世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 日本語教育を生かした人的交流へ

モスクワ大学付属アジアアフリカ諸国大学
境田 徹

1 ロシアのなかの日本

ロシアで発売されている村上春樹作品とアニメ映画のDVDの写真
ロシアで発売されている村上春樹作品とアニメ映画のDVD

 日露和親条約締結から150年を数える2005年、ロシアではロック界のカリスマ的存在であるディアナの歌う「島唄」がヒットチャートをにぎわせ、宮沢和史とのコンサートはロシアの人々に日本の新たな一面を印象づけました。コンサートから数ヶ月、日本語学習者との話のなかで「島唄」に話題が及ぶことも度々ですが、そんな時にサビのひと節を心地よい日本語で歌い聞かせてくれる人にも会えるようになりました。
 自動車、電子機器、ゲーム、文学、アニメ、映画、食文化……。極東、モスクワのみならず、ロシアのさまざまな土地に暮らす人々の生活のなかでも日本が市民権を得ようとしている状況を反映し、多様な学習動機から日本語にも目を向ける人たちがいろいろな町で増えつつある今日、ロシアの日本語教育も以前とは状況を変えてきています。

2 ロシアの日本語教育

 今の時期のロシアにおける日本語教育は、歴史的にみると転換点に位置づけられるものとなりうるように思われます。日本人と日本語でコミュニケーションをとることがあまり現実的ではなかった時代の教育から、日本へ行き日本人と話したいと願う人たちを対象に含んだ教育へと移行するなかで、日本語教育の担い手も、日本語教育の内容も変化してきました。
 具体的には、ここ十数年の間に留学・訪日研修参加の経験をもつロシア人教師が増え、教師不足の問題をかかえていた機関や新しく日本語教育を始めた機関を中心に、さまざまな経験を有する日本人が教壇に立つことも多くなってきました。
 また、日本語学習の進め方においては、使用頻度や易しいものから難解なものへという方向性を基盤にした効率的なやり方が優先される一方で、難解なものに挑戦し、時間をかけて向き合うという伝統的学習スタイルも健在。文法事項、語彙の提出順や習得技能のバランスなどの面において、一般的な日本語教育の物差しではかることのできない例は少なくありませんが、ロシア的習慣・考え方に根ざしたものに対する価値は今も受け継がれています。
 このように今のロシアにおける日本語教育は、古いものと新しいものとが混在し、教師個々の考え、教授技術によって多様な教え方で進められている状況といえます。

3 日本語を生かした人的交流へ

第4回日本語教育フェスティバルの写真
第4回日本語教育フェスティバル

 モスクワに派遣される日本語教育専門家は、派遣先大学の授業とロシアの日本語教育のアドバイザー業務を兼務していますが、アドバイザーの主要業務のひとつとして地方都市の日本語教育支援、ネットワーク構築を行っています。
 高速インターネット、高速物流システムが整備され、ネットワークのスピード化が加速している今日の世界ですが、ここ広大なロシアにおいては、一般庶民がそれらを簡単に利用できるという段階にはまだ至っておらず、特に時間を優先した物や人の移動に関しては時間的にも金銭的に負担を強いられるのが現状です。
 このような状況下、学習者・教師が土地を離れることの難しい地方都市に対しては、実際に現地を訪問しての支援が大きな意味をもっています。現地の日本語教育で問題になっている点、特に学習到達目標との関連において不足している教材、教師に求められる教授方法を整理し、訪問前にはその後においても活用効果の期待できる資料を作成します。そして訪問時は可能な限り多くの日本語学習者、教師に会う機会が得られるよう、持参した資料をもとにした講義、セミナー講演、勉強会を行っています。
 このような学習者・教師と向き合う場は、各地域の日本語学習者、教師の様子を知る貴重な機会ともなっています。日本語学習についての質問のほか、日本語を生かして自身の専門分野で力を発揮したいと願う人たちからの留学に関する発言や、日本語を使って働きたいという希望、地理的な制約から能力試験や留学選考試験を受験できないことに対する要望などを聞いていると、学習者・教師のこのようなエネルギーをどう人的交流につなげていくかがロシアにおけるこれからの日本語教育の方向性を左右する課題であると感じます。
 現在のロシアでは、大学間提携をもつ大都市、極東の一部の特定機関をのぞき、留学・訪日研修の機会を得るための多くは、文部科学省または国際交流基金のプログラムに依らなければならない状況です。旅費・奨学金等、解決しなければならない問題は多いですが、今後、日本の眼が日本の大学との提携を希求するロシアの地方都市の機関に今以上に向けられるようになり、言語に裏打ちされた多分野でのロシアと日本の関係構築にむけて、将来性ある優秀な人たちの交流が可能となる道筋が増えていってほしいと願っています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
当機関は通称ИСАА(イサ)と呼ばれ、旧ソ連最高の日本語教育機関として内外にその名を知られている。文学作品の翻訳、教科書の執筆、通訳等の活動で著名な教授陣を揃え、ロシアの日本語教育を牽引してきた。派遣専門家の業務は、日本語の授業と教授陣のコンサルテーション、教材作成への協力等。また、ИСАА派遣専門家は、在ロシア日本大使館の協力を得てロシアにおける日本語教育アドバイザー業務を兼務。モスクワでの日本語教師会セミナー、勉強会の実施、日本語教育関連行事の推進、教材作成のほか、ロシア各地の日本語教育機関を訪問しての講義、セミナー講演等による日本語教育支援、ネットワーク構築等を行う。
ロ.派遣先機関名称 モスクワ国立大学附属アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Countries, Moscow State University
ハ.所在地 Mohovaya str. 11, Moscow, 103009, Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
アアジアアフリカ諸国大学(モスクワ国立大学の一学部)
*学習者は文学専攻、歴史専攻、経済専攻に分かれる
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1956年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤18名(うち邦人2名)、非常勤1名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年40名、2年40名、3年32名、4年29名、5年16名
(2) 学習の主な動機 日本語・日本文化への関心、留学、日本での就職
(3) 卒業後の主な進路 一般企業・日系企業就職、日本滞在、進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定1~2級
(5) 日本への留学人数 20~30名

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