世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本へ2時間のロシア―ハバロフスクでの日本語教育

ハバロフスク国立教育大学
宮木 麻子

 「○○引越しセンター」、「○○土木株式会社」などの文字のある車をハバロフスクの街ではよく見かける。赤と白の見慣れた救急車も走っている。これらは日本からの輸入中古車である。
 日本・ハバロフスク間は飛行機でわずか2時間という近さ。そのため、中古車が大量に輸入されている。これらの車に書いてある日本語(読めないにしても)を目にすることは、ハバロフスクの人々にとって日常の一部なのである。
 日本からやってくるのは中古車だけではない。
 近年、ハバロフスクでは急激に日本人観光客が増えている。雄大なアムール川、市外から車で1時間半の先住民族ナナイ人の村シカチ・アリャン、電車で2時間のユダヤ自治州ビロビジャン等、見所が多いこの街へ手軽にロシアを味わうためにやってくるのだ。
 日本人観光客の急増に伴い、観光ガイドの需要が高まっている。そこで日本語を学ぶ学生達がアルバイトとして雇われるのである。旅行会社は競って学生向けのガイド養成コースを開講し、厳しい試験にパスしたものをガイドとして採用する。学生は真剣である。なにせ、通常のアルバイトが時給30ルーブル程度のところ、ガイドを1日すると3000ルーブルから時にはそれ以上を稼ぐことができるのである。授業を休んでテスト勉強に励む者も出てくるほどだ。
 正規の教育機関以外の場でも、子供から大人までが学習している。派遣先機関の夜間学校の日本語クラスは非常に人気があり、教師が足りないほどだ。
 もちろん、学習の目的はガイドになるためだけではない。武道や、伝統文化、アニメ、映画などに興味を抱き日本語を学びたいという学習者もまだまだ健在である。
 また、日本人の知人がいる、親類が日本に住んでいるという学習者も少なくない。「日本の友達にメールを書きたいが、どう書いたらいいか」といった質問もしばしば受ける。
 しかしながら、多くの学習者は実際には日本人と直接に会って話す、日本文化を体験する、日本語を生かした仕事をするという機会に恵まれているとは言えない。そのような者の多くは、学習を始めてはみたが次第に動機が曖昧になり、展望を失い、学習意欲が薄れていくのである。
 そこで私が目指したのは、そんな彼らに日本語学習の動機を思い出させること、そして日本語を使う場の可能性を見出させることだった。そのためには直接日本人に会うことが必要だと考えた。

日本人ゲストを招いての会話授業の写真
日本人ゲストを招いての会話授業

 3年生の授業では、最終課題として日本人のゲストを教室に招いてインタビューし、それを記事にするというプロジェクトワークを取り入れた。電話で招く段階から学生にさせた。一度も電話で日本人と話したことのない者が多く、代表者が電話をかけている間、固唾を飲んで見守り、電話を切った瞬間に歓声を上げて事務の女性に睨まれるほどだった。インタビューでは学生の顔が生き生きとし、また相手を気遣いつつ会話する様子が見受けられ、ポライトネスの学習の成果が表れていると感じた。教室を出てからも興奮した様子で、「日本語で日本人と楽しく有意義に会話をした」という満足感と達成感を感じているように見受けられた。
 また、課外活動の「日本語クラブ」では現地在住日本人の協力を得て茶道体験教室を行った。「お点前頂戴いたします」と言う神妙な顔から、お茶の精神性を理解しているように感じられた。どの学生も非常に満足した面持ちで教室を後にした。中にはロシア式のお茶会を企画したいと申し出る者もいた。日本の文化を体験するだけでなく、自国の文化と比較したり再発見したりと、その日の体験を自分なりに味わい、深めることができていると感じた。

進路セミナーの写真
進路セミナー

 さらに、日本語学習の動機の再確認と、今後の可能性を示すため「進路セミナー」を行った。日本センター、日系企業、旅行会社、日系企業に勤務する卒業生、留学経験者の協力を得てそれぞれ講師として招き、日本語を使った仕事の展望や、経済・社会の動向、経験等を語ってもらった。学生はメモをとりながら耳を傾け、終了後は直接講師と挨拶を交わしたり名刺をもらいに行ったりと非常に熱心であった。ある学生の「こういうセミナーをやってほしいと思っていました」という言葉が印象的だった。
 これらのイベントを通し、学生は薄れていた学習意欲を取り戻し、学んだ日本語をいかに生かすかが重要なのだと気付いてくれることを願っている。
 また、イベントに協力してくれた大学側へも、これらの働きかけを積極的に学生に行っていくことが彼らの学習意欲を増し、熱心に学習に取り組ませるための刺激となるということを提示することができたのではないかと考えている。
 ハバロフスクにおいて、今後も日本語学習熱は衰えることはないであろう。広いロシアにあって距離の近さという幸運が生んだこの状況だが、多くの学習者が日本語話者として活躍し、日本とロシアを結ぶ架け橋となって両国の関係をより近いものにしていくことを願ってやまない。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
ハバロフスク地方において、当大学は、この地における日本語教育の中心的役割を担う。卒業時に日本語及び英語教師の資格が得られる。卒業後は主な日本語教育・日本関係機関で活躍している。2001年度からは「通訳養成コース」が設置され、より実務的な日本語の専門家養成を目指すこととなった。専門家は3・4年生の授業を週8コマ(90分/1コマ)担当し、会話や作文等を中心に授業を行う。その他、学科運営への提案、授業内容、教材へのアドバイス、若手教師の育成等を行う。また、週1回の課外クラブ「日本語クラブ」の顧問として学生とともに活動した。
ロ.派遣先機関名称 ハバロフスク国立教育大学
Khabarovsk State Pedagogical University
ハ.所在地 Karl Marx st.68 68000 Khabarovsk, Russian Federation
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
東洋語学部日本語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
主専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤 9名(うち邦人0名) 非常勤 3名(うち邦0人)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   209名(1年52、2年38、3年51、4年36、5年32)
(2) 学習の主な動機 日系企業への就職希望、留学、日本文化への興味、通訳希望、日本語教師希望
(3) 卒業後の主な進路 日本語教育機関、母校に就職、旅行社、ホテル、などに就職
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験2級程度
(5) 日本への留学人数 3,4名程度

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