世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)これからの社会を生きる生徒たちに必要な日本語教育を「現場で」考える

国際交流基金バンコク日本文化センター
大谷つかさ・下村朱有美

2016年4月末にタイ北部中等教育担当の日本語専門家(以下、専門家)が大谷から下村に変わりました。今回は、大谷が最近のタイの中等教育の動向から、タイ北部の専門家の仕事について紹介し、2016年度の計画と抱負を下村よりお話しさせていただきます。

今、タイの中等教育で求められている教育

タイの中等教育では2008年にカリキュラムが改定され、グローバルスタンダードに到達するための教育目標が掲げられています。それ以来、World Class Standard Schoolが設置されるなどの学校環境の変化はみられていましたが、肝心の教育内容に関しては特に変化が見られず、従来通りの授業が行われていました。

ところが最近になって、カリキュラム改定の際に元となったキー・コンピテンシーや21世紀型スキルを授業にも積極的に取り入れていこうという動きが見られ、教師研修も行われるようになってきています。日本語教育においては、2015年度の全国規模のキャンプから21世紀型スキルを養うことも目標とした内容で行われるようになり、少しずつ日本語教育も変わってきています。

伝え、見せていく役割を担う専門家

真剣に研修に参加する先生方の様子の画像
真剣に研修に参加する先生方

タイ全体の教育はこのように変わっていこうとしていますが、現場に目を向けると、それが容易でないことは一目瞭然です。現場の先生方は研修等で教育が変わっていっていることも、21世紀型スキルについても知っていらっしゃる方がほとんどです。しかし、「わかっているけど、日本語を教える時にどうしたらいいかわからない」という先生方がほとんどであり、もっともな意見だと思います。そんな先生方が、少しずつでも肝心の「授業」で取り入れていけるように工夫していくことが専門家の大事な仕事と捉え、様々な試みをしています。2015年度は、内容を段階的に、「知識のない先生方が知識を得られるように」教師研修を行い、知識がある先生方には「活動を一緒に計画することで体験してもらいながら」、両方を持つ先生とは「一緒に授業計画を立て、実施」しました。

活動の体験は、毎年ある地方の日本語キャンプを活用し、全国規模のキャンプを体験した先生方を巻き込みながら、従来とは異なる、協働や創造性を取り入れた内容を計画し実施しました。その際、企画・実施は専門家と、他の先生方に伝えるのは講師のタイ人教師だけで、という方法にしたことで、双方が活動趣旨を深く理解でき、活動自体がより身近に感じられたようです。このように、北部に元々ある先生同士の関係も利用することで、新しい教育方法をうまく現場に広げてくれるように思います。

現場にいる先生方は毎日生徒と真剣に向き合っており、自分の授業を少しでも生徒に合ったよいものにしていきたいと考えています。しかしながら、先述のようにすぐに授業を変えることは難しいのが現状です。このような状況を鑑みながら、現場にいる先生方と一緒に考え、その地域にあった日本語教育の方向性を提案していくことが地方に派遣されている専門家の仕事であり、楽しさでもあるように思います。(大谷つかさ)

生徒のキャンプでファシリテーターをする先生方と生徒の画像
生徒のキャンプでファシリテーターをする先生方

2016年度以降の計画と抱負

新専門家として着任してまず驚いたことは、タイの中等教育では日本語に関係したイベントがとても多いことです。日本語の先生方は通常の授業や校内の業務に加え、日本語キャンプやコンテストの準備・実施などで大変多忙です。このような状況の中、日本語の教え方を考えることだけにじっくりと時間をかけるのは容易ではありません。

一方で、各地で熱意をもって取り組んでいる先生がいらっしゃり、様々なアイデアが生まれ、実践されています。各地の先生方の教え方や活動の工夫といった新しいアイデアが一つの場所にとどまるのではなく、より多くの場所で活用できるよう、ソーシャルネットワーキングサービス(以下、SNS)を通した取り組みも始まっています。この取り組みによって、先生方のつながりをさらに広げ、深められるような働きかけを行うとともに、多様なアイデアを共有することで授業内容を考える負担を減らしていくことも可能なのではないかと考えています。

専門家として今後も先生方を対象とした研修を行う中で、キー・コンピテンシーや21世紀型スキルを軸とした授業実践の意見交換や提案をし、情報を発信することでネットワークを活性化できればと思います。そしてネットワークの活性化のためには、専門家からの情報発信だけではなく、より多くの先生方からの発信が望まれます。SNSなどが活用される一方で、実際に日本語教育が行われている学校に行ったり、先生方が集まる機会を設けたりすることで得られるインパクトも大きいものですが、そうしたチャンスを活用し、学校訪問や研修で先生方にお会いした際に、先生方による情報発信をコーディネートすることも今後の取り組みの一つとしてとらえています。

これからもタイ北部の中等教育機関の先生方や生徒たちと日々接しているからこそできることを常に意識し、楽しみながら日本語を通した学びの環境整備をサポートできるよう尽力していきたいと思います。(下村朱有美)

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