世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 熱い日本への視線

ソフィア大学
畠山理恵

 太陽がいちばん最初にのぼる国、あらゆる面で進んだ国、ショーグンの国、サムライの国、古い文化を大切にする国、エトセトラ、エトセトラ。日本に対するイメージをブルガリアの人々に聞くと、こちらがかしこまってしまうような、豊かな返答が続く。反対にわたしたち日本人の多くがこの国に対して抱くイメージは「ヨーグルトの国」程度。シーソーにかけてみると傾きは明らか。この国の人々が抱いていること・知っていることは、わたしたち日本人が持っているものの何倍にもなる。

 かつてブルガリアで日本に関する学問を志した人は旧ソ連へ留学しなくてはならなかった。国内にそのような専攻を持つ教育機関がなかったためである。現在の日本研究、日本語研究はその当時の先達の築いた礎の上に成り立っている。国内初の日本語教育機関としてソフィア大学に日本語講座ができたのは1968年。大学の公開講座として一般向けに開講され、その後90年に正式に大学の学部学科に昇格し(一般向け夜間講座は現在も継続している)、95年には日本語にとどまらず広く日本学全般を専攻する日本学科となって現在に至っている。

 筆者はこの学科内で三名のブルガリア人教官とともに日本語の授業を担当している。ブルガリア人教官は主に日本語の構造など知識の面を講義し、筆者はそれを受けて実際の言語生活を想定し運用していく授業を受け持っている。たとえば「~ていただけませんか/~てくれない/~して」はいずれも何かをお願いするときの表現だ、と学生たちはブルガリア人教官の講義で理解する。では、いつ・だれに対して・どんな言い方を選んでお願いをするのか、というところで筆者の出番となる。教室での相棒たちは1年生13名、2年生16名、4年生11名。3年生がいないのはつい先ごろまで二年に一度の隔年ペースで新入生を受け入れていたためである。毎年7月の入試では日本学科の人気も志望者のレベルも高い。学生の八割から九割が大学で日本語学習を開始するが、吸収の早さには舌を巻く。「あいうえお」から始まった人たちが三年目、四年目にはかなり込み入った理解もできるようになる。彼らの半数以上が何らかのプログラムで日本留学を経験しさらに磨きをかけてくる。かつて某アジアの言語を大学で専攻していたころの自分と比べると同じ外国語学習者として小さくならざるを得ない。

日本文化展にて折鶴を楽しむの写真
日本文化展にて折鶴を楽しむ

 日本から遠く離れたここで生の日本語に接する機会は限られている。教師として話し方を調整してしまう筆者の日本語以外に触れる機会は大変重要なので、邦人との接触の機会を作り本当のコミュニケーションの場を実現させることも大切な仕事である。知人に頼んで教室に来てもらったり、学生を連れて現地在住邦人の方々が集う場に行かせていただいたり、パーティーを開いたりしている。はらはらしながら乳母のような心境で影からやりとりをそっと見守ってみると、学生たちはぎこちないなりにあの手この手を駆使し、相手の日本の方は熱心に耳を傾けて歩み寄ってくださり、何とか両者意思疎通を達成して、笑いあったりしている。学生も相手の方もそして影にいた筆者も安堵する。

 所属機関の位置付けやブルガリア全体の日本語教育事情を自らの目で確かめるため、ときには他校にもお邪魔させていただいている。ブルガリアにはソフィア大学以外にヴェリコ・タルノヴォ大学、スヴィシュトフ経済大学、ソフィア第18高校、ソフィア大学夜間講座の四つの機関に日本語コースがある。所属機関の垣根を越えて他校の教室に身を置いてみるとさまざまなことが見えてくる。一般の人、高校生、他専攻を持つ大学生など学習者の層が一つではないこと。学習の目的も一律ではないこと。国中の日本語に関わっている人々(教師、学習者)がお互いに発信しあい刺激しあえる部分がまだまだ生かされていないこと、等々。授業だけではない。地方都市で青年海外協力隊員が開く日本文化展に出かけていくと、地元のそれこそ普通のおじさん・おばさん・子どもたちが押しかけ大盛況である。きものやおもちゃ、まんが、書道や合気道、生け花などに目を輝かせ、歓声をあげている。日本に対する人々の関心は相当なものである。

 どこにどんな人がいてどんなことをしているかが見えてくると、今度はそれらをつなげられないだろうかと、つい欲張りなことを考える。日本から遠く離れたこの国の学習者や教師が日本語を合言葉に手をつなぎ、お互いがパワー・アップできるような何かのきっかけを作ること・仕掛けることを、次なる目標としてひそかに狙っているところだ。

 「ヨーグルトの国」で今日本語を学んでいる人、およそ300人。これから学びたいと思っている人、その何倍。この国の人々が日本に向けるまなざしはわたしたちが想像するよりもずっとずっと熱い。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 ソフィア大学は、ブルガリア初の日本語教育機関として1968年に夜間講座としてスタートして以来、同国の日本語教育をリードしてきた。同大学の専門は日本学であり、言語にとどまらず、社会経済、文学、歴史、その他全ての日本を対象とした分野の研究を志向し、同国における日本学の最高峰として高度の知識をもった専門家の養成を目指している。日本語コースはその一環であり、日本学の専門家として情報の収集及び発信が可能となるような言語運用能力を養成することを最終目標としている。専門家は日本語講座での日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言、現地教師の育成を行う。
ロ.派遣先機関名称 ソフィア大学
Sofia University
ハ.所在地 No.79 Todor Aleksandrov, Sofia, BULGARIA
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ソフィア大学古典及び現代言語文学部東アジア言語文化学科日本セクション
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   講座:1968年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1981年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤6名(うち邦人1名)、非常勤2名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   各学年13名程度
(2) 学習の主な動機 日本への憧れ
(3) 卒業後の主な進路 母校に就職、日本大使館に就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級~1級程度
(5) 日本への留学人数 7名

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