世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) チェンマイ大学での一年、一問一答

チェンマイ大学
三登由利子

Q: チェンマイ大学(CMU)では、専門家はどんな仕事をしているんですか。
A: 授業は、1年生の初級総合、2年生の聴解、3年生の読解・作文を担当していて、週に8~10時間です。ほかに、2級受験対策特別講座を開いたり、企業実習に行く学生のための事前研修を企画・実施したりしました。スピーチや卒業論文の個人指導も受け持ちます。1週間に教室で顔を合わせる学生は100人。大学にいる時間は授業と学生への対応でフル稼働。100人分のテストの採点、宿題のチェック、教材やテストの作成などは「お持ち帰り」という毎日です。
授業以外では、初級総合クラスのカリキュラムの見直しや、それに伴う教材の選定、分析とカスタマイズの作業を行いました。
CMUでは、日本語の主専攻課程、副専攻課程が開講されており、それ以外に選択科目として日本語をとることもできます。それらすべてを含むカリキュラム全体の見直し作業も現在進めているところです。
 
Q: 「教材の分析」とか「カスタマイズ」というのはどういう意味ですか。
A:

スタッフ全員で協力して作った新しい教科書の写真
スタッフ全員で協力して作った新しい教科書。2003年6月から使います

たとえば、これまで使っていた教材では、第3課で、1)「トイレはどこですか」、2)「エレベーターはどちらですか」、3)「お国はどちらですか」が導入されるのですが、2)の「どちら」は「どこ」と「どっち」の両方と言い換えが可能ですね。でも、3)の「どちら」は、「どっち」との言い換えができません。同じ「どちら」でもこの二つは性格の違うものだということがわかります。日本で勉強している人なら、日常生活で3)の質問をされることもよくあるでしょうが、タイではどうでしょうか。まして、日本語を勉強し始めて2週目の段階で、上の1) 2) 3)の違いや用法を理解しておくことがどうしても必要とは思えません。
教材の分析とかカスタマイズという言葉は、このように、学習環境、到達目標、学習段階などの点から指導項目を見直し、取捨選択、指導時期の変更、補助教材の作成などを行うという意味で使いました。
初級総合の授業は5クラス125名が受講しており、それをタイ人4人、日本人3人のチームで教えます。タイ人教員との共同作業の中で、上のようなことを一つ一つ指摘し、私の見方を伝えることを通して、彼らが「教科書に出ているから教える」ことに疑問を持ち、自分たちで教材を分析し最適化する必要性に気づいてくれれば、と思っています。

 
Q: そういうことが専門家の役割として期待されているんですね。
A: う~ん。期待はされていないかも。
タイ人教員に「私に期待することは?」と聞いたら、「毎日の授業。ネイティブとして発音などを学生に個人指導すること。カリキュラム改定のアドバイス」という答えが返ってきました。とすると、上のような日々の努力は単なる「おせっかい」に過ぎません。
 では、基金が専門家に期待する「自立化のための支援」という面から考えるとどうか?これも難しいところです。というのも、何をもって自立化とするかの基準がないからです。
もし、「何か教科書があればそこにある項目をその順番に教えることができる」状態を自立化した状態と呼ぶのであれば、CMUのタイ人教員はすでに完全に自立化していて、私の役割は終わっています。自立化どころか、CMUのタイ人教員が作ったタイ語による文法説明は、近辺の日本語教師の羨望の的になっており、彼らの能力の高さを示しています。
 でも、それでも、私は同じ立場の同僚として協働する中で、彼らが気づいていない隠れたニーズが意識化されるように働きかけることが私の役割だと考えて仕事をしています。
 
Q: 「期待されている役割」であるカリキュラムの見直し作業の内容は?
A: 現在、タイでは高校で日本語を学ぶ学生が増えています。それに伴い、CMUでも既習者の受け入れ態勢を整えることになりました。カリキュラム改定の柱はいくつかありますが、その点が最も大きいでしょう。教員の増員も、負担の増加もせずに既習者向けの授業を開講するために、タイ人教員と知恵を絞りました。大学内外の要請に応えられる素案ができ、満足しています。
 
Q: 大学外の仕事はありますか。
A:

大学外の仕事としては、「北部タイ日本語教師の会」の運営があります。

毎年1月にキャンパス内で行われる日本祭の写真
毎年1月にキャンパス内で行われる日本祭の様子です。日本語を勉強している高校生や、チェンマイ在住の日本人など多くの方にご参加いただきました。写真左はしに写っているのは、3年生が行った調査結果の展示です。

CMUのタイ人教員や他機関の先生方と協力して、北部タイで孤軍奮闘している日本語教師たちのニーズを調べ、それに答えられるようなプログラムを組み立てて、年に5回の例会を実施しています。例会案内の発送先は北部タイ12県の約60機関ですが、遠いところだと電車で7時間という広域なので、出席者のほとんどがチェンマイ近郊4県の先生たちです。毎回、タイ人・日本人合わせて30名ほどの方が発表したり、活動に参加したりしています。運営委員会を開いてテーマを決め、案内文を日本語とタイ語で作って郵送し、例会で発表したりコーディネーターを務めたりするのは楽ではありません。でも、片道3時間の道のりをバスで毎回通ってくれる先生の姿に励まされながら続けています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
チェンマイ大学は、北部タイ日本語教育において中心的な役割を担い、チェンマイラチャパット、ナレースワン大学、パヤップ大学などでチェンマイ大学日本語科出身者が日本語の指導にあたっている。また、人材提供だけではなく、周辺大学機関への情報の提供、教材の貸し出しを行なう。チェンマイ大学タイ人スタッフは、種々のセミナーで、講師、アドバイザー、通訳などを務め、他機関のタイ人教師にとって指導的な存在である。専門家は日本語講座での日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言を行う。また、北部タイ日本語教師の会の運営に協力し、日本語教師間のネットワークの構築に寄与している。
ロ.派遣先機関名称 チェンマイ大学
Chiangmai University
ハ.所在地 239 Huay Kaew Rd., Tambon Suthep, Amphur Muang, Chiangmai 50200
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文学部東洋言語系タイ語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   選択:'77年
副専攻:'79年
主専攻:'87年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1978年
(ロ)コース種別
主専攻、副専攻、選択
(ハ)現地教授スタッフ
常勤9名(うち邦人3名。うち2名留学中)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   主専攻:各学年25、副専攻及び選択1年:100、2年:25
(2) 学習の主な動機 日本、特にサブカルチャーへの興味・憧れ、留学・就職などの実利への期待
(3) 卒業後の主な進路 日系企業・タイ系航空会社への就職、留学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
2級程度
(5) 日本への留学人数 5名(予定)

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