世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ポーランドの日本語教育現場から ―この1年を振り返って―

ヤギェロン大学
菅生早千江

はじめに

日本学科の図書資料室の写真
日本学科の図書資料室

 ポーランドの古都クラクフは、今年の4月、逝去したローマ法王・ヨハネパウロII世のゆかりの地としてニュースに登場しました。ユネスコ世界遺産の街は、献花や献灯のために集まる人々があふれ、悲しみよりも不思議な興奮に包まれているように思われました。

 私の派遣先、ヤギェロン大学は、ヨハネパウロII世の母校でもあり、14世紀から続くポーランド一古い大学です。日本学科(正式名称は文献学部・東洋学研究所・日本中国学科)は1978年に開始された新しい学科ですが、そこに赴任して1年が終わろうとしています。

 日本学科は1学年が12人ほど、1クラスが1学年という小さな学科で5年生まで(卒業時には修士)という制度となっています。入試の倍率が十数倍の人気のある学科でもあり、英語力の審査と面接を経て合格した学生は優秀で、学習動機を明確に持っています。

派遣専門家としての業務について

ポーランド人講師による文法の授業・2年生の写真
ポーランド人講師による文法の授業・2年生

 派遣者としてのヤギェロン大学での仕事は、第一に、会話の授業を、文法説明を担当するポーランド人講師と連携しつつ行うことです。

 また、文部科学省の「日本語・日本文化研修留学生(日研生)」の試験や、ポーランドで昨年から実施されるようになった日本語能力試験の対策は、力を入れていることでもあります。日研生といえば、ポーランドの合格者数はここ数年20名程度で、非漢字圏の国の中では一位とのことです。内訳は、ヤギェロン大学を含む3つの日本語主専攻の大学(ワルシャワ大、アダムミツケヴィッチ大)で三分の一ずつというのが例年で、学生にとってもこの試験に合格することは大きな目標の一つです。そのため対策の勉強会も熱が入ります。

 学生たちを見ていると、3年生を中心に受験するこの試験の合否が、その後の学習態度に影響しているようです。晴れて留学の機会を得た学生は、運用能力を飛躍的に向上させて帰ってきますし、一方で、どうしても留学の機会に恵まれず、元気のない学生もでてきます。教師としては、できるだけ多くの学生を合格させたいのですが、同時に、それのみを目標として学習に駆り立てるのではなく、日本語に対する興味を維持し続けるための他の目標も必要なのではないかと、来年度のあり方を考えさせられています。

任校を離れた業務について

 ポーランドには、2005年2月の調査で、高校、大学、市民向け講座などを合わせて約40の日本語教育機関があり、延べ人数で約100名の教師(ポーランド人教師50名、日本人教師48名)が日本語教育に携わり、約1500人の日本語学習者がいます。これまで青年海外協力隊員が担ってきた高校における日本語教育が、隊員の派遣停止を受けて若干収束しているものの、大学や一般市民講座における日本語教育は拡大しているといえます。

 日本語教師が任校を離れての私の業務は、国内の日本語教育事情の調査のほか、同じクラクフにある「日本美術・技術センター(通称マンガセンター)」の日本語講座を必要に応じてサポートすること、また「ポーランド日本語教師会メーリングリスト」の管理や活動企画に携わることです。このメーリングリストは、前任者の尽力で、所属を越えたネットワークを構築することを目的に、2003年10月に発足したもので、現在40数名の参加者がいます。赴任直後から、このメーリングリストに関して、メンバーである他機関の先生方と話し合う機会を持ってきたことで、最近は率直な意見交換ができる人間関係ができてきました。

業務の課題について

 任校内の業務も、任校を離れた業務もいずれも大変刺激にとんだやりがいのある仕事であると同時に、課題も多くあります。

 学内では、日本語を外国語とする環境でありながら、学習者の半数がいわゆる中上級であるというところは非漢字圏としては珍しく、日常の授業の実践でもいろいろな工夫が可能であり必要だと思っています。授業以外にも、卒業生の動向調査、同窓会名簿の作成など、日本学科のこれまでの歩みを何らかの記録としてまとめるという仕事もあります。

 ネットワーク構築のための業務では、各地から教師が集まるということだけでも、交通費など個人の負担を伴うという制約があります。制約がある中でも、活動を模索しつつ、先日は集まれるメンバーだけでもと集まって勉強会を開くなどの活動を行いました。今後も現状に照らした活動のあり方をメンバーと一緒に検討していく必要があります。

おわりに

 ポーランド自体は、日本学・日本語教育のレベルは高いと思われます。その一因として、10年、20年あるいはそれ以上、この地で日本語教育を支えてきた何人もの日本人日本語教師の存在は特筆すべきことだと思います。そのポーランドにおいて、2、3年という任期の基金派遣者の役割は何だろうと自問自答していましたが、現在は以下のように考えています。任校にあっては、現場を持つ教師として、また大学の教職員としての責任を果たすこと。また、ポーランドを見渡した場合には、「情報交換の機会」のコーディネーターとしての役割を果たしたいということです。その結果、派遣者が帰国した後も、ここで日本語教育を支える先生方に、有益な情報を交換し合えるという関係が残れば、こんなに嬉しいことはありません。

 赴任後、あっという間に過ぎた1年ですが、次年度に向けて問題意識を高め、真摯に取り組んでいきたいと思います。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
及び業務内容

<派遣先機関の位置付け>
ポーランドに於ける日本語主専攻の大学のうちのひとつ。
日本語以外に、文学、日本史、日本地理、東アジア文明等、広く日本学一般をカリキュラムに取り入れている。

<業務内容>
(1) 通常授業および留学試験対策勉強会など。週6~10コマ程度
(2) ポーランド人日本語教師との連携
(3) 大学間交流等の連絡窓口
(4) 国際交流基金の各種プログラムへの申請、応募などの連絡窓口
(5) ポーランド国内の日本語教育事情調査
(6)ポーランド日本語教師会メーリングリストの管理、活動の支援

ロ.派遣先機関名称 ヤギェロン大学
Jagiellonian University, Institute of Oriental Philology, Department of Japanology and Sinology
ハ.所在地 ul.Pilsudskiego 13, 31-110 Krakow  POLAND
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
学科名称
文献学部東洋学研究所日本中国学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1978年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1987年
(ロ)コース種別
日本語主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
8名(内 邦人3名) 非常勤  2名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   各学年11名~13名、合計約60名
(2) 学習の主な動機 日本文化(伝統文化、アニメなど近年の文化)、文学、武道
(3) 卒業後の主な進路 博士課程進学、留学、日系企業での企業内通訳・翻訳など
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
2級、留学経験者は1級
(5) 日本への留学人数 国費7名、協定校1名

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