世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ウラジオストクの伝統教育に「新しい風」を

極東国立総合大学 東洋学大学
山田光子

極東国立総合大学東洋学大学の写真
極東国立総合大学東洋学大学

 新潟空港からわずか1時間半の距離にあるウラジオストク。その地理的条件から日本は"近い国""憧れの国"であり、特に日本海側の各県との文化交流は年々盛んになっている。日本語に対する関心も高く、現在ウラジオストクにおける日本語学習者の数は3000人を超え、小学校から日本語や日本文化を学ぶ子供たちもいる。その中で、長く極東地域全体の日本語教育を支えてきた当大学が担う役割は大きい。

 現在、極東国立総合大学日本学部において日本語を学ぶ学生は約250名にのぼる。日本語を生かす仕事に就くチャンスは少ないものの、毎年数名の公費留学生を日本に送り出し、私費で日本を訪れた経験を持つ学生も多い。経験豊かな教授・助教授陣が多く、学生たちは比較的恵まれた環境にあると言えるが、近年は学生数増加に伴うレベル・学習意欲の低下が危ぶまれている。また30~40代の教師が皆無に近く、50代の教師たちが理想とする教育と、現在の学生たちに必要な教育には、少なからずギャップがあるように思える。

 特に会話能力に与える影響は大きい。昨年9月に赴任した当初、私は主に5年生の会話を担当した。学生たちは翻訳中心の授業に慣れてしまい、難解な語彙・表現のアンバランスな発話が多く、逆に日常生活に必要な表現が定着していなかった。また、すぐに辞書に頼る傾向も気になった。日本人教師の多くがロシア語の勉強を滞在目的としており、授業中にロシア語を使用することも多い為、私に対しても当然のようにロシア語で話してくる。私はまず、自分がロシア語を解しないことを伝え、「間違えることは恥ずかしいことではない」という意識を持たせながら言葉を引き出していった。学生たちの反応・理解度を見ながら、4年間の学習で足りないものを補うように進めていく、という数ヶ月であったが、徐々に学生からの積極的な発話も増え、学生たちに少しずつ自信が生まれてきたのがわかった。先日、その中のある学生と話した際、「クラスのみんなが、先生が話す楽しさを教えてくれたと言っています」と言われた時は、日本語教師として嬉しくもあり、レベル低下においては学生の意識だけではなく、教師の責任も大きいと痛感した瞬間でもあった。

シュコーラ(小学校~高校)で日本文化を学ぶ生徒たちの写真
シュコーラ(小学校~高校)で
日本文化を学ぶ生徒たち

 私が5年生の学生の中に見た"アンバランス"を解消するためには、5年間を通した確固たるカリキュラムが必要であることは言うまでもない。しかし、現在は大まかな担当の振分けがあるのみで、あとは個々の教師が自分の経験とノウハウで授業を進めている。ゼロから何かを築いていく新設校とは異なる"働きかけ"が、この伝統校には必要であることは容易に理解できたが、それを実行する難しさもすぐにわかった。私はまず、それぞれの教師のプライドを尊重しながら、できるだけ自由に意見の交換、あるいはアドバイスができる関係づくりを心がけた。特に、経験の少ない若い教師に対しては、どんな些細なことでも気軽に相談してもらえるよう、こちらからも積極的に話しかけるようにした。その結果、今では経験30年の教授にアドバイスを求められることもあり、カフェドラ(講座室)でのコミュニケーションが円滑になった。このように信頼関係を作ることが、何よりの変革の近道であり、専門家としての大切な役割の一つであると私は考えている。

 また、ウラジオストクでは私を含め現在12名の日本人が日本語教育に携わっており、「ウラジオストク日本語教師会」というネットワークを作っているが、その運営も専門家の任務である。現在は、約1か月半に1回のペースで教師会を開催。具体的な内容は、勉強会、各種イベントの告知・協力要請、総領事館からの連絡事項の伝達等であり、必要に応じて教材についてのアドバイス・貸与等も行っている。また、ウラジオストクは2001年より日本語能力試験の開催地となっており、専門家は責任者の一人として試験監督人員の確保、会場設営、当日の管理等に当たる。教師会に関しては、本来はロシア人教師の参加も促したいのであるが、複数の機関でのアルバイトで多忙な教師が多く、まだ本格的には実現していない。

 最後になったが、この教師会の会場を提供していただいているのが、極東国立総合大学と強い協力関係にあり、学内の一角に設置されている日本センターである。日本人スタッフも常駐しており、私自身もほぼ毎日顔を出し、情報入手や意見交換に務めている。日本が近いとは言っても、まだまだ学生たちが自分で得られる情報は少ない。私は、日本人としてタイムリーな日本の姿を伝えながら、専門家として伝統に甘んじない教育現場・・・いつも"新しい風"が吹いている日本語教育を目指したいと考えている。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 1899年に前身である東洋学院が創設され日本語講座を開始。1962年に極東国立総合大学東洋学大学日本学部が設立され、長年にわたり極東地域における日本語教育の中心的役割を果たしている。また日本語のみならず多分野の日本研究が行われており、他の東洋学研究においても優秀な人材を多く輩出している。北海道・函館にロシア語・ロシア文化を学ぶ分校を持ち、現在その卒業生数名が日本学部で日本語を教えている。専門家は、日本語授業の担当、教師会の運営、各種試験・イベントの補佐、大学・現地教師への助言等を行う。
ロ.派遣先機関名称 極東国立総合大学 東洋学大学
Far Eastern State University,Oriental Studies Institute
ハ.所在地 39 Okeansky Prospect, Vladivostok, 690600 Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
日本学部
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1899年
(1939年~1956年閉鎖)
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
主専攻 1)日本文学 2)地域研究 3)日本経済との両立専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤17名(うち邦人4名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   253名(1年58、2年64、3年54、4年45、5年32)
(2) 学習の主な動機 「日本文化・歴史への興味」「留学」「就職」「親の勧め」
(3) 卒業後の主な進路 「大学院・留学」「日露合弁企業等に就職」「日本語教師」等
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級程度(目標は1級)
(5) 日本への留学人数 10名程度

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