世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本語教育事情 IN POLAND

ヤギェロン大学
横野登代子

 日本からポーランドへは直行便がない。フランクフルトやチューリヒ、パリ、ロンドンと言ったいわゆる西側諸国で乗り継ぎ、12時間+2時間。決して近い国ではない。そして、この地理的、時間的に遠い国にも日本語を学ぶ人達がいる。

I 日本語教育機関

 高等教育機関としては ワルシャワ大、アダム・ミツケビッチ大、ヤギェウォ大に 日本学科が置かれ、主専攻で教えられている。この3大学での学生数は約230名。その他 8つの大学で正規の選択科目として日本語講座が開かれている。

 また、中等教育機関では国内7つの高校で、協力隊員によって課外授業という形で教えられており、その他一般社会人、児童向けの講座もウッジやクラクフにある。
国内の総学習者数は 約1500名程度。(別紙機関リスト参照)

II 学習目的、動機

 日本学科の学生の場合、難しそうな言語だったからという理由が日本文化・文学に対する興味とほぼ同率で表れる。次いで クロサワの映画や日本武道(柔道、剣道、空手、合気道)からの興味が続く。経済的に優位な言語をというアジア型の動機とはこの点で大きく異なる。

 近年安い生産コストに惹かれ、ポーランドに進出、あるいは西側諸国から生産拠点を移す日本企業が増えているが、卒業生達がこれらの企業で働くようになれば、新しい動機・目的が加わるものと思われる。

 高校生や児童の場合は まんがや日本製アニメの影響が大きく、今後この層の学習者が増えていく可能性もある。

III 各教育機関の問題点と今後の課題

 日本学科のある3大学では 教師、教材、指導法、コマ数等に恵まれており、日本人と話す機会が少ないことを除けば比較的大きな問題はない。その他の大学では授業コマ数の点で、留学試験のレベルにまで日本語能力が達しない。

 高校では、正規授業でないため強制力がないこと、コマ数が週、1,2時間と少ないないこと、言語的な指導よりもむしろ文化紹介に重きが置かれること等のため、日本語能力に関して言えば、卒業時に初級Iの半分程度といったところである。学習者の興味をどのように惹きつけ、学習を継続させるかが課題になっている。

一般講座では 児童向けの講座で1年生用国語教科書が使われているところもあり、教科書や副教材、指導法の情報交換の場の提供の必要性を感じる。

 これらの現状からすると、日本語教師のネットワークを早期に立ち上げ、日本語教育の自立支援体制を整えることが必要と言えよう。

IV 担当業務

1) 学内

  1. 1.通常授業  10コマ/週
    メインテキスト。ポーランド人教師とのチームティーチングなので、学生達は既に文法説明をポーランド語で受けていたり、あるいは後で疑問点を母語で確認することができるため、応答練習などが中心となる。 中級以上には 能力試験対策、国際日本文化研究センター対策として2級文法などの機能語学習の時間を設け、上級ではNHKのビデオや新聞記事で時事問題の語彙を導入している。
  2. 2.対教師
    教師は日本語学科を卒業し、文部省や基金の長期研修で日本に1年以上滞在しており、日本語でコミュニケーションをとるには殆ど問題はないが、学生からの質問や、自分の研究テーマについて時々質問を受けることがある。
    信頼関係を築くために時々パーティーを開くが、居住地が離れていたり、他の仕事と兼任だったりして 全員が一同に会することはない。
  3. 3.ボランティア教師の受入れ
    今年度日本学科としては初めて民間派遣企業からのボランティア日本語教師2名を受け入れた。学生達は生きた若者言葉に直に接することができ、同世代の若者の考え方にも触れるいい機会だったと思う。殆ど日本人と話すチャンスがないこの町にあっては常に気軽に話せる相手の存在は大きかったと思う。
    彼女達は教室の後ろで自由に授業を見学して1年を過ごした。
  4. 4.特別講義の調整
    アイヌ語の村崎恭子横浜国大教授の集中講義が11月に1週間行なわれた。
    また、5月にはラプカの自由参加合宿では 関西学院大の平山教授(金融論)と市川助教授(西洋経済史)に、経済学入門的講義をしていただいた。

2) 学外

  1. 1.スピーチコンテスト:
    毎年12月に大使館で行なわれる。今回は31名の参加でテーマは「私が出会った日本人」「ポーランドからみた日本」の中から一つを選択。時間は3分、その後質疑応答がある。出場資格は半年以上日本滞在経験者は除いた。
  2. 2.大学間留学協定への協力:
    日本の大学からの視察があり、協定がうまくまとまりそうである。
    経済格差の問題から自費で日本留学することは困難であることから、日文研以外で日本留学のチャンスが一つでも増えていくことは 学生にとっては朗報である。
  3. 3.学生の就職先情報の収集:
    日本企業の進出に伴い、日本語が話せる人材が求められている。ポーランド在住日本人との話の中で情報が得られることが多い。

V 派遣先ヤギェロン大学に見る大学教育

 ヤギェロン大学の歴史は古い。14世紀、カジミエッシュ大王により国家建設に有用な人材育成を目的に作られた。ヨーロッパではチェコのカレル大学についで2番目に古い大学で、コペルニクス、ヨハネ・パウロ2世らも学んだ学府である。

 その伝統は 入学試験や学期末試験のやり方に残されている。入試では筆記試験をパスした受験者に対し、1人30分程度の面接が行われる。日本史に興味があると言えば、平安時代の荘園制度について知っていることを述べよのような形式で、そこでの面接官とのやり取りを通して学生のmotivationの高さが測られる。

 学年末試験も同様に、筆記試験よりも口答試験を課すポーランド人教師が多い。学生はスーツにネクタイの盛装で臨み、封筒の中に入っている質問に答えていく。時々教師の軌道修正が入ったりして 質疑応答は1時間に及ぶ。教師にとっては1日5人を見るのが限界である。

 大学は単に日本語が話せるだけの能力を要求しているのではなく、あくまで日本研究ができるための文献を読み解く力、論文を書く力を求めている。その力がないとみなされた学生は容赦なく落とされる。

 少人数の選ばれた学生を大切に育てる姿勢は 伝統ある大学での理想的な教育と言えるであろう。

VI 私が見たポーランドという国

 日本が鎖国を解き、ポーランドが祖国を回復した1919年から、両国の国交が始まった。

 しかし、この国と日本の間には不思議な程 いがみ合った記録がない。樺太アイヌ語を記録したブロニツワフ・ピウスツキ、シベリアで死に直面していたポーランド孤児達を祖国に送り返した日赤の救援、ポーランド系ユダヤ人に通過ビザを発行し多くの命を救った杉原千畝。

 1989年の旧体制崩壊から12年、発展のスピードは速い。しかし、西側資本の大型スーパーに有り余るほどの品物があっても 砂糖や小麦粉を10キロ20キロとまとめ買いする人達は 物がなかった時代の恐怖からまだ抜け出せないでいるのかもしれない。

 また、インフラ整備は情けないほど遅れている。道路は凸凹、街灯は暗く、町の中心を離れると真っ暗闇の世界になる。ワルシャワークラクフを結ぶ高速道路さえもない。

 医師や大学教員の給料は生活できないほど安く、失業率は20%にもなる。大学を卒業したばかりの優秀な人材を活用する場さえないことが この国の経済を悪循環の輪の中に留まらせている。

 しかし、教会で祈りを捧げる人、公園の木漏れ日の中で日がな一日を過ごす老人達、老人が乗ってくると一斉に席を立つ若者。仕事帰りに道路に張り出したカフェで談笑する人々。1000円で見られるオペラやコンサート。
 真の豊かさを学ぶのはどちらだろうと考えてしまう国である。

別紙機関リスト
機関名 所在地 学習者数 授業形態 使用テキスト コマ数/週 教師数 教師の種類 その他
ワルシャワ大 ワルシャワ 130 日本学科 初級日本語(東外大)他 別表参照 16 日本人教師3名 ポーランド人教師13名 夜間部あり
アダムミツケビッチ大 ポズナン 35 日本学科 初級日本語他 別表参照 11 日本人教師4名 ポーランド人教師7名 隔年募集
ヤギェウォ大 クラクフ 65 日本学科 初級日本語他 別表参照 12 日本人教師3名 ポーランド人教師9名 基金派遣
ポ日情報工科大 ワルシャワ 250 単位認定 JFBP 90分×3 ポーランド人教師 公立大 夜間部あり
ワルシャワ経済大 ワルシャワ 25 単位認定 初級日本語 90分×2 日本人教師(ワルシャワ大と兼務) 日本事情、日本文化も含む
ワルシャワ商科大 ワルシャワ 32 単位認定  選択必修第2外語 みんなの日本語 90分×2 協力隊員 私立4年制大学 秋より民間ICEA教師2名で運営予定
ポズナン経済大 ポズナン 50 単位認定 JFT 90分×2 日本人教師 有料コースを考慮中
コペルニクス大 トルン 35 単位認定 みんなの日本語 初級145分×1  初級390分×2 協力隊員 ポーランド人教師(文法漢字歴史) 自由選択授業
ウッジ大 ウッジ 24   やさしい日本語 60分×1 非常勤日本人教師 語学留学ができない
ウッジ工科大 ウッジ 80 単位認定 みんなの日本語 90分×1   協力隊員 4年生で26課終了程度 教室確保の困難性
グダンスク大 グダンスク 66 単位認定 みんなの日本語 日本語で話そう123 初級90分×2 中級90分×1 協力隊員 経済学部の2,3年生は第二外国語として
ブロツワフ第4高校 ブロツワフ 27 課外授業 がんばれ日本語 みんなの日本語 90分×1 協力隊員  
ブロツワフ第5高校 ブロツワフ 15 課外授業 がんばれ日本語 90分×1 協力隊員 今年より開講
ブロツワフ第8高校 ブロツワフ 40 課外授業 がんばれ日本語 60分×1 協力隊員 今年より開講
クラクフ第2高校 クラクフ 25 課外授業 みんなの日本語 がんばれ日本語 45分×1 + 45分(自主講座) 協力隊員 教室確保の困難性
クラクフ第13高校 クラクフ 課外授業 がんばれ、みんなの 45分×1 協力隊員 出席率の低さ
グダンスク私立高校 グダンスク 課外授業 みんなの日本語II 90分×2 協力隊員 4年生はみんなの日本語II
ノビタルク第一高校 ノビタルク 15 課外授業 がんばれ日本語、 みんなの日本語 45分×3 協力隊員 興味を継続させること
ポ日協会ウッジ支部 ウッジ 25 市民講座 自主教材 1年120分×1 2年100分×1 日本人教師 1名
ポーランド人教師 2名
講座運営が難しい
ポ日協会ポズナン支部 ポズナン 市民講座     ポーランド人教師  
ポ日クラブ シュチェチン   市民講座          
市民講座 グダンスク他 13 市民講座 みんなの日本語 90分×2 協力隊員 1年半で21課程度
日本美術技術センター クラクフ 15 市民講座 小1こくご J for college students 90分×1 90分×2 ポーランド人教師 小中学生7名 大学生7名+1
派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 ヤギェロン大学は、1978年に東洋学科選択科目として日本語講座が開設され1987年には東洋学科日本学専攻課程に発展した。現在、ポーランドの大学において正式に日本学科があるのは、ワルシャワ大学、アダム・ミツキエヴェチ大学及びヤギェロン大学の3大学のみである。この3大学での学生数は約230名。その他8つの大学で正規の選択科目として日本語講座が開かれている。 専門家は日本語講座での日本語教授、現地教師への助言のほか、日本語弁論大会、日本語能力試験などの事業にも関わっている。
ロ.派遣先機関名称 ヤギェロン大学
Jagiellonian University
ハ.所在地 ul.Pilsudskiego 13, 31-110 Krakow POLAND
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
ヤギェロン大学言語学部東洋文化研究所日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1978年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1987年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤9名(うち邦人3名)、非常勤4名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年:14名、2年:13名、3年12名、
4年6名、5年7名
(2) 学習の主な動機 「難しそうな言語なので」
「日本への興味」
(3) 卒業後の主な進路 大学院進学、
民間企業就職(含む日系企業)
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
4技能のうち、読み書き能力は日本語能力試験1級未
(5) 日本への留学人数 13名程度

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