世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)マレーシアの国造りに貢献する人材育成を続けて32年

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
平賀 達哉・小川 佳子・大嶺 恵美

厳しいカリキュラムの中で健気にがんばる学生たち

平賀 達哉

授業の合間にもテスト勉強をする学生の画像
授業の合間にもテスト勉強をする学生

ガイドブックなどによると、マレーシアには雨季と乾季の区別があるようですが、実際に住んでみると、いつが雨季でいつが乾季なのか分からないほど、年間を通じて適度の雨が降ります。そのため、周りの東南アジアの国のように乾季の4月、5月は雨が降らず暑くてたまらないといったこともなく、とても過ごしやすい国です。治安状況も比較的良く、また医療のレベルも高いことから、安心して暮らせる国だとも言われています。さらに英語がある程度通じる点も生活を楽にしてくれる要因になっています。

こんな住みやすい国の首都クアラルンプールに我らがマラヤ大学(UM)の予備教育部(PASUM)があり、そこに日本留学特別プログラム(RPKJ、通称AAJ)が付設されています。AAJはこれまで過去32年間に約3500名のマレーシアの若者を日本の大学に送り出してきました。1984年に初めて日本に留学した学生の数はわずか39名でしたが、その数はその後年々増加し、ピークの2004年には172名の学生が日本に留学しました。

しかし、2010年には初めて入学者数が100人を切り、その後も減少傾向が続き、昨年度(2013年度)の入学者は76名にとどまりました。これについては、いろいろな原因が考えられます。例えばマレーシア国内の大学の数が増え、そちらに進学する学生が増えていること、また日本の経済などの状況から他のコースを選ぶ学生が増えているといったことなどです。このような傾向に歯止めをかけるべく、今年初めには、首都圏にある寄宿制中等学校(residential school)の学生を集め、「One Step to Japanプログラム」というAAJを紹介するプログラムが実施されました。近い将来こういった地道な活動が学生数の増加につながってくれることを願っています。

学生たちは金曜日以外の平日、朝8時から午後6時まで毎日9コマ勉強します。その中には体育、音楽、美術といった実技のコマはありません。放課後のクラブ活動もありません。授業のあとは、各科目の教員から出される宿題をこなし、毎日のようにあるテストやクイズに備え、さらに復習や予習も怠りません。かつては授業は午後5時まででしたが、2007年に日本留学試験(以下、EJU)が導入されてからは、さらに毎日1コマずつ増えました。広範囲にわたるEJUの試験シラバスをカバーするには、それまでの学習時間数では足りないと判断されたからです。

このように学生たちは勉強に追われる毎日を送っています。一日平均で約5時間半しか睡眠時間が取れないほどです。しかし、勉強ばかりの毎日であれば、いずれ学生はやる気をなくしてしまいます。それでAAJのカリキュラムには様々な恒例行事が組み込まれています。書道教室や俳句教室、スポーツ大会やスピーチ大会、日系企業訪問や日本人家庭訪問、またビジターセッションや日本からの高校生との交流会などです。こういったイベントを通して、学生たちは勉強以外の幅広い経験を積むとともに、日本語でのコミュニケーションの力を磨くのです。

明るく元気に授業を受ける学生の画像
明るく元気に授業を受ける学生

学生たちは入学時からずっと日本留学の夢を抱きつつ、全力を尽くして日々の勉強に取り組んでいます。宿題、クイズ、テスト、予習・復習にどれだけ時間がかかっても、文句の一言も言わず、我々教師の指導に素直についてきてくれます。このように真摯にがんばる学生たちのために我々教師も身を引き締め、楽しくよく分かる授業を心がけつつ、日々の授業に勤しんでいます。

実践的な日本語運用力をつけるために ービジターセッションー

小川 佳子

日本人ビジターとの会話を楽しむ学生の画像
日本人ビジターとの会話を楽しむ学生

AAJの学生たちは2年間の予備教育を経て、日本へ留学します。しかし、海外での日本語学習とあって日本語を使用する機会は少なく、2年もの長期間、日本語学習に対する高いモチベーションを維持し続けるのは大変です。そこでAAJでは日々の学習以外に、日本からの高校生との交流会、在クアラルンプール日本人学校訪問や日本人家庭への訪問、スピーチコンテストなどの様々なイベントを行い、コミュニカティブな日本語使用の機会や普段の学習を振り返る機会を設けて、日本語学習へのモチベーションを高める工夫をしています。

そのようなイベントの一つに、クアラルンプールに在住している日本人と交流するビジターセッションがあります。AAJの1年生は約4か月で初級レベルの日本語学習を終了します。その後、中級レベルに入ってからは数学・化学・物理といった教科授業も日本語で行われます。このイベントはちょうど初級レベルが終了するころに実施されます。そのため、学生にとっては今まで学習してきたことを日本語教師以外の日本人を相手に試してみる機会となるとともに、中級学習へ向けてのいい刺激となっています。

この行事ではお客様を迎えに行くのも、司会をするのも、すべて学生主導で進めます。セッションではただ会話をするだけでなく、ゲームをしたり、ダンスを披露したり、学生たちが持ち寄ったアイデアを盛り込んで、グループごとに全体のセッションを構成します。会話セッションでは、特に自然な流れで会話をするということに重きを置いています。学生は事前に「日本人に紹介したいもの」と題して各自作文を書きますが、本番では、発表するようにそれをただ読み上げるというのではなく、それを元にして、授業で練習してきた「初対面の会話」に応用して会話を組み立てていくのです。

このような活動を通して、学生は学習した日本語を使って日本人とのコミュニケーションを体験するだけでなく、自分がうまくできない学習ポイントを確認したり、また今後の学習における課題を得たりします。それとともに、日本留学後の自分の姿を想い描き、学業へのモチベーションを高めます。私たち教員は、学生たちがこのモチベーションを持ち続けられるように、可能な範囲でカリキュラムに工夫を凝らしつつ、今後の学生の成長を温かく見守っていこうと思います。

AAJのことを知ってもらうために ーOne Step to Japanプログラムー

大嶺 恵美

開会式に出席した生徒たち(PASUM講堂で)
開会式に出席した生徒たち(PASUM講堂で)

AAJにおいて日本留学特別プログラムが始まって30年以上が過ぎました。しかし、長い歳月を経るにしたがい、近年では新入生の数が年々減少するという問題を抱えています。この日本留学プログラムは諸事情からマレーシア国内でも大々的には広報されておらず、認知度が低いのが現状です。これまでは日本語の授業を行っている中等教育機関を年に数校訪問して、AAJのプログラムを紹介するという活動を行ってきましたが、今年度は新たにAAJに中等教育機関から日本語を学んでいる生徒を招待し、直接、教員や先輩とふれ合い、日本留学準備の具体的なイメージをつかんでもらおうとイベントを企画しました。それがこの「One Step to Japanプログラム」です。

2014年1月12日、クアラルンプールとセランゴール州及びその周辺地域で日本語を学んでいる高校生、約400名がマラヤ大学に集まりました。講堂が色とりどりの制服で埋め尽くされる光景は圧巻でした。中にはAAJ在校生の母校もあり、在校生が母校の後輩たちと照れながらも楽しそうに話す姿も見られました。

One Step to Japanプログラムは大きく2部構成になっていました。前半、参加した高校生はAAJの教員からAAJのカリキュラムや日本語を学ぶ意義について話を聞いた後、後半はグループに分かれて日本文化ワークショップを体験しました。ワークショップには「書道」「折り紙」「日本の遊び」「理科の実験」があり、参加者は順次4つの会場を回りました。各会場はどこも熱気にあふれ、楽しそうに活動に取り組んでいました。 高校生たちは日本語を学習しているといっても、日本人の話す日本語が理解できるほどではありませんし、私たち教員もマレー語でコミュニケーションできません。ここで大活躍したのがボランティアでお手伝いしてくれたAAJの学生たちです。高校生たちの誘導はもちろん、各ブース担当の学生たちが日本人教師と高校生の橋渡しとなり、通訳、説明、教師のアシスタント、実技披露などをしてくれました。活躍するAAJの学生たちの姿は、高校生たちの目にさぞキラキラ輝いて映ったことでしょう。こういった先輩たちの姿を見て、「いつか自分もAAJに入って先輩のようになりたい!」と思ってくれればいいのですが。

AAJの学生たちの活躍のおかげで、第1回One Step to Japanプログラムは大成功を収めました。一日がかりの大きなイベントでしたが、これからも学習者同士がふれ合えるこのような機会を持ち、AAJのプログラムのことや、そこで勉強している学生のことを知ってもらえたらと思っています。

[お問い合わせ]

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
文化事業部 欧州・中東・アフリカチーム 担当:中島、永田
電話:03-5369-6063
Eメールアドレス:Q_europe_mideast_africa@jpf.go.jp
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