世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 風と太陽 ~風の町バクーでの日本語教育~

バクー国立大学
黒岩 幸子

バクー国立大学 東洋学部(右建物6_7階)の写真
バクー国立大学 東洋学部(右建物6_7階)

 コーカサス半島にあるアゼルバイジャンと言われ、ピンと来る日本人がどれだけいるでしょうか。日本人にとっては地理的、心理的に遠いこの国でも、次世代をになう知日家達が、確実に育ちつつあります。
 アゼルバイジャンは、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方に位置し、ロシア、イラン、トルコという近隣の強国の影響を強く受け、様々な民族、文化、言語が複雑に絡み合った国と言えます。また、バクー油田の恩恵により、欧米を中心に海外資本が流れ込み、豊かさを享受する人々もいるかと思えば、隣国アルメニアとの戦争により難民となっている人々も多く存在し、内面的にも様々な顔を持つ人々を一言で表現することは出来ません。

 アゼルバイジャンでの日本語教育は、始まったばかりです。1990年代後半に、小規模ながら日本語教育の夜明けを迎えました。その後、2000年9月に、アゼルバイジャン最高学府であるバクー国立大学に、初の本格的な日本語講座が開設され、その翌年、初めての日本語教育専門家が派遣されました。

 講座開始の翌年に専門家派遣が始まったという点が、当講座の特徴をよく表していると思います。というのも、講座自体の形がある程度固まったところへ、赴任するのではありませんから、専門家へ期待される業務は、必然的に大きくなります。まず、質の高い授業を提供し、優れた日本語の専門家を育てること。1~4年生全ての学年を担当し、学習状況をみながら、進度を調節し、必要であれば現地教師にアドバイスする、これだけでもかなりの仕事量になります。その他、テスト作成、課外活動、学内外への日本語講座のアピールや邦人社会とのパイプ役など、業務は多岐にわたります。もちろん主役となるのは、現地人教師ですが、講座をよりよいものにする為に、現地教師を押し上げる強く、しなやかな力も必要になってきます。

 残念ながら、教育というものは、すぐに大きな結果が見えるものではありません。しかしながら、何もないところから始まった当講座も教師たちのたゆまぬ努力により、確実に形が見えはじめています。まず、現時点で、当講座、初の卒業生の半数が日本語を使った仕事につくことができ、続く学年も、その日本語能力において、当地在留邦人より高い評価を得ています。また、学外においては、当地では日本語教育を実施している機関は非常に少なく、教師会を結成するまでには至っておりませんが、日本語弁論大会を通し、他機関との連携の準備段階に来ることはできたと思います。さらに、日本語教育を新たに行いたいとの機関も出はじめました。「トヨタ、ソニー」以外、日本へ何の情報ももたないこの国で、日本語学習を通し、相互理解が深まっていく、このことは海外で日本語教育に携わる人間にとって、何よりもうれしいことです。

 しかし、異文化の中での日本語教育とは、うれしいことばかりではありません。旧態依然とした教育システムを決して変えようとしないバクー国立大学では、信じ難いことも度々起こります。先日は、「今度の期末テストは、学生ごとに問題を違え、全て事前に学生に公開すること。東洋学部共通の方式で、学科ごとに変更することは認めない。」との大学側からの通達がありました。このような時、日本のものさしでもって怒り出すのは簡単ですが、それでは何の解決にもなりません。現地には現地のやり方、プライドがあり、それを尊重しつつ、主張すべきところは、静かに、かつ確実に主張を続け、お互いが納得できる妥協点を見つけ出す、この「北風と太陽」の「太陽」のような姿勢が、ここでは非常に大切だと思います。

日本からの寄贈コンピューターで日本語を学ぶ学生達の写真
日本からの寄贈コンピューターで
日本語を学ぶ学生達

 また、学生においても、日本人との接触が無く、教室の中での日本語に終始してしまうようでは、モチベーションが下がっていってしまいます。日本からの情報が限られるとはいえ、生きた日本語に触れさせ、モチベーションをいかに持続させるかは、教師の腕の見せ所です。今年度は、在留邦人のご協力をいただく他に、自国紹介のビデオを作成し、同じ日本語を学ぶ他国の学習者と交流をはかるというプロジェクトワークを実施しました。「自国を紹介するんだ」と張り切る彼らの姿を目にするのはうれしくあると同時に、どうしても自国と日本の二国間で物事を見ようとする彼らの視野を広げるきっかけの一つになったと思います。

 バクー国立大学は、この6月に初の卒業生を輩出します。現在、バクー国立大学の教壇に立つには修士号保持者という原則があるため、彼らのうちの教員希望者がすぐ教壇に立つのは難しいかもしれません。しかし、派遣専門家と共に育った学生達が、母校の教壇にたち、「風の町バクー」の名の通り、バクー国立大学に新しい風を吹かせてくれる日のために、筆者は今後も太陽のように彼らを照らしていきたいと思います。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
専門家は、日本語の授業を担当するとともに、カリキュラム整備、現地教師のバックアップを行う。派遣先機関は、2000年に開講され、国内唯一の、専門的かつ継続した日本語教育を行っている。現在、国内に、派遣先機関以外では日本語がわかる人はほとんどいない。通訳、また教師不足が懸念されており、次世代の日本語教師の育成が求められている。今後は、バクー市内他の教育機関、コーカサス地域の他の教育機関との連携も念頭におき、コーカサス地域全体の日本語教育の中心の役割を果たせる機関として発展することが望まれている。
ロ.派遣先機関名称 バクー国立大学
Baku State University
ハ.所在地 370145 Azerbaijan Baku Z.Khalilov St. 23
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家: 1
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
東洋語学部 アラビア語学科 日本語講座
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   2000年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 2001年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤2名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生:5名 2年生:10名 3年生:7名 4年生:6名
(2) 学習の主な動機 就職に有利との判断、珍しい言語への興味
(3) 卒業後の主な進路 日系企業就職1名 通訳2名
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定1~2級
(5) 日本への留学人数 4名(短期のみ)

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