世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 教師の役割 −学習環境をデザインするために−

カザフ国立大学
因 麻衣子

 日本人の多くは「カザフスタン」という国についてあまり多くを知りません。「どこにあるの?」「どんな人たちが住んでいるの?」「~スタンだから危ないんじゃない?」と聞かれることが多々あります。カザフスタンはユーラシア大陸のど真ん中を大きく占めている国で、国土面積は世界で第9位です。そしてその地下に眠る資源の豊かさは世界有数で、ソ連からの独立後20年という若い国ではありますが、これからが期待される国だと言えます。そういう国で毎日日本語の勉強に励む若者たちがいます。彼らが日本語や日本を通して、カザフスタンの発展に寄与する人材になることを願ってやみません。

日本人教員が少ない環境での専門家の役割

 カザフ国立大学(以下、国立大)の東洋学部で日本語が主専攻として教えられるようになってから15年以上が経ち、カザフスタン国内では最も歴史が古い日本語教育機関になります。日本人教員が多くを占めていた時期もありましたが、現在は教員の育成が進み、日本人教員は専門家の1名だけです。また、国立大だけではなく、1,000名近い日本語学習者がいるカザフスタン全体においても邦人教員は3名しかいません。このような状況の中、専門家としても日本語教員としても、その担う役割は多岐にわたります。

 例えば、カザフスタン日本語弁論大会や日本語能力試験などの事業の運営やサポートを行い、また日本語教師会主催の勉強会やセミナーなども専門家として主導的な立場にあります。一方、大学の日本語講師としてもできる限りのサポートをしたいと考えていますが、80人以上いる学生のすべての授業に均等に入ることはなかなかできません。現在は中級以降の3,4年生のクラスにメインで指導を行っていますが、学習意欲の向上と基礎の重要性を鑑みると、1,2年生の時期もとても大切です。この時期に、日本人と触れ合い、日本語を使う喜びや異文化と触れあって得る感動を少しでも味わってほしいと願っています。それは、教室の中にいる私一人の力ではなかなかうまくいきません。さらに、観光地ではないため日本人観光客もおらず、少ない在留邦人もほとんどがビジネスマンである、というようなアルマティの環境は、日本語学習環境として豊かとはいえません。このような状況の中、学生たちの教室の中だけではなく、彼らの学習環境をデザインできるような授業をすることも教師の役割の一つであると考えます。そのような授業の一例として、以下に記すビデオコンテストを挙げたいと思います。

ビデオコンテスト

ビデオコンテスト後の交流会の写真
ビデオコンテスト後の交流会

 東洋学部日本学科では、今年度、2年生の授業の中で初めての試みとしてビデオ制作授業を行いました。この授業の狙いは、教室の中で「日本語を教える」ことではなく、いままで勉強した日本語の知識を使って、自分たちが日本語で「できること」を広げていく、というところにあります。

 隔週で日本人教員(私)が授業に入りましたが、基本的にはアドバイザーに徹し、学生たちがビデオを制作する上でのサポートを行いました。作品の条件は二つで、①15分~20分ぐらい、②自分たちを日本人に紹介する、というものです。「自分たち」をどのように解釈するかについては学生たちにまかせました。「カザフで勉強する学生としての私」なのか「アニメが好きな私」なのか「恋する私」なのか、そこにオリジナリティーが現れると考えました。

 授業時間以外にも、日本語のチェックやシナリオへのアドバイス等を行いました。先に述べたように、この授業の目的は日本語を使って「できること」を広げる、というもので、実際に「できること」はさまざまな広がりを見せました。例えば、日本人教員と電話やメールなどで連絡を取ったり、中国語学科の学生や自分のボーイフレンドなどにも発音などの日本語指導を自分たちで行い、ビデオ出演をしてもらったグループもありました。このような経験は、教室の中だけの活動ではなかなかできません。日本人が目の前にいなくても、日本語を使う場を作り上げることは可能であることがこの授業のプロセスから分かりました。

 また、授業の最後には、制作したビデオを発表する場として、在留邦人にも来ていただいてビデオコンテストを開催しました。ちなみに、優勝したグループのビデオは、ある男子学生に恋をした女子学生が恋人から奪おうと、色々な画策を講じるというラブストーリーを演じたものです。シナリオ構成がかなりしっかり作られており、音声が聴き取りにくい場面では日本語字幕を付けるなどの聞き手に対する配慮がされていたところが高い評価を受けました。

日本語クラブ「巻きずしづくり」の写真
日本語クラブ「巻きずしづくり」

 コンテスト後は交流会を設けて、学生と来場された邦人の方との交流を図りました。2年生ということでまだまだ日本語も自由には使えませんが、普段はなかなか会う機会のない日本人の方々との交流を楽しんでいました。また、この企画は邦人の方々にも大変好評で、「1年に1回だけではなくもっとこういった機会を設けてほしい」との声が多々ありました。このような声が多かったことから、今後はビデオコンテストという形だけではなく、週1回行っている日本語クラブにも在留邦人の方々にもっと参加していただけるように工夫していきたいと考えています。 このように日本人が少ない環境にあっても、学生たちの学習環境を少しでも豊かにできるようなデザインをすることも教師の役割の一つではあり、カザフスタン全体の日本語教育を支援する専門家の役割も、環境を整備していくという点でやはり同じようなものだと言えるでしょう。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Kazakh National University named after al-Farabi
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
カザフ国立大学東洋学部日本学科は、カザフスタン国内で最も歴史ある日本語・日本学専門課程である。設置目的は、日本語・日本学研究者及び教師、企業において日本語で業務が行える人材、日本語通訳・翻訳者の育成であり、言語のみならず、歴史や文化などの専門科目にも重点を置いた教育が行われている。卒業生は、日本語教師、日本史教師、日本企業・機関の現地スタッフ等、カザフスタン国内の幅広い分野で活躍している。専門家は、日本学科での日本語教授、シラバス作成に対する助言、現地教師への助言・サポートを行う。
所在地 61a Amangeldy Steet., Almaty, 050012, Republic of Kazakhstan
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
東洋学部日本学科・国際関係学部
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1992年~
国際交流基金からの派遣開始年 1995年
コース種別
専攻(日本学科)・副専攻(国際関係学部)
現地教授スタッフ
主専攻:常勤13名(うち邦人0名)副専攻:常勤1名(邦人0名)
学生の履修状況
履修者の内訳   主専攻:96名(1~4年生、修士課程)
副専攻:25名
学習の主な動機 日本文化への関心と、日本留学や日系企業就職の希望
卒業後の主な進路 日本留学、日本国大使館や日系企業、ほか現地企業等の就職
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N2合格程度
日本への留学人数 1年間5~6名程度

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