世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) シベリアに赴任した自称・アドバイザー型ジュニア専門家

ノボシビルスク国立大学
深水 豊

ノボシビルスク国立大学の写真
ノボシビルスク国立大学

 ロシアでは日本語教育専門家はモスクワに1名、ジュニア専門家は極東に3名とノボシビルスクに1名派遣されている。モスクワと極東とのちょうど中間地点にあって「シベリアの首都」と形容されるノボシビルスクに、ジュニア専門家が赴任する意義は大きい。今後、シベリア開発などで、シベリアと日本との交流は、拡大していくだろうとみられるからだ。

 ノボシビルスクの日本語教育は特異な歴史を有している。派遣先機関・ノボシビルスク国立大学(以下、「NSU」と略す)に日本語講座が設置されたのは、ブレジネフ時代の1970年のこと。旧満州・ハルピン生まれで日本語が母語同然の1人の女性が唯一の日本語教師だった。彼女は日本語教授に優れ、数多くの優秀な東洋学研究者・翻訳者等を輩出する。ソ連崩壊後、日本語ブームが到来すると、彼女の教え子らが一気に日本語教師として活躍した。その点、日本主導で行われてきた各地の日本語教育とは一線を画す。その結果、日系企業の進出がゼロという日本語学習上の「孤立環境」にあって、現在8つの大学に日本語講座が開設され、日本語学習者は1000人に上ろうとしている。

 ノボシビルスク日本語教師協会(以下、「協会」と略す)はすでに十分に自立化している。財政面では市立シベリア・北海道文化センター(以下、「センター」と略す)が支えており、日本からの支援は受けていない。また、人的資源という観点からも現地化している。協会の運営は現地教師らにより自主的に行われている。

 このような中、当地のジュニア専門家が果たすべき役割も、他の地域とは違ったものになる。筆者は、シベリアにおいて日本語教育のトップに位置するNSUのレベルを上げることと、シベリア地域のネットワーク構築に活動の主眼を置いた。

NSUのレベルを上げる

 NSUから担当を任されたのは、東洋学科1年生から4年生まで週1コマの会話授業である。つまり、1人の学生と接する機会は週1回に限られる。これでは会話の上達には不十分である。そこで、特設授業を週2コマ開講した。1コマは、前期は日本語能力試験1級対策、後期は原書講読。もう1コマは通年でビデオ講座を開講した。日常、生の日本語に触れるチャンスのない学生たちに機会を提供し、番組内容についてディスカッションを行った。このように、日本人である筆者と接する機会を増やしたのだ。

 また、なるべく日本人ビジターとのセッションを行うようにした。ノボシビルスクに半年以上、長期滞在する日本人は10人程度である。うち4人の留学生には全員協力してもらった。日本人訪問の情報があれば即座にセッションを企画し、ご協力いただいた。学生からは「日本人と話せば話すほど、日本語が上手になってきていると思う」「ビジターが来る前は45分間も日本語で話すのは難しいと思ったが、実際には時間があっという間にたった。とても楽しくて、役に立つ経験だと思う」などの感想が寄せられた。

 このような努力はモチベーションの向上に奏功したであろう。NSU東洋学科の日本語レベルは毎年上がってきており、2006年4月に協会・センターの共催で実施された日本語能力模擬試験では、初めて2年生が2級を受験、4年生で1級に合格する者が出た。これは、シベリア地域では他に例のないレベルの高さである。

シベリア地域のネットワーク構築

シベリア地域日本語弁論大会で講評する筆者の写真
シベリア地域日本語弁論大会で講評する筆者

 筆者は、ノボシビルスクのジュニア専門家はシベリアにおけるアドバイザー業務を兼務するものと認識している。発展途上のシベリアでは、学習者・教師が土地を離れることが難しい。そこで、実際に現地を訪問しての支援が大きな意味をもつ。任期中、イルクーツク(ジュニア専門家初訪問)、トムスクを各2回、クラスノヤルスクを1回訪問した。訪問して日本語弁論大会の審査委員長を務め、多くの学生と交流する。教師勉強会の講師をやり、連絡先を交換する。こうして、日本語学習者・教師のネットワークを構築するよう努めた。

 2005年11月のCIS学生日本語弁論大会。今回から設定された「原稿審査枠」の通知がそのネットワークで流れ、4名枠に対しトムスクとクラスノヤルスクの2名がシベリアから出場した。また、極東・東シベリア大会を勝ち抜いたイルクーツクの学生がCIS大会「優勝」という快挙を成し遂げた。筆者は会場で我がことのように喜んだ。

 イルクーツクはノボシビルスクの東、シベリア鉄道で片道31時間のところにある。クラスノヤルスクはノボシビルスクの東隣、鉄道で12時間。トムスクはノボシビルスクの北隣、バスで5時間の道のり。ロシア人にならって、高価な飛行機は使わず、列車やバスを利用した。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
当機関の日本語科は、1970年に開設され35年の伝統を有するシベリア屈指の日本語講座である。人文学部東洋学科・オリエントセンター、外国語学部を合わせると、130名以上の学生が日本語を学習している。特に人文学部東洋学科の学生は、シベリア各地のほかウラル山脈以西からも入学している。派遣先機関はシベリアにおける日本語教育・日本文化研究の中心であり、卒業生には東洋学研究者・日本語教師・翻訳者・通訳など数多くの人材を輩出している。ジュニア専門家は人文学部東洋学科の学生に対し選択必修の第1外国語(専攻)として日本語授業を行い、現地教師の支援を行う。
ロ.派遣先機関名称 ノボシビルスク国立大学
Novosibirsk State University
ハ.所在地 Pirogova str.2, Novosibirsk, 630090, Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 ジュニア専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
人文学部東洋学科(歴史学専攻・言語学専攻)、オリエントセンターおよび外国語学部英語学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1970年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 2000年
(ロ)コース種別
東洋学科:専攻、オリエントセンター:課外、外国語学部:副専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤8名(うち邦人1名)、非常勤2名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   主専攻で各学年10名・計50名、副専攻で50名、課外で35名
(2) 学習の主な動機 「日本語・日本文化への関心」「日本語文献講読上の必要」
(3) 卒業後の主な進路 「大学院進学」「日本語教育機関に就職」「一般企業に就職」
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
主専攻で日本語能力試験2級に合格する程度
(5) 日本への留学人数 年間2~4名程度

ページトップへ戻る