世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 新センター、新しい講座、そして新たな学習者を

国際交流基金マニラ日本文化センター
雄谷 進・青沼 国夫・大舩 ちさと・松井 孝浩・鈴木 恵理

 2012年3月、国際交流基金マニラ日本文化センター(以下、当センター)は移転し、念願の教室が設置されました。派遣専門家や指導助手も増員され、この新たなセンターで、新たなコースを立ち上げ、新たな学習者とともに、新たな道を歩んでいきます。今回は、当センターで始まりつつある新たな試みのほか、昨年から続くホットな話題をお届けしたいと思います。

『まるごと 日本のことばと文化』入門会話コースがスタート 

『まるごと』ペアで口頭練習の写真
『まるごと』ペアで口頭練習

 当センターでは、この4月からJFスタンダードに基づいた『まるごと 日本のことばと文化A1』コースをスタートしました。テキストはオールカラーで、「勉強したい、日本についてもっと知りたい」と思えるものです。当センターで入門の講座を開講するのは初めてです。参加者は学生、社会人、主婦、定年になった方などで、年齢も10代から60代までと、実にバラエテイにとんだ構成となりました。

 主な受講理由は、「日本語と日本の文化に興味がある」「日本語をやってみたいが、文字学習はしたくない」「簡単な日本語がわかるようになりたい」などでした。

 コースが始まり、クラスでは笑いが絶えず、学習者が実に楽しそうに日本語を学んでいます。新しい外国語を習得したいと、皆がわくわくしながら勉強している教室の風景はいいものです。楽しそうに学んでいるのは、テキストがオールカラーであること、ローマ字で学習負担が少ないこともあると思います。「日本語は学びたいが、テキストが字ばかり、絵が少ない、日本語の文字はやりたくない」と思っていた人がかなりいたのですが、コース前半を終えたところでは、逆に多くの人が「文字を学びたい」と言っています。さらに「会社でつい“はい”と、返事をする自分にびっくりしている」「文字を学びたいと思っていたが、文字を学ばなくても日本語が話せるようになることがわかった」と、うれしいコメントがでています。

 この『まるごと 日本のことばと文化』コースを今後もっと多くのフィリピンの方に参加してもらえるよう、わかりやすい、楽しい授業をこれからも展開したいと思います。

初の訪日研修!

東京フィールドワークに出発する写真
東京フィールドワークに出発!ドキドキする!

 当センターでは2010年から、フィリピンの高校生向け教材『enTree‐Halina! Be a NIHONGOJIN!!-』(以下、『enTree』)を用いて、現職の高校教師を日本語教師に養成する研修を実施してきました。そして今年は、3年目の研修として、10日間の訪日研修をはじめて実施しました。

 『enTree』は日本語を学ぶだけでなく、さまざまな事象を観察・分析することを通して、学習者が視野を広げ、自らの人生を切り開く力を身につけることを目指した教材です。そこで訪日研修のプログラムも、参加者自身が多くのことを体験し、観察し、読み解く機会を提供できるようにデザインしました。例えば、京都と東京で行ったフィールドワークは、グループごとに一日の行動計画を事前に作り、当日は各グループ一人のボランティアの方と共に計画に沿って行動するという内容でした。作成した計画は事前にそれぞれのボランティアの方にメールで送り、メールやスカイプでアドバイスをもらって、計画を練り直す作業を行いました。作業を進める中で、日本ではインターネットで交通経路や料金、時間が調べられることを知ったり、移動にかかる時間を調べることで距離感をつかんだりすることができました。フィールドワーク終了後は宿泊している基金のセンターまで自力で帰るというタスクがあり、多くの参加者が道に迷いましたが、迷うことで道行く人に道をたずねたり、標識や地図に注目したりと、多くの経験と気づきが得られる結果となりました。

 参加者の気づきや感想は当センター発行のニューズレター『みりえんだ』Vol.18に掲載されていますので、ぜひご覧ください。

セブ地域おける日本語教育の新たな広がり

 フィリピン第2の都市であるセブでは昨年度より専門家が新たに配属され、この地での日本語教育発展のお手伝いをすることになりました。こちらもまた、マニラと同様に、新たな試みや活発な活動が展開されています。

 このような動きとしてまず挙げられるのは、2011年度よりセブ州の高校で日本語教育が開始されたことでしょう。現在、セブ市内と大手日系企業があるセブ島西部の高校で日本語教育が実施されています。その他にも日本語教育導入を希望している高校が複数あり、今後、日本語教育実施校の数は増加していくことが予想されます。

 次に挙げられるのは現地の日本語教師が2007年に立ち上げたビサヤ地域日本語教師会(ANT-V)の活動です。この会のメンバーからは昨年度2名の教師が日本語国際センター(埼玉県さいたま市)の海外日本語教師研修(長期)に参加することができました。現在、研修から戻った教師を中心に勉強会などが開催され、ティーチングスキルの向上に励んでいます。

 さらに、セブ市内では大学などの高等教育機関における日本語講座に加えて、日系IT企業を中心に企業内研修として日本語教育が行われており、日本語を使って仕事ができる人材の育成が進められています。

看護介護現場で、新たな日比の架け橋となれ

二国の交通事情を比べて発表するグループの画像
二国の交通事情を比べて発表するグループ

 当センターは、2012年1月から3ヶ月間、マニラ近郊の研修施設で、日比EPA(経済連携協定)に基づいた日本語研修を実施しました。この研修では、フィリピン人看護師候補者28名と介護福祉士候補者71名が「総合日本語」「漢字」「看護介護の専門語彙」「日本看護介護事情」「日本事情」などを学びました。

 新たに加わった「日本語運用」という科目では、11のグループに分かれ、ファッション、食文化、社会マナー、祭り、結婚、交通などテーマを決め、フィリピンと日本を比較して、ポスターにまとめました。自分のグループのテーマを発表しただけでなく、他のグループの発表も注意深く聞いて、活発に意見を交換していました。研修終了後、候補者たちは訪日し、引き続き6ヶ月間、日本国内で日本語を学びます。その後、病院や介護施設での仕事・研修を行います。日本での生活の中で、日本を学び、フィリピンを紹介することが求められる候補者にとって、自分たちでテーマを決め、調べ、発表したという経験は、日本での生活や業務の場で役に立つでしょう。

 最終的には、日本の国家試験合格を目指していきます。はばたけ!フィリピン人候補者たち。

注1:http://www.jfmo.org.ph/newsletter

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
The Japan Foundation, Manila
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
フィリピンでは日本語教育分野の人材育成が求められている。日本語教育専門家は、マニラ日本文化センター付アドバイザーとして、事務所主催の教師研修や日本語教師フォーラム(年2回)、一般向けの日本語学習講座、全国スピーチコンテストなどの企画・開催、現地団体の主催する日本語関係のプログラムへの協力などを行っている。また、本年度の最重要課題である中等教育における日本語教育導入・展開プロジェクトの下、現役高校教師対象教師養成講座や教材作成、巡回指導などを行っているほか、EPAに基づくフィリピン人看護師・介護福祉士候補者日本語予備教育事業にも取り組んでいる。ニューズレター『みりえんだ』発行。
所在地 The Japan Foundation, Manila
23rd Floor, Pacific Star Bldg, Sen.Gil J.Puyat Ave. cor Makati Ave.
Makati City, 1226 Philippines
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家3名、専門家2名、指導助手2名(うち専門家1名はセブ島に派遣)
国際交流基金からの派遣開始年 2000年
What We Do事業内容を知る