打ち出しました。この政策の眼目は、国造りのロールモデルとして、戦後急速に高度な技術を背景に短期間で経済発展をとげた日本に注目し、その成功の鍵である日本のテクノロジーとその背景にある日本独特の労働倫理や勤労意欲を学ぶということにありました。そして、時をおかず、その翌年(1982年)には、この政策の一環として日本の大学や高専に国費留学生を送るための留学プログラムがスタートしたのです。

 それから30年という長い歳月が流れ、昨年(2012年)東方政策は30周年を迎えました。それを祝う記念行事も各地で盛大に行われました。そのうちのひとつの式典会場で、ナジブ現首相は、これまで30年にわたるこの政策の成果を高く評価した上で、今後もこの政策を継続していくことを内外に約束しました。

 ただ、政策の内容については、「これまで30年のこの政策が今日のマレーシアの発展の内容を物語っているなら、これからの政策の内容は、次の世代の我が国の発展モデルのあり方に関わっている」とし、特に「グリーン・テクノロジー」などの新しい専攻分野を挙げ、東方政策も新しい時代の潮流に合わせて、目標を調整していく必要があると語りました。

 この留学プログラムが始まった頃には、マレーシア国内の大学がまだ少なく、留学という手段で将来の国造りを荷う若者を育てていましたが、現在はマレーシアにも高等教育機関が大きく増え、さらにマレーシア日本国際工科院(MJIIT)という、マレーシア国内で日本の工学を学べる教育機関もできました。また近年の日本の経済力の衰えや自然災害への憂えから日本留学を控えようとする向きもあり、このプログラムに魅力を感じ、入学してくる学生の数はここ数年100名に満たない状況が続いています。

 これからは、日本サイドもこの留学プログラムをもっと魅力的なものにするために、マレーシア側と共に知恵をしぼり、さらなる発展を目指していかなければいけない時代に入ったと言えるでしょう。

毎日明るく、元気に授業を受ける学生たちの写真
毎日明るく、元気に授業を受ける学生たち

 AAJの学生は毎朝8時から夕方6時まで、一生懸命日本語や数学、物理、化学などの科目に取り組んでいます。寮に引き上げてからも、たくさんの宿題をこなし、予習・復習をきちんと行い、テストの準備も怠りません。このような学生の健気にがんばる姿を日々目の当たりにしていると、本当に頭が下がる思いがします。そしてこの学生のために、我々教員もさらに努力を重ねなければならないという決意を新たにしています。

東方政策の一環として2011年9月に開校した、大学・大学院レベルで日本型の工学系教育を行う学術機関。キャンパスは、マレーシア工科大学(UTM)内にある。

AAJ 1年生 学内コンテストで見られる学生の意外な一面

河西 隆宏

 毎日忙しいAAJの学生ですが、普段の授業とは別に、AAJでは様々なイベントがあります。その中で今日は2つの「コンテスト」についてご紹介します。

スピーチコンテスト

スピーチコンテストで級友を応援する学生たちの写真
スピーチコンテストで級友を応援する学生たち

 1年生では毎年2月に学内スピーチコンテストを行います。前の年の春に入学し、日本語の勉強を始めて1年も経っていませんが、この時期になると実に色々なことが言えるようになります。

 2012年入学の31期生の学内スピーチコンテストは、まずクラス内予選をして各クラスから2名の代表を決めて行われました。クラス内予選をするということは、優秀な学生や活発な学生だけでなく、クラスの全員がスピーチをすることになりますが、これがとてもおもしろいのです。普段は大人しい学生がユニークなテーマで話したり、スピーチ内容よりもパフォーマンスを重視している学生のおかげで、クラスが盛り上がります。また、普段の授業ではわからない学生の一面を知ることができ、教師にとっては大きな発見になります。学生にとってもスピーチコンテスト本選には出場できなくても、1年生の最後に大勢の学友や教師の前で日本語のスピーチをするという経験は大きな達成感につながるようです。

漢字大王コンテスト

 1年生では1年間に1000字近くの漢字を学習します。毎日たくさんの漢字を詰め込まれ、その確認のためのクイズやテストに追われている学生ですが、漢字大王コンテストは楽しみながらゲーム感覚で漢字とふれ合うイベントです。

 コンテストでは、3,4人のチームに分かれ、チーム内で知恵を出しあってクイズ形式の問題を解いていきます。チーム分けは普段あまり話さない学生を混ぜたり、男女を混ぜてみたりなど担任の教師が工夫します。大人しいと思っていた学生がリーダーシップをとっていたり、硬派だと思っていた男子学生が女子学生と楽しそうに記念写真を撮っていたり、学生の意外な顔を見ることができます。2012年度は1年生の最後の授業日に行いました。期末試験が終わり、プレッシャーやストレスから解放された晴れやかな顔で取り組む学生の顔がとても印象的でした。

 現在AAJで教えている現地マレーシア人の教員は最低でも3年以上の経験があります。国際交流基金派遣の日本語専門家は任期が終わると入れ替わりますが、AAJで長く腰を据えて教えていくのは彼らです。日々の業務やこういったイベントなどでは、責任感を持って自分たちで進めていってくれる本当に頼もしい存在です。彼らの存在がAAJの発展に欠かせないことは言うまでもありません。

AAJ 2年生 日本留学に向けた最後のしめくくり ~ プロジェクトワーク

依田 麻穂

 AAJの後半戦、2年生になると、11月の日本留学試験、12月のAAJ修了試験が終わるまでは、まさに「受験勉強」と言える試験勉強漬けの日々が続きますが、修了試験が終わり、年末の休みが明けると授業内容は大きく変わります。日本留学を目前に控えた最後の数ヶ月は、学生が自ら考え、発信する力をつけるために、生教材を読む・自分で調べる・考えを述べる等の活動を多く取り入れたカリキュラムが組まれています。その中の一つがプロジェクトワークです。これは、毎年この時期に行われている取り組みで、興味を同じくする数人でグループになり、選んだトピックについて自分たちで調べ、読み、まとめて、発表するというものです。

 2012年度は新たに「日本のベンチャービジネス・技術とマレーシアのさらなる発展」をテーマに設定しました。具体的にはまず、興味を持った日本のベンチャー企業とその技術について調べた上で、その理論や技術を応用してマレーシアのさらなる発展に貢献できないだろうか、どのような分野で貢献できるだろうかということを考え、それらをまとめて発表しました。今回、このように工学系のテーマを設定した背景には、AAJの学生が日本の国立大学の工学部への進学を目指していること、そして卒業後はマレーシアの発展に寄与できるような人材になることが求められているということがあります。

大教室での発表会の様子の写真
大教室での発表会の様子

 グループごとに選んだトピックは、「防犯カメラのシステム」「難病治療」「藻から作る再生可能燃料」など多岐にわたり、それぞれのグループが慣れない日本語での情報収集や発表準備に四苦八苦しながらも、懸命に取り組んでいました。約1か月にわたる準備期間を通し、各学生が自分の得意分野を生かし、助け合っている様子は日ごろの日本語授業では見ることができない彼らの姿であり、頼もしく感じられました。クラス代表が出場した大発表会では、どのグループも堂々とわかりやすい発表ができ、学生同士の活発な質疑応答も行われて、審査員をお願いした先生方からも高い評価を得ました。

 このプロジェクトワーク発表会の終了後しばらくして、98名の学生が卒業を迎え、日本の各地へ飛び立って行きました。彼らの日本での活躍を心から期待するとともに、今年度もAAJの学生が自信を持って堂々と日本に出発できるよう、サポートしていきたいと思っています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Gateway to Japan, Center for Foundation Studies in Science, University of Malaya
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
1981年にマハティール首相の提唱した東方政策に基づき、その翌年から日本の大学及び高等専門学校への留学、産業技術研修のための渡日前日本語教育が始まった。その一環として、マラヤ大学予備教育部にも日本留学特別コースが設置され、学生は2年間の予備教育課程を修めた後、日本の大学に留学する。現在、基金が日本語専門家12名、文部科学省が教科教師16名を派遣している。また、マラヤ大学で13名のマレーシア人日本語教師と1名の日本人専任教師を現地雇用している。専門家は日本語授業担当、教材作成、カリキュラム作成、新人教師研修等を行っている。
所在地 AAJ, PAS, UNIVERSITI MALAYA, 50603, KUALA LUMPUR, MALAYSIA
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:3名、専門家:9名
日本語講座の所属学部、
学科名称
マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1982年
国際交流基金からの派遣開始年 1982年
コース種別
日本留学予備教育課程
現地教授スタッフ
常勤13名、日本人契約教員1名
学生の履修状況
履修者の内訳   1年生 76名、2年生 81名
学習の主な動機 日本の大学で工学・薬学・歯学を学ぶため
卒業後の主な進路 主に日系企業就職
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N1~N2程度
日本への留学人数 毎年履修者のほぼ全員

ページトップへ戻る