世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 垣根を越えて

ソフィア大学
畠山理恵

市橋康吉日本大使を教室にお迎えしての写真
市橋康吉日本大使を教室にお迎えして

 ブルガリア一年生の初年は、この国の日本語教育事情を叩き込むべく、どこに何があるか・どこにどんな人がいるかをとにかく把握することに終始した。その結果、日本語学習に有効な人的リソースがあちこちに散らばっていること・それら質の高い人同士のつながりがあまりないことを強く感じた。たとえば、勤務先のソフィア大学内では学年を越えたつながりがなく先輩後輩がお互いを知らない。教室外の格好のリソース、在住邦人から「日本語の勉強に何か協力できませんか」と温かく声をかけていただきながらご好意を今ひとつ生かしきれていない。先生方(特にブルガリア人の先生方)が他校の教師を知らない。

 そこでブルガリア二年生の二年目は、垣根を越えた、日本語教育に有効な人と人とのつながりを実現させてみようと目標を立てた。「垣根」は状況によってさまざまである。あるときは学年・クラスであり、またあるときは教室であり、学習機関の枠というのもある。早速、何をどうするか青写真を描いてみた。学内。いつものクラス(本学では一学年が一クラスを成す)の垣根を外し先輩と後輩が入れ乱れて何かをする。学外。教室外から邦人ゲストをお招きし一緒に何らかのセッションをする。そのセッションの企画、運営の打ち合わせに担当の学生が先方へ交渉に出かけていく。教師も何かしたい。そうだ、教師会を作ってはどうだろう。ネイティブかどうかに関係なく、教師みんながいっしょになって勉強会をしては。

 周りの人々に徐々に構想を打ち明け少しずつ巻き込みながら実行を開始した。まず学内。学生ひとりひとりに自画像入りの自己紹介シートを書かせてそれを冊子にまとめた。手作り学生名鑑「日本セクションの仲間たち」のできあがり。手渡すと同時に学生たちはみんな楽しそうに目を輝かせてページをめくり始める。これで今年度の1年生から4年生までどんな人がいるのかがわかり、学年が違えば他人とでも言うような「あの人同じ学科の人?」との彼らのつぶやきを聞いて悲しむことも少なくなる。しばらく経ってから文部科学省奨学生選抜試験の対策コースが開講された。事前にSOSを投げたら、かつて奨学生として日本に留学した4年生の先輩たちが、「後輩のために」と一肌脱いで、文法担当の講師を買って出てくれた。受験予定の3年生と2年生が入れ乱れて教室に座り4年生の文法説明を聞く。4年生は2,3年生を、3年生は2年生を教える。自分よりも学習経験の少ない後輩たちを先輩たちが助ける、という場面が実現できた。

 今度は大学の垣根を外した、学外との行き来の試みである。3年生の前期の授業では「ビジターセッション」を取り入れ、4ヶ月間にわたって、食生活、女性の生き方、余暇の三つのテーマを順にこなしていった。各テーマには担当者の学生がいて、読み教材の選定からビジター探し、ビジターとの連絡など精力的にクラスに貢献してくれた。自分たちの企画で本当にゲストが教室に現れ、日本料理を食べてみたり、グループになって話し合ったりなど日本語を介した活動を実現させたことは、きっと大きな自信になったことだろう。後期には2年生もセッションを持った。お客様は在ブルガリア日本大使。本学日本セクションを挙げてお迎えしよういうことになり、2年生はその準備を引き受け、全員が担当をもって早速動き出した。大使館との交渉係、学内全学年へのお知らせ係、会場係、等など。彼らが力を合わせて準備した当日の会場では、学生による模擬授業、大使のご講演、質疑応答などが和やかに繰り広げられ、学生たちだけでここまでできるのかと、見ているこちらがびっくりしてしまった。

 さて、教師たちである。「なかなか自己研鑽のチャンスがないこの国の教師たちが、みんないっしょになってセミナーができないか。国外から先生をお招きしよう。」と声があがったのを機に、昨秋11月、ブルガリア日本語教師会が誕生した。所属学習機関の垣根を越えた、教師たちの連携が始動したのである。現在のところ、ブルガリアで日本語を教えているブルガリア人教師、日本人教師、教壇には立っていなくても日本語教育を志す人たちなど22人が名を連ねている。初の総会がこの4月に開催され、初顔合わせをした。ほどなく、セミナー開催のために申請していた助成プログラムが正式採用決定、と朗報が届いた。発足のきっかけとなったセミナーの構想がこの初秋ついに実現する。生まれたばかりの教師会が、一大事業であるセミナーを成功させれば大きな自信になることは間違いない。

 ブルガリアは学習者も教師も一国全体の数は世界的に見て少数派である。しかし、ひとりひとりが持っている力は非常に質が高く、これを生かさないままでおくのは何とももったいない。垣根を越え、行ったり来たりすることにより、時にはつながりあうことにより、学習者も教師もまだまだ伸びる余地があると確信している。

 日本国内でのそれとは段違いにさまざまな制約を受ける海外での日本語学習。あるものを最大限に生かすしか道はなく、だからこそ、何をどう活用していくかに知恵を絞る楽しさがある。垣根を越えて人と人とをつなぐ試みもその一環である。いいきっかけを作れるように、いい目を養い柔らかな心を持っていようと思う、ブルガリア二年生終盤のこのごろである。


派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ソフィア大学は、ブルガリア初の日本語教育機関として1968年に夜間講座としてスタートして以来、同国の日本語教育をリードしてきた。同大学の専門は日本学であり、言語にとどまらず、社会経済、文学、歴史、その他全ての日本を対象とした分野の研究を志向し、同国における日本学の最高峰として高度の知識をもった専門家の養成を目指している。日本語コースはその一環であり、日本学の専門家として情報の収集及び発信が可能となるような言語運用能力を養成することを最終目標としている。専門家は日本語講座での日本語教授、カリキュラム・教材作成に対する助言、現地教師の育成を行う。
ロ.派遣先機関名称 ソフィア大学
Sofia University
ハ.所在地 No.79 Todor Aleksandrov, Sofia, BULGARIA
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ソフィア大学古典及び現代言語文学部東アジア言語文化学科日本セクション
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   講座:1968年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1981年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤6名(うち邦人1名)、非常勤2名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年15名,2年14名,3年13名,4年6名
(2) 学習の主な動機 日本への憧れ
(3) 卒業後の主な進路 母校に就職、日本大使館に就職、研究留学など
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級~1級程度
(5) 日本への留学人数 2名

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