世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 夢と希望に満ちた環境づくり

モスクワ国立大学附属アジア・アフリカ諸国大学
池津丈司

日本ブーム -その光と影-

ウズベキスタン巡回セミナー(サマルカンド) の写真1
ウズベキスタン巡回セミナー(サマルカンド) の写真2
ウズベキスタン巡回セミナー(サマルカンド)

いまロシアでは,日本人が一人か二人しか住んでいないような地方の小都市でも寿司レストランがあり,村上春樹や最近のホラー小説が書店に並んでいる。モスクワの中心部にはスシをメニューに置いている店がそこらじゅうにあり,スーパーでは吉本ばななが平積みで売られている。

私が授業を受け持っているモスクワ国立大学付属アジアアフリカ諸国大学(以降ISAA)の場合はさらにすごい。街角やテレビからだけでなく,インターネットからも日本の音楽,マンガ,アニメがダウンロードされ,日本の若者文化はますます広まりつつある。ノートに陰陽師だの十二単だののキャラクターをびっしり描きこんでいる学生もいる。ちなみにいまクラスで一番人気のJ-POPDefTech(デフ・テック)である。

こうした日本文化への急速な関心の高まりを背景に,ロシアの日本語学習者と学習希望者は増加の傾向にあり,モスクワの学校外教育などでは供給が追いつかない状態である。

ISAAを見ると,1年生から5年生までの日本語専攻生170名のうち25名が現在日本に留学中である。優秀な教授陣と豊富な教材に囲まれ,交換留学制度や奨学金にも恵まれ,ちゃんと勉強してさえいれば,在学中に日本へ行くのも決して難しいことではない。就職にもまず不安がなく,彼らは勉強が忙しいとはいえ未来を約束された恵まれた存在である。

しかし,こうした明るく希望に満ちた光景はこのISAAをはじめモスクワのごく一部だけに見られるもので,目をいったん外へ向けると状況は全く異なってしまう。日本へ行ける機会も日本語力を生かした就職の機会も格段に少なくなる。

セミナーなどで地方の大学を訪れると,せっかく日本語を勉強しても使う相手も場所もないので,学生の動機付けの維持ができないとか,もうすぐ日本からの講師派遣が打ち切りとなって,日本語講座も打ち切りになってしまうという切実な相談を受けることが多い。交換留学プログラムがあればどんなにか励みになろうという声もよく聞く。

ロシアをはじめとするCIS諸国の日本語教育の現状は,むしろこのような悲壮な現場のほうが圧倒的多数なのである。

「フロンティアの日本語教育」

こうした状況を受けて,この4月カザフスタンで「フロンティアの日本語教育」と題したシンポジウムが開催された。

日本人との接触,日本語を生かした就職,日本への留学などの機会に乏しい地域の代表者がCIS全域から50名ほど集まり,このような地域の日本語教育のあり方や可能性について3日間にわたって話し合った。

日本文化の浸透とともに日本語学習者が増加する一方で,多くの学習者が夢見る留学や就職は,一握りの優秀な学生にのみに開かれた道である。交換留学のプログラムもなく,日本のビジネスマンもほとんど訪れない,学習者が高等教育に偏っているため,中等教育の教員という道もほとんどない。

高等教育に偏った日本語教育を中等教育にシフトすればいいと口で言うのは簡単だが,実現は容易でない。大きなトップダウンの力が必要だ。下意上達のほとんど見られないこの地域の社会で,現場の教師にできることはあまりにも小さい。学習意欲の維持は現場の工夫や努力だけでできるものでないということなのだ。

環境デザイナーとしてのアドバイザー

教育学の方面で学習者中心というコンセプトが主流となって以来,われわれ教師の立場は学習者の環境作りであると認識されるようになってきている。

教室や資料,学習発表や日本人との接触の機会提供など,学習者の日々の学習環境を用意するのは現場の教師の役目であり,公教育のカリキュラムなどもっと巨視的な立場から環境を整えるのは行政である。

アドバイザーは,その現場と行政の中間ではなく,現場と日本(国際交流基金)の間に立ってこの環境作りを支援する立場にある。学習者の進路や地域の産業構造を視野に入れた環境作りに,日本語教育の専門家として見解を持ち,それを各方面に発信していく役割をわれわれは担っている。

ロシアをはじめとするCIS諸国で日本語を学ぶ若者たちのために明るく夢と希望に満ちた環境を実現させたい。国際交流基金の方針が支援から推進へと大きく発展したいま,われわれの今後の活動に対する期待はロシアの大地のように大きい。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
当機関(通称ИСАА(イサア))はロシアの最高学府モスクワ国立大学の一学部に位置するが,研究機関と教育機関の両方の性質を持つので大学と称される。文学作品の翻訳,教科書の執筆,通訳等の活動で著名な教授陣を揃え,ロシアの日本語教育を牽引してきた。専門家は,日本語の授業,教材作成への協力等を行う。また,在ロシア日本大使館の協力を得てロシアおよびCIS諸国における日本語教育アドバイザー業務を兼務。各地の日本語教育事情調査,モスクワ地区でのセミナーや日本語関連諸行事の開催および現地化の推進,各地で行われる巡回セミナーの講師,その他諸行事への協力などを行う。
ロ.派遣先機関名称 モスクワ国立大学附属アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Countries, Moscow State University
ハ.所在地 Mohovaya str. 11, Moscow, 103009, Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 専門家1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
アアジアアフリカ諸国大学(モスクワ国立大学の一学部)
*学習者は文学専攻、歴史専攻、経済専攻に分かれる
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1956年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤19名(うち邦人1名),非常勤1名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年30名、2年45名、3年41名、4年21名、5年13名
(2) 学習の主な動機 日本語・日本文化への関心、留学、日本での就職
(3) 卒業後の主な進路 一般企業・日系企業就職、日本滞在、進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験1~2級
(5) 日本への留学人数 25名

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