世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 変化の中の日本語教育

変化の中の日本語教育

国際交流基金ブダペスト日本文化センター
福島 青史

変化の中の日本語教育

オペラ座に掲げられるEUとハンガリー国旗の写真
オペラ座に掲げられる
EUとハンガリー国旗

 「2004年5月にハンガリーはEUに加盟した」という文をよく見る。私もハンガリーに赴任が決まってから様々な文書に目を通したが、この文字列は何度も見かけた。2004年当時「拡大EU」は「東欧」と呼ばれた地域をも含むことから、大きな話題となったと記憶している。ただ、当時、ユーラシア大陸の真ん中で活動していた私は「ふーん、東欧もEUになったんだー」という程度の認識しか持っていなかった。
 しかし、2007年8月にハンガリーに赴任してからというもの、「2004年5月にハンガリーはEUに加盟した」という文字列は、「事実」となって私の生活の周りにある。というのも、現在抱えている待ったなしの仕事の多くは、まさしく「EU加盟」による制度改革によるものが多いからだ。欧州加盟前から始められたEU基準への整合化の作業は、法律、制度の整備と平行して、ハンガリーが持つ特殊な事情との調整を含めて、現在進行中の大事業となっている。
 日本語教育についても、その例外ではない。日本語教育に関係する外国語教育政策の近年の動きをまとめてみると、以下の通りである(*1)。書いてしまうとシンプルな事実のようだが、その一つ一つが日本語教育業界には激震となっている。

2003年:ナショナルコアカリキュラムの改定により、外国語教育の分野で欧州評議会のCEFRの導入が正式に盛り込まれる。また、欧州評議会とハンガリー教育省がLanguage Education Policy Profileをまとめる。
2005年:大学入学試験制度(エーレッチェーギ)改定。(日本語も受験科目の一つ)
2006年:9月からボローニャプロセスを導入。大学が五年制から、学士3年、修士2年へ変更
2007年:日本・ハンガリー協力フォーラム「日本語教育促進事業」活動開始。また、1992年から16年間活動をしてきた青年海外協力隊の最後の日本語隊員が帰国。
2008年:日本文化発信プログラム、ボランティア募集開始(派遣は2009年)

 そもそも、制度自体が新しい。「CEFR」「ボローニャプロセス」など、以前からあったものでなく、新しいものであるため、それを理解するのに時間がかかる。また、その後、その装置にハンガリーの事情を入れ込んで、うまく適合させるのに何度も実践を重ねる必要もある。枠を作り内容を入れ、枠を作り直し内容を入れ直す、という作業の繰り返しである。その結果、例えば、大学入学試験(エーレッチェーギ)は毎年制度が微妙に変わり、最前線で実践を担当する教師は毎年、対応を迫られる結果となる。高校の先生はどんな試験になるのか戦々恐々。受け入れる大学側もどんな学生が、何人来るか戦々恐々である。

ドナウ川の流れの写真
ドナウ川の流れ

 「先のことは分かりません」

 ハンガリー赴任後、何度も聞いた言葉である。

 このような変化の中、果敢に活動をしているのは現場の先生方である。ハンガリー日本語教師会(MJOT)を中心に、この制度変革の中、組織的に制度作りから、実践の工夫まで幅広く取り組んでいる。雄大なドナウの流れのように、流れ込む新しいトレンドを巻き込みながら、ハンガリーの日本語教育の一貫性を守っているようである。
 報告者はまだ終わることのなさそうな変化の流れの中で、寄せられた要望や、必要だと思われる企画を、意見を取り入れながら、形にするのが仕事である。長い歴史に比して、僅かな時間しか滞在は出来ないが、ささやかながらもこの流れに参加していきたいと思う。

(*1) 用語の詳細は『ヨーロッパにおける日本語教育とCommon European Framework of Reference for Languageshttp://www.jpf.go.jp/j/publish/japanese/euro/index.html に詳しい。
「日本ハンガリー協力フォーラム」については、http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/071123.htm
「日本文化発信プログラム」についてはhttp://www.joca.or.jp/bunka/index.html を参照のこと。



ハンガリー人のための教材制作がスタート

国際交流基金ブダペスト日本文化センター
飯野令子

 国際交流基金ブダペスト日本文化センター(以下、JFBP)のジュニア専門家の担当業務は、JFBP日本語講座(以下、講座)の運営と日本ハンガリー協力フォーラムの支援による教材制作です。

JFBP日本語講座

講座の授業風景の写真
講座の授業風景

 2007年9月の新学期は、受講者約120名、6レベル8クラスでスタートしました。昨年度からの継続者と、既設クラスへの編入者で、定員に達することが確実だったため、未習者クラスを設置せず、最初級クラスは50時間以上の学習者を対象にしました。ハンガリー国内には初級前半レベルであれば、他にも学べる機関がありますが、初級後半から中級レベルになると、講座以外に学べる機関がほとんどありません。そのため今年度は、既習者クラスの充実を重視しました。
  最上クラスのグループ8は日本語教育能力試験2級レベル以上の学習者としたところ、継続者も含め受講者は4名となりました。4名とも専門分野は日本語と関連がなく、うち3名は日本へ行ったこともありません。それでも、日本や日本語への強い興味があって日本語を学んでいます。うち2名は今年度、日本語能力試験1級を受験しました。このような学習者に日本語学習の機会を提供するのは、講座の存在意義のひとつといえます。
  ただし、仕事、学業など各々の事情から、受講者は3年以上継続するのは難しいのが実情です。また、中級以上のレベルになると、そのレベルに到達する学習者が少なく、編入者も少なくなるため、クラスの存続が難しくなります。今後、初級クラスと中級以上のクラスのバランスを保ちながら、設置クラスを確定していく必要があります。
  講座の授業は、ジュニア専門家以外に、ハンガリー人教師2名、日本人教師5名が担当しています。1クラスを2名の講師で担当しますが、今年度は一方の講師をクラス担任として、1学期分の学習内容、進度などを決め、教材の準備、試験の取りまとめなどの中心となるようようにしました。各講師が、担当するクラスにより強いかかわりを持って取り組んでいます。
  受講者の多くは日本への興味・関心から趣味として日本語を学習していること、仕事や学業など本業の傍ら日本語を学習していることなどから、受講者の目的意識を持続させ、学習が継続できる環境を作っていくことは重要な課題です。そのために、現地在住の日本人とのビジターセッションや日本人ゲストを招いて学期末の発表会をするなど、実際に日本語を使う環境がほとんどない受講者たちも、日本への興味を失わず、目的意識を持って、長く日本語学習を続けられる環境を作りたいと思っています。

ハンガリー人のための教材制作

 2007年9月より、日本ハンガリー協力フォーラムの支援による教材制作がスタートしました。
これまでハンガリーで出版された日本語教材は少なく、学習者は教材を手に入れにくい状態でした。ハンガリーのほとんどの教育機関では、日本で出版された教材を使っていますが、寄贈された教材の貸し出しで対応しており、学習者の手には入りません。ハンガリー人のためにハンガリー語で書かれた教材、しかも誰にでも手に入る教材が以前から必要とされていました。
  このたび、日本ハンガリー協力フォーラムの支援が得られたことで、その念願が実現することになりました。2007年9月に赴任した日本語教育指導助手が教材制作の事務局となり、現地での教授経験の長い日本語教師3名、日本語教育専門家、ジュニア専門家、JFBP現地職員1名で、編集委員を構成しています。
  教材は、中等教育以上の学習者を対象に、第一冊はハンガリーの大学入学資格試験中級レベル、第二冊は同上級レベルの計2冊となります。大学入学資格試験の中級、上級はそれぞれ、「外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ共通参照枠」(CEFR)のB1レベル、B2レベルに対応しています。内容は、ハンガリー人の大学生ゲルゲイが、京都に住む木村家にホームステイをしながら、大学に通い、アルバイトをするなど、留学生活を送るストーリーになっています。日本の場面だけでなく、木村一家がハンガリーを訪問するなど、日本とハンガリーの両方の場面で学んでいくことになります。
  本教材は編集委員の総意として、「対話し続けるための日本語」の習得を目指しています。文化的背景が異なる者同士が、共生するために必要なのは、次々出現する状況や場面において、「理解」のための行動を繰り返すこと、そのためには「対話し続ける」ことだと考えています。
  これまでに、2冊分のシラバスを作成し、1冊目の1,2課のサンプル版の作成、試用、修正などを行っています。今後、ハンガリー在住の日本語教師に執筆を依頼して、本格的な執筆作業に入ります。2009年に原稿が仕上がり、その後、デザイン、編集を経て、2010年に2冊同時に出版の予定です。
  本教材の出版が、現在の日本語学習者のみならず、ハンガリー全国に広がる潜在的な学習希望者にも学習の機会を提供し、より日本語が学びやすい環境をもたらすことを期待しています。

教材のサンプルの一部の写真
教材のサンプルの一部

派遣先機関の情報
イ. 派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ブダペスト日本文化センターはハンガリーを含む周辺中東欧地域を活動範囲とした広域事務所として位置付けられている。
日本語教育アドバイザーの業務内容は日本語教師をはじめとする日本語教育関係者からの相談に対する支援、日本語教育関係者とのネットワーク作り、スピーチコンテスト等日本語関連行事への支援、日本語教育関連情報の収集と提供、勉強会、研修会などの企画および実施、機関を訪問し授業見学および問題点に対する支援などである。
ロ.派遣先機関名称
The Japan Foundation, Budapest
ハ.所在地 1062 Budapest, Aradi u. 8-10. Hungary
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語専門家1名、ジュニア専門家1名 日本語教育指導助手1名 計3名
ホ.アドバイザー派遣開始年 2000年

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