世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 先生も勉強しなくちゃ

モスクワ国際関係大学
萩原幸子

ウラル地方日本語教育セミナーの写真
ウラル地方日本語教育セミナー

 ロシアには国際交流基金の事務所も日本語センターもまだない。筆者はモスクワ国立国際関係大学(通称MGIMO)で週一日教えながら、在露日本大使館広報文化部のご協力を得てアドバイザー業務を行っている。今回はアドバイザー業務についてご報告する。
 アドバイザーと一口に言っても、実情の把握・教師や機関に対する教育上の支援・勉強会やセミナーなどの開催・弁論大会や能力試験など地元行事への協力等々、内容が多岐にわたる上、この広大なロシアにたった一人では大海原にたゆたう木の葉、波に翻弄されて大海が見えない恐れはあるものの、とにかく自分の手の届くところからと活動を始めた。
 お膝元のモスクワは、ロシアに於ける日本語教育の中心的存在であるアジア・アフリカ諸国大学(通称ISAA)をはじめ有力な高等教育機関が目白押しであり、著名な教授陣を擁して歴史も古く、交流基金の支援も行き届いている。そこで地方、中でも大使館の管轄地域にある拠点機関から実情把握に努めることとし、先生方のニーズを吸い上げながら教師会やネットワークの結成、勉強会やセミナーの実施などを順次行っていった。
 但し手の届く範囲といっても東は東シベリア永久凍土の上に建つサハ共和国の首都ヤクーツクから西はロシア最古の町の一つノブゴロド、北は北緯69度白夜とオーロラの町ムルマンスクと、外国へ行く以上の長い長い距離。時差もあって(ヤクーツクは日本と同じ6時間)かなりの強行軍になる。  
 地方の実情もまちまちで、既に教師会があり小規模な勉強会を行っている所もある。そうした所では勉強会を拡大して周辺地域との連携を図り、将来の協力関係を目指してネットワークを形成する。例えばノボシビルスクは西シベリアの中心的大都市だが、車で四時間余りの古都トムスクでも三大学で日本語を教えている。初回は別々に訪問したが二回目は合同で拡大勉強会を開いたところ、それまで全く交流のなかった両都市の日本語教師が一堂に会す貴重な機会となった。同様に工業都市エカテリンブルクの勉強会でもチェリアビンスク、チュメニの両都市からの参加者を得てウラル地方の大会とすることができた。尚チュメニ大学の日本語講座は昨年誕生したばかりで、積極的に地域との関わりを持ち先進地から学ぼうと努力している。
 勉強会は通常地元の指導的な先生を通じ先生方の要望を聞き、テーマを決め、会場や形式を選ぶ。セミナー形式のこともあれば先生方の発表会の形になることもある。初めは教授法や文法の問題点を講義するよう求められることが多いが、そればかりでなく日本研究の専門家に講演を依頼したり(ノボシビルスク)、初中等教育の先生方とともにユニークな実践報告や研究発表の場にしたり(エカテリンブルク、イルクーツク)、時には教師予備軍を含め討論会や懇談会を開いたりする(クラスノヤルスク、エカテリンブルク)。中には同じ町でありながら様々なわだかまりから話したこともなかった先生方が一堂に会し、手作りの昼食を共にしながら初めて胸襟を開いて語り合ったこともあった(イルクーツク)。 
 時に日本人の訪問は初めてという町もあり、ヤクーツク市から更に車で一時間、雪に埋もれたポクロフスクを訪れた時など、着飾った学校の生徒たちに歌や踊りの「熱烈歓迎」を受け、そこで臨時の授業を行う羽目になった。でもどうしてこんな田舎で(失礼!)日本語教育? 実はこの学校の校長先生が口琴の名手で日本に演奏旅行したことがあり、その時の日本への思いから生徒たちに是非日本語を教えようと思い立ったのだとか。外は吹雪、11月とは言え既に-30度を下回る寒さの中でまだ子供っぽい中学生たちの「アリガトウゴザイマス」には思わずほろりとする。そして毎週一回ヤクーツクからバスで通い続けるボランティア教師に一体どんな支援ができるだろうか考え込んでしまった。
 翻って地元モスクワの勉強会は毎月一回の例会が高等教育機関と初中等教育機関に分かれて行われる。特に後者の教師のためには日本人ボランティアの協力を得て小グループの勉強会が毎週開かれる。何れも日本語力アップのためで、大学教師の参加者は少ないが学校の教師は殆どが大学部会にも出席するなど活発だ。

日本語教育フェスティバルの写真
日本語教育フェスティバル

 この四月には昨年に引き続き「日本語教育フェスティバル」なる催しを行い、教育関係者や父兄を含め140名以上が集まった。これは普通の学芸会とは異なり、先生と生徒が共に「楽しく学ぼう」をテーマに様々な教室活動を披露しご批判を仰ごうというもので、ISAAや言語大学の専門家、日本人学校の校長先生などにもご出席願った。
 一部ご紹介すると、歌を聞きながらメロディーと色で漢字を識別したり、自己紹介やごく初歩的な文型のみで「かぐや姫」を紙芝居にしたり、TPRを取り入れた授業やゲームを来賓と共に楽しんだり---。ごく初歩の生徒が「雨」と「飴」のアクセントの違いを、いろいろなイントネーションを加えて「雨の日に飴を食べる」というコントにしたものなど、父兄たちも日本語の音声について一端を知ることができ興味を持ったようだった。また小学校三年生の子供たちがロシア民話「大きなカブ」を日本語でユーモラスに熱演し会場の子供たちが一体になって「うんとこしょ、どっこいしょ」と合唱した時は「あんまり可愛くて涙が出ちゃった。」(ある日本人教師の感想)
 今回は特別出演として教育大学の学生たちにも参加してもらった。日本語講座はまだ始まったばかりだが、将来学校教師になるかもしれない貴重な卵だからだ。ギター・ピアノ・バイオリンの伴奏にビデオも併用して、広島で被爆した少女の物語「さだ子と千羽鶴」を語った。会場はさすがにシーン。最後に「翼をください」を熱唱し終わると万来の拍手。
 今年もフェスティバルは無事終わった。まだまだ問題山積だが、こんな事があると性懲りもなく、またまた気力が湧いてくる。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 モスクワ国立国際関係大学は、1944年にモスクワ大学の学部から独立、日本語教育は1954年9月に開始された。同大学は国際経済、国際法、国際関係、国際ジャーナリズム各学部が中心で、日本語は国際関係学部に所属し、韓国・モンゴル・インドネシア語と共に一学科をなす。今般、モスクワに派遣した専門家は、派遣先機関では週1日授業を担当しているが、他の日は、在ロシア日本国大使館と共同し日本語教育アドバイザーとしてロシア全体の日本語教育支援の見地から、教師の養成・研修、日本語教師会へのサポート等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 モスクワ国立国際関係大学
Moscow State Institute of International Relations
ハ.所在地 76 Vornadsky Prospect, Moscow 117454, Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名

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