世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ロシアにおける日本語教育2004

モスクワ国立国際関係大学
境田徹

1 今日のロシアにおける日本

にほんごしんぶんの写真
にほんごしんぶん

 モスクワ市内いたるところで目にする「ЯКИТОРИЯ」「СУШИ БАР」の文字。――日本語での発音は「やきとりや」「すしバー」。一時的なブームというよりは、かつて日本でマクドナルドが市民権を獲得していった時代を思わせる現在の日本の食文化の浸透は、広大なロシアの地方都市にも及んでいる。
 食文化だけではない。地方都市でも、書店に足を運べばロシア語に訳された村上春樹のハードカバーが並んでいるのが当たり前、映画館前では北野武作品の写真を目にすることもできるようになり、DVDの陳列棚に宮崎アニメを見つけることも難しくはなくなった。
 生活の中におけるこれら日本の浸透は、ロシアの人々の対日観を変える一因となるとともに、従来の日本を再考する機ともなっている。北海道や日本海沿岸にある幾つかの自治体をのぞき、いまだロシアを遠い国だと感じることの多い日本人にとって現在のロシアのこの状況を想像することは難しいかもしれないが、ロシアの人たちにとって日本は近い国になりつつある。

2 ロシアにおける日本語教育の情況

 このような状況下、日本語を学んでみたいと考えるロシアの人たちも増え、日本語専攻の学生を募集している大学では入学時の倍率も上がっているという。しかし、実際に日本語を学ぶ人の数でみると、それは希望者の増加を反映するほどには増えていない。希望者を受け入れるだけの教師・教室・教材の確保が困難であることが多くの機関に共通する主な理由であるが、卒業後日本語を生かす道が開けていないなかで募集人数を増やすのはどうかと判断している機関もある。
 現在、ロシアでは二十以上の町で日本語教育が実施され、日本語教育を実施する機関も十数年前に比べると5倍以上に増えたが、将来的に安定した日本語教育を続けていけるだけの教授体制を確立している機関は多いとはいえない。 
 教師の仕事だけでは生活もままならないこの国の現況では、離職を余儀なくされる教師も少なくなく、仕事をかけもちしている場合がほとんどである。授業準備、教材作成等に時間を費やすことが限定されるなか、熱意ある教師の力によって支えられているというのが今のロシアの日本語教育の状況であり、このなかでどのように機関の日本語教育を継続、進展させ、日本語を学びたいという意欲ある人たちにこたえていくかが、アドバイザーに求められる主要な課題となっている。

3 アドバイザー業務

 教師の離職によって日本語教育の継続が難しくなるという状況を回避しつつ、教育の質の向上をはかるためにアドバイザーとして力を入れているのは、全ロシアを見渡した、地域内・地域間のネットワーク構築、教育現場にすぐ反映できる教材の活用と教授法に重点をおいたセミナーの実施、学習者自身のモチベーションを向上させ自律学習につなげるための働きかけである。特に、近い将来日本語教育に携わることのできる人材育成に力を入れている機関に対しては、教育実習にそなえて定期的な出張講義を行っている。
 また、業務基盤となるモスクワでは、日本語教師会初中等教育部会、高等教育部会の組織化を支援する活動として、在ロシア日本大使館広報文化部の協力を得て、それぞれの部会のセミナーを毎月実施している。両部会はモスクワに派遣されているNIS諸国日本語教育専門家と業務を分担して行い、筆者がセミナー講師をつとめる初中等教育部会では、シコーラやリツェでの学習者が楽しみながら日本についての理解を深め日本語を学習するための「モスクワにほんごしんぶん」の発行、各機関が自分たちの日本語教育の成果を発表しあう「日本語教育フェスティバル」開催などの活動を行っている。
 セミナーでの講演、出張講義、刊行物作成への協力、学習発表会への助言、eメールで寄せられる日本語教育に関する問題への返答、モスクワ国際関係大学での講義等の業務を通じ、多くの教師、学習者から力をもらう日々。日本語を学びたいと思う者が一人でも多く希望通り日本語を学習し、身につけた日本語を生かせる場をもてるようになるためにも、日本とロシアの間のいろいろな道が開かれることを願うと同時に、日本語教育での交流を相互理解の基盤づくりにつなげていきたいと考えている。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
モスクワ国立国際関係大学は、1944年にモスクワ大学の学部から独立、日本語教育は1954年9月に開始された。同大学は国際経済、国際法、国際関係、国際ジャーナリズム各学部が中心で、日本語は国際関係学部に所属し、韓国・モンゴル・インドネシア語と共に一学科をなす。今般、モスクワに派遣した専門家は、派遣先機関では週1日授業を担当しているが、他の日は、在ロシア日本国大使館と共同し日本語教育アドバイザーとしてロシア全体の日本語教育支援の見地から、教師の養成・研修、日本語教師会へのサポート等を行っている。
ロ.派遣先機関名称 モスクワ国立国際関係大学
Moscow State Institute of International Relations
ハ.所在地 76,Vernadsky Prospct. Moscow 117454
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家:1名

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