世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) どうして、キルギスで日本語教育?Part

キルギス共和国日本人材開発センター
黒滝 力

日本語講座授業風景の写真
日本語講座授業風景

 国際支援の現場に関わる者のジレンマがある。赴任地の経済的技術的な発展を促進しようと努める一方で「この国はこのままであってほしい」という思いが胸の片隅にある。単純なことではないが、経済的発展によって現地の人々の朴訥で大らかな人柄が損なわれるのではないか、と危惧したりもする。文字通り自然のままの自然に開発の波が及ぶことについても同様の感がある。これは失われつつあるものへのノスタルジーであるなどとして片付けられる問題ではない。人として「豊か」に生きるということはどういうことなのか、という命題を被援助国から突き付けられているのである。常に「人間としてのあり方」を念頭に置き、環境の中で自己を律することがなければ、援助国民、被援助国民がお互いに人間的で豊かな現在と未来を築いていくことはできない。

 この日本センター事業に関わるようになって、そんな思いがさらに強くなってきたように思う。このセンターは11年前の1995年に「キルギス日本センター」として日本の外務省支援委員会によって開設され、2003年外務省からJICA国際協力機構に移管され「キルギス日本人材開発センター」となった。ステータスとしては現地法人だが、運営はJICAプロジェクトによっている。このセンターの主たる活動は市場経済化に資する人材の育成、日本語教育、相互理解促進活動で、同様の目的を持った「日本人材開発センター」がJICAプロジェクトにより、カザフスタン、ウズベキスタン、モンゴル、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーなどに開設されている。

 日本語コースの主たる業務としては、やはり一般人向けの日本語講座の設計・運営ということになる。このセンターの日本語コースは一般コースが初級I、初級II、中級I、中級II各1年で修了、4年間で中級修了レベルの日本語を習得する。これとは別に既に4年のコースを終えた者や、大学で同等レベルの課程を修了した者に対して上級クラスや日本語能力試験1級対策講座等を設置している。また、4ヶ月の短期講座を設け、基礎的な日本語会話と日本紹介を行っている。2006年からは通訳者翻訳者養成講座も開講した。

 ところが、この講座運営にかかる時間、労力等は全体業務のほんの一部に過ぎず、大学等日本語教育機関支援、日本語教育ネットワーク促進のためのキルギス日本語教師会の活動促進と活性化、各機関の現地講師・邦人講師・学習者への協力、助言、支援、指導、日本語弁論大会実施運営、周辺諸国との連携・連絡等日本語教育全体の活性化に関わる業務に費やす時間・労力が大きい。また、現地のニーズを調査し、国際交流基金、日本外務省、JICA等の各機関との連携の中で支援の方策を立ていくことも重要な仕事の一つである。

 「なんのために日本語を学ぶのか?」キルギスでは実際に身に付けた日本語を生かせる仕事は少ない。日本関連機関で働いたり、通訳者や研究者等になる者はほんの一部で、ほとんどの学生にとって学んだ日本語を生かせる場はないと言っていい。

 しかし、例えば日本の大学で英語を専攻した日本人のうち、英語を専門とする職業に就く人間はほんの一握りで、多くの学生が英語とは関わりのない職業に就いているのではないだろうか。では、大学の英語専攻科ではそのほんの一握りの者のために英語教育を施しているのだろうか。そうではないはずだ。たとえ英語を専門とする職に就かなくとも、大学で英語を学んだことはその者の人間形成に貢献しているはずである。大学というのは職業訓練校ではない。教養・感性を養い、視野を広め、人間性を高める場なのだ。同様のことが日本語教育でも言える。日本語を専門とする人材を育てるための高度な日本語教育は確かに重要ではあるが、学習者の視野を広げ、人間形成に貢献し、学習者のこれからの人生そのものを豊かにする日本語教育こそが本来の「教育」としてのあり方ではないだろうか。

日本文化祭地方巡業コチコル村での和太鼓演奏の写真
日本文化祭地方巡業
コチコル村での和太鼓演奏

 また、一方通行の日本語伝授ではなく、日本側の人間と現地の人々が双方向的に刺激をしあい、理解を深めることなしに、国際支援は成り立たない。そういったことからも、センターの活動のもう一つの柱である「相互理解促進活動」にも力を入れている。年に2回のキルギス日本友好文化祭、日本音楽祭の実施、和太鼓、書道、折り紙等の文化サークルの運営補助等を行い、また、今は30年来続けている軽音楽活動の経験を活かし、和太鼓演奏の指導にも当たっている。また、昨年からは地方都市、村落等を巡回し文化祭も行っている。そして今「キルギス」を日本に向けて発信していくことが大きな課題となっている。

 援助国民、被援助国民がお互いに人間的で豊かな現在と未来を築いていくために、「日本語教育」に何ができるか、そういった視点を忘れてはならない。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
1995年に外務省支援委員会により創設され、2003年JICAに移管されたJICA日本センタープロジェクトによる現地法人。市場経済化に資する人材育成を目的としたビジネスコース、日本語教育、相互理解促進活動を活動の主眼としている。日本語教育については一般人対象の日本語講座の運営とともに、国内の日本語教育機関、日本語教育関係者、日本語学習者に対する支援・協力を行いキルギス全体の日本語教育の発展に努めている。
ロ.派遣先機関名称 キルギス共和国日本人材開発センター
Kyrgyz Republic-Japan Center for Human Development
ハ.所在地 KNU, 2nd Floor, Building 7, 109 Turusbekov str.,
Bishkek 720033, Kyrgyz Republic
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家1名 指導助手1名

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