世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)学習者をつなぐ活動「日本語会話クラブ」

バクー国立大学
坂下 太一

多岐にわたる業務

バクー国立大学では2000年に日本語講座が開講し、その翌年から国際交流基金(以下基金)の日本語専門家(以下専門家)が派遣されています。アゼルバイジャンは石油等の天然資源が豊富なため、周辺諸国に比べ、生活環境は恵まれているかもしれません。しかし、アゼルバイジャンに進出する日本企業の数は未だ少なく、ネイティブの日本語教師も私以外にはいません。そのため、専門家としての業務は多岐にわたります。学生への日本語指導や副教材作成など、派遣先機関での業務はもちろん、日本語能力試験や弁論大会の実施準備、派遣先以外の機関の巡回等も定期的に行うなど、アゼルバイジャンの日本語教育全体を視野に入れた活動が求められます。更に、これらの活動を将来的に現地の人々のみで行えるように、環境整備を進めていかなければなりません。

点在する日本語学習者

現在、アゼルバイジャンでは、基金から私が派遣されているバクー国立大学を含めた2つの大学、中等教育機関1校で日本語教育が行われています。しかし、それ以外にもアゼルバイジャン国内には日本語や日本文化に興味を持ち、日本語の学習をしている独習者が点在しています。広範囲に広がる学習者全てを対象にたった一人の専門家が、フォローすることは非常に困難です。それでは、このような環境で専門家が果たせる役割とはどのようなものになるでしょうか。私が解決策の一つとして力を入れていることは、学習者間を「つなぐ」こと、連携を強化し、学習者が自律的に問題を解決していける環境を作ることです。

日本語会話クラブ ―日本語学習者同士を「つなぐ」-

バクーでは在留邦人と日本語学習者が日本語で会話をする「日本語会話クラブ」を月に一度開催しています。日本語会話クラブは長年行われているものですが、これまでは主に大学で日本語を専攻している学生が「腕試し」のために参加したり、在留邦人から日本や日本語を新たに学ぶために参加したりと、「日本語学習の場」としての意味合いが強かったようです。しかし、現在では勉強しても普段は使う機会のない日本語を使って、「日本人と楽しい時間を過ごしたい」と会話クラブ自体に楽しみを求める参加者も増えてきています。私はこの点に注目し、会話クラブの参加者が、楽しい時間を過ごすことで、参加者と在留邦人はもちろん、会話クラブ参加者同士をつなぐことができるのではないかと考えました。普段は大学内の小さなグループや、一人だけで日本語の勉強をしている学習者も、助け合い、教えあう仲間ができれば、学習者間で問題が解決できるようになるのではないでしょうか。

会話クラブの準備段階では、どのようにしたら参加者に楽しんでもらえるか、どのようにしたら参加者の期待に応えられるか、そのようなことを意識しつつ、丁寧にグループ分けを行っていきます。学習者間の交流を深めたいとは言っても、こちらの都合を優先させて無理強いをさせるわけにはいきません。繊細で内気な学習者を一人見知らぬグループに放り込むようなことをすれば、せっかくの休日に参加してくれている学生のやる気を奪ってしまうことにもなりかねません。会話のテーマも堅苦しいものだけにならないように、基本的に学生に決めてもらい、事前に学生とどんな話しができるか、リハーサルをしています。

日本語会話クラブの写真 グループごとに楽しく交流している様子の写真
日本語会話クラブの様子

「日本とアゼルバイジャンのお祭り」をテーマにした日の日本語会話クラブの様子の写真
この日のテーマは「日本とアゼルバイジャンのお祭り」でした

見えてきた「つながり」

会話クラブを繰り返していくうちに、少しずつですが学習者間の「つながり」が見えてきています。会話クラブで下級生の補助をしていた同じグループの上級生が、会話クラブの後も日本語を教えるようになっています。アゼルバイジャンでは「自分の能力を人のために役立てたい」と考えている学生が多いので、このような結果は自然だと言えるかもしれません。また、日本語学習につながらなくても、会話クラブの参加者同士でスポーツをしたり、旅行に行ったりという話も聞こえ、つながりを感じることができています。

毎回、会話クラブを終えた後には「先生、とても楽しかったです」「今度はもっと話せるようにがんばります」という参加者からのメッセージが送られてきます。このような言葉を聞くと、会話クラブの成果を実感し、今後の活力にもつながります。試行錯誤を続けながら、今後いっそう学習者にとって有意義な場にしたいと思います。

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