世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース

マラヤ大学予備教育部日本留学特別コース
伊達久美子〈学科長〉・佐藤京子〈1年担当〉・篠原典子〈2年担当〉

AAJで学ぶ学生であることを誇りに・・・・・

伊達久美子〈学科長〉

マレーシアの首都クアラルンプールは、近代的なビルが立ち並ぶ大都市で、現在も至るところで高層ビルが建設中です。しかし、ビルの合間には「となりのトトロ」に出てくるような大木が生い茂り、暑い日差しの下、街を行き交う人々に涼しげな木陰を作ってくれます。クアラルンプールは、正に南国の大自然の中に生まれた大都市と言えるでしょう。

日本留学特別プログラム(RPKJ/通称AAJ)は、そのクアラルンプールにあるマラヤ大学(UM)の予備教育部(PASUM)に付設されたコースです。

AAJ正面入り口の画像
AAJ正面入り口

1982年に設立したAAJは、今年で36年目を迎えます。当コースは、1982年に取られた東方政策のもと、ブミプトラ(マレー系マレーシア人の学生)を対象に選抜された学生が、マレー人と日本人の教員による日本語及び教科(数学・物理・化学)の学習項目を修了後、所定の試験に合格すれば日本の国立大学の工学部1年次に入学できるコースです。マレーシア経済の煽りを受け、昨年は60名と入学者数が減りましたが、今年度は80名近い入学者数が予想されています。今年度の日本語科教員は、国際交流基金派遣の日本語専門家が8名(上級専門家2名・専門家5名・指導助手1名)、マレーシア人現地教員が11名です。

1年生の場合、入学後の1週間のオリエンテーションの後、2週間の日本語集中授業が実施されます。この授業では、1週目にひらがなとカタカナを、2週目からは日本語の初級文型と漢字が導入され、朝9時から夕方5時まで日本語の授業のみが行われます。2週間日本語をシャワーのように浴びる授業を受けながら、新入生はAAJの勉強法並びに生活全般に慣れて行きます。2週間が過ぎると、いよいよ平常授業(セメスター1)が始まります。セメスター1は、日本語だけでなくマレー人教員による教科〈数学・物理・化学〉の授業も始まるため、学生は土曜日と日曜日以外、大学では朝8時から夕方の6時まで勉強し、寮に帰ればそれぞれの科目で出される宿題とクイズの準備で追われ、毎日3~4時間の睡眠時間となります。後れを取らないよう、必死に勉強している学生の姿には脱帽する程です。セメスター2からは、教科も日本語で受けるようになるため、更に大変になります。

一方2年生は、6月に実施される第1回EJU試験を受けなければならないため、進級すると間もなく、試験対策のための勉強が始まります。2年生はこの試験のほか、11月に実施される第2回EJU試験の結果と12月の修了試験の結果如何によって、日本留学が出来るかどうかが決まるだけに、日々の勉強に気が抜けません。1日9時間近い授業を受け、山のような宿題とほぼ毎日行なわれるクイズや小テストの準備等で、睡眠時間はさらに短縮され、精神的なプレッシャーとの闘いが強いられる毎日です。

このように勉強一色といってもよいほどのAAJですが、そんな学生達が少しでも気分転換ができるよう、カリキュラムの中に様々な活動も取り入れられています。スポーツ大会や日本語スピーチコンテスト、日本の高校生との交流会や先輩の話を聞く会、1年生対象の日系企業訪問や漢字大王コンテスト、2年生対象の日本人家庭訪問など、興味深い行事が多々あります。その中でも今年度の特記すべき行事は、4月14日に皇太子殿下がマラヤ大学へお越しになったことが挙げられます。

皇太子殿下をお迎えしての画像
皇太子殿下をお迎えして

「日本とマレーシアの友好関係は、東方政策の原点となったAAJの存在なくして語れない」という皇太子殿下のお言葉に、多くの学生が感動し、改めてAAJで学んでいる学生であることへの誇りを持ったようでした。また、AAJの生徒会長のハフィズさんが、皇太子殿下に直接お声をかけていただいたことは、大変名誉なことでした。ハフィズさん自身はもとより、AAJにとっても素晴らしい思い出となりました。

「あいうえお」から始めて、2年弱で日本の国立大学に進学することは、AAJの学生にとって、まさに「試練」の一言に尽きるでしょう。そんな学生達が、モチベーションを落とすことなく日本留学への門にたどり着けるよう、日本人教員とマレーシア人教員がスクラムを組んで、叱咤激励をしながら日々真摯に学生と向き合っています。

先輩たちへ感謝を込めて~第34期生祝賀会~

佐藤京子〈1年担当〉

AAJの学生達は、入学してからすぐ、毎日朝8時から夕方6時まで勉強する生活を送ります。初めて学ぶ日本語に加え、日本留学試験に合格するための、日本語での教科の勉強も必要です。教師から見ても非常に多忙な2年間を過ごしています。そして努力の末、合格を手にした学生たちだけが日本へ留学できます。

そんな卒業生たちの努力を称えるため、毎年2月に祝賀会が行われます。この祝賀会はAAJでともに過ごした先輩たちへの感謝を込めて、1年生が運営委員として企画します。もちろん、学生だけでは運営できない面はマレー人教師がサポートしますが、当日の運営はすべて1年生が中心になって行います。5月に日本語ゼロの状態で入学してきた1年生が、日本語での祝賀会を運営している姿を見ると、目頭が熱くなります。そして、このような機会を通して、徐々に日本でも必要とされる主体性が身についていくように思えます。

祝賀会のプログラムは学生たちが考えますから、毎年プログラムが変わります。今年のプログラムは演出や飾り付けが例年より凝っているそうで、相当な準備時間がかかったと思われます。自分たちの勉強の合間に準備したこと、前日には全員で夜遅くまで準備したこと、先輩に喜んでもらいたいことなどを1年生の口から聞くと、マレーシアの「他者を思いやる」気持ちが強い文化に気が付かされます。

マレーシアの伝統楽器を演奏する1年生達の画像
マレーシアの伝統楽器を演奏する1年生達

特に素晴らしかったのは、マレーシアの伝統楽器を使った演奏です。学生の1人が他の学生に演奏の仕方を教え、みんなで練習したそうです。日本人教師団もこの生演奏に感激しました。このような自主的な取り組みも、私たち教師が学生たちに実践してほしいと考えていることです。

2年生(34期生)学生会長のマハディーさんの画像
2年生(34期生)学生会長のマハディーさん

この祝賀会を企画したAAJ35期生は、2018年3月に日本へ留学予定です。送る側から、送られる側へ。学生たちの日々のがんばりが実を結ぶことを心から願っています。


日本の高校生との交流を通じて…

篠原典子〈2年担当〉

AAJの2年生の授業は、全部日本語で行われます。ある1週間の2年生の授業シラバスをのぞいてみると…。「無限等比級数」「共有結晶」「媒介変数表示」…日本語の教師である私達にとっては、馴染みのない言葉がたくさん並んでいます。「授業見学ウィーク」には、数学、化学、物理、日本語それぞれの教員がお互いの授業を見学し、その内容の難しさにお互いびっくりして教室から戻って来ます。学生の大変さといったら、想像に難くないでしょう。このような教育機関は世界でもここAAJだけだと思います。

そんな勉強漬けの2年生、同時に日本語漬けでもあるのですが、残念ながら同世代の人たちと日本語で話す機会がなかなかありません。しかし、2016年度は学校行事として日本の高校生と交流するチャンスが2度ありました。

1回目は6月、岡山県立岡山城東高校との交流会です。この時期は1回目の日本留学試験(以下、EJU)の前ということで、純粋に交流だけを行う時間は取れず、高校生の皆さんにAAJの作文の授業に参加していただく形を取りました。EJUには、与えられた課題について自分の意見を述べるという記述の問題があります。客観的に意見を述べるためには、あるテーマについて様々な側面から考える必要があるので、この時期作文の授業ではブレインストーミングとして、テーマを決めてグループで話し合いを行っています。今回は、その話し合いに日本の高校生にも参加していただきました。テーマは、「世の中に競争は必要か」「好きなことを仕事にするべきか」等、なるべく「正しい答え」のないもの、人によって考え方の違うものを選びました。学生たちは「国や文化が違っても同じ考えを持つこともあるし、反対に同じ国の人でも違う意見の人もいる。」という、ごくごく当たり前のことを体感し、お互いに親近感を持ってくれたようです。日本語という言葉を自分の考えを表現するために、お互いに分かり合うために使う、これもごく当たり前のことなのですが、授業の中ではどうしても日本語を「聞く」ことが多くなりがちなAAJの学生にとって、普段はなかなかできない体験でした。初めは、恐る恐るという感じだった学生たちですが、最後にはいつもよりも少し興奮気味に、熱心に自分の考えを述べているように見受けられました。実りの多い、楽しい時間を過ごすことができました。

2回目は、日本留学を目の前にした2月、福岡県立武蔵台高校との交流会です。留学が目の前に迫っていることもあり、学生が聞きたいこと、話したいことを自由に話せるように、小グループでの自由な交流の時間を中心にしました。「あなたならどんな外国人と仲良くなりたいですか。」「日本人と仲良くしたいとき、外国人はどうすればいいでしょうか。」「こんなに日本語が下手な僕ですが、日本人は友だちになりたいと思ってくれるでしょうか。」学生たちの質問を後ろからこっそり聞いていて、日本人の友達を作りたい!というその素直な気持ち、切実な思いに、何だか切なくなりました。こんなに勉強して、こんなに日本語漬けの毎日を送っていても、やっぱり留学は不安なものなのだとつくづく感じ、どうやったらその不安を解消できるだけの日本語力をつけてあげられるのだろうかと考えさせられました。コミュニケーションのための日本語会話やその礎となる日本の文化に対する知識などもできるだけたくさん身につけてほしい。しかし、一方でEJUで高得点をとることは日本留学のための要件となっていて、そのための時間を減らすこともできません。限られた短い時間の中で、少しでも多くのことを教えたい、より効率的に教え、学んでもらうためにどうすればいいのか。これがAAJに派遣される日本語専門家に与えられた課題です。学生たちが将来歩むだろう日本留学の道に思いを馳せつつ、目の前にいる学生たちに今何が必要なのか、そのために自分は何ができるのか、この問いと真摯に向き合う日々が続いています。

ビジターセッションの様子の画像
ビジターセッションの様子

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