世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 「あきこ」の成長と、周辺諸国へ広がるネットワーク ―バンコク日本文化センターの教師支援

「あきこ」の成長と、周辺諸国へ広がるネットワーク ―バンコク日本文化センターの教師支援

国際交流基金バンコク日本文化センター
八田直美

 国際交流基金バンコク日本文化センター(以下、JFBKK)がタイの日本語教育の発展のために教師を助け、励ます仕事を始めて今年で15年目を迎えます。ここでは現在JFBKKが進めている教師支援の中から2つの活動をご紹介します。

1.みんなで育てる「あきこ」

「あきこコース」で学ぶ高校教師たち(4月の集中研修で撮影)の写真
「あきこコース」で学ぶ高校教師たち
(4月の集中研修で撮影)

 「え、『あきこ』ってだれ?」と思った方は、『あきこと友だち』完成間近!もごらんください(2004年度版)。「あきこ」とは、約4年の制作期間を費やしてタイ教育省とJFBKKが開発した中等教育後期(日本の高校に当たる)向け日本語教科書『あきこと友だち』の主人公、タイで1年間の留学期間を過ごす高田あきこです。この教科書は昨年完成し、今では第2外国語として日本語を教える学校の8割近くで使われています。
 教材制作の仕事は、完成したらそれで終わりではありません。できるだけ多くの教師・学習者に知ってもらうこと、具体的な使い方を紹介すること、利用者の意見を聞いてもっと使いやすくなるような工夫することなど仕事がまだまだあります。そしてこれらの仕事は、JFBKKだけでなく今回執筆に関わったタイ人高校教師もその中心になって進めています。この「あきこ」をもっとみんなに愛される存在にするのは、作った教師であり、現場で使っている教師だと考えるからです。
 具体的にいくつかご紹介しましょう。JFBKK主催の2005年4月の日本語教育研修会では、「中級教授法コース」「日本語コース」に加え、「あきこコース」を設け、執筆委員だった高校教師が講師を務めました。自分たちが作った教科書の使い方を紹介しながら、実際に他の教師たちにどう使われているか直接聞く機会を得た講師たちは、早速「教師用指導書」改訂の必要性を感じたそうです。
 また、JFBKKが発行するニューズレター『タワン』に「あきこの広場」というコーナーを作りました。教師が授業のために作った副教材や高校生が授業で作った作品を投稿してもらって紹介しています。『あきこと友だち』には、「教師用指導書」のほかに「ワークブック」や「ひらがなカード」、「動詞カード」の付属教材もありますが、新たに「漢字練習帳」を作ってくれた教師もいます。日本のアニメやゲームが大好きなタイの高校生が描いたポスターやミニ・プロジェクトの作品は、「これ、本当に高校生が描いたの?」とびっくりするほどです。
 さらに今後は先ほど述べた「教師用指導書」改訂を含めて、発音アクセント記号のついた「単語集」、各課の「テスト問題集」など執筆者や利用者から「あきこ」を育てるいくつかのプロジェクト案が出ています。こうしたプロジェクトを主体となって実施したり、実施する人たちをサポートしていくのが、現在のJFBKKの大切な仕事の一つです。

2.タイから外へ広がるネットワーク

周辺国から研修に参加した教師たち(同上)の写真
周辺国から研修に参加した教師たち(同上)

 JFBKKの教師支援の新しい課題は、タイの周辺でJFの事務所やセンターがない国々、具体的にはベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスの4カ国の日本語教育の発展を積極的に支援することです。
 2005年4月に実施した5日間のタイ人教師を対象とした日本語教育研修会に今回初めてベトナム、カンボジア、ラオスの3カ国から日本語教師を招待しました。5人の参加者は、午前中は初級日本語の教授法、午後はタイの高校や大学の教師といっしょに日本語の授業を受けました。教授法では、各機関が抱える問題解決のための研究や情報収集の課題もあり、授業後、タイ人教師に日本語で熱心にインタビューする姿も見られました。最終日の成果発表会では、「タイで得た情報やネットワークを帰国後ぜひ活用したい」、「5日間の研修は短すぎる」、「またバンコクへ来て研修に参加したい」などの声も聞かれました。
 タイの大学の日本語主専攻課程は約20年の歴史がありますが、ラオスとカンボジアは今まさに日本語学科を作っているところです(この2つの国の大学にもJFの日本語教育専門家が派遣されています)。タイの中等教育の日本語教育は1990年代前半から盛んになりましたが、ベトナムでは去年中学校の日本語教育が1校で始まったところです。こうした国から来た教師にとっては、タイの日本語教育はまさに10年、20年分先を歩いているように見えたでしょう。タイの日本語教育が蓄積してきた知識や経験が周囲の国々の教師にとって役に立つのです。そして、このことはタイで教える教師にとって自分達の日本語教育を見直すよい機会にもなったようです。JFBKKはこれからもタイ国内外の日本語教育関係者に有意義なネットワーク作りを目指していきます。

タイの中上級日本語学習者のニーズに応えるために -バンコク日本文化センター一般講座-

バンコク日本文化センター
熊野七絵

一般講座教室風景の写真
一般講座教室風景

 JFBKKで行っている事業には教師支援の他に、もう一つの柱として学習者支援があります。JFBKKでは日本語学習者への直接支援として、民間日本語教育機関ではまだあまり開講されていない中上級レベルの学習者を対象とした一般講座を開講しています。一般講座では前期(5月~9月)、後期(11月~3月)に各期15週、16のコースが開講されています。

 では、まず一般講座でどのような学習者が参加しているのか2005年度前期を例にとってご紹介しましょう。一般講座のコースに参加している学習者は延べ人数で約300人です。コース前にプレースメントテストが行われ、合格した人だけが参加できます(合格率は57.5%)。中級と上級のクラスが開講されていて、それぞれ日本語能力試験の3~2級、2~1級ぐらいのレベルです。一般講座は平日夜と土曜日に開講されているので、仕事が終わってから受講する社会人が多いのが特徴です(社会人は78.1%、学生は21.5%)。参加者のうち日系企業に勤めている人は50%以上にのぼります。また、運用力を高めたい日本語教師も参加しています。ですから、受講理由は「現在仕事で必要だから」が一番多く、次に「日本語が好き」「日本語を忘れないため」となっています。

 次にコース内容です。一般講座では、総合、技能別(文法、聴解、読解、作文、会話)、目的別(ビジネス、翻訳、通訳、能験、ドラマ、日本事情)のさまざまなコースが開講されています。講師には日本人講師もタイ人講師もいます。参加者は自分の興味や目的に応じて好きなコースに参加することができます。今期登録時に一番人気があったのは、中級では通訳のコース、上級では能験1級(日本語能力試験1級受験対策)のコースでした。日系企業では秘書、工場通訳など通訳の能力が求められることが多いようです。また、能力試験2級、1級に合格すると給料が上がるという会社も多いそうです。それで、仕事に即役立つ実用的な科目の人気が高いのでしょう。一方、日本語や日本文化への興味から、趣味として参加している学習者のためには、ドラマや日本事情などのコースもあります。例えば、ドラマの授業では毎回日本で最近放送されたドラマで視聴率の高かったものから学習するドラマを選んでいます。

学習者の作った壁新聞の写真
学習者の作った壁新聞

 一般講座の学習者は会社や学校の本業が終わった後で参加しているという意味で熱心ではありますが、仕事や試験のため遅刻、欠席したり、ニーズに合わなければやめてしまったりすることも多く、ニーズに合った魅力的な授業をするためにはさまざまな工夫が必要です。日本語コースの継続理由の一つとして「友達に会えるから」というのも大きな理由で、クラスの雰囲気作りも大切な要素です。そのため、担当講師がそれぞれ工夫し、文法や読解、作文のクラスでもペアやグループの活動などを積極的に取りいれています。

 国際交流基金ではこれから海外の日本文化センターや事務所の日本語講座のモデル講座化を進めようという動きがあります。JFBKKでも外部の人にも学習者にとっても、よりわかりやすく、魅力的な講座にするために、昨年度から民間機関、類似機関の開講講座の調査や定期的な会議を開き、2005年度から講座内容の整理・充実、運営の効率化をすすめてきました。今後、ホームページの講座案内を改訂したり、中上級指導に関心のある民間機関の教師に対する授業見学の受入を始めたりしたいと考えています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
タイ国全土及び周辺諸国(ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)の日本語教師、学習者支援のためさまざまな事業を行っている。教師支援としてはさまざまな研修(集中、水曜、土曜、通信、短期、出張)やセミナーを開催している。学習者支援としては一般講座の開講、日本語教育番組放送、高校教科書『あきこと友だち』の副教材作成、教材助成等が行われている。また、情報センターとしてコンサルタント業務、紀要やニューズレターの発行も行っている。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Foundation, Bangkok
ハ.所在地 10th Fl. Serm-Mit Tower, 159 Sukhumvit 21, Bangkok 10110
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:2名

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