世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) モスクワの中等教育で日本語教育がスタート

モスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国大学
池津丈司

モスクワの中等教育で日本語教育がスタート

日本語を学ぶ子どもたちの写真
日本語を学ぶ子どもたち

 昨年の9月からモスクワの12の中等教育機関で日本語教育が正課としてスタートした。以前から正課にしている2校とあわせて現在は14校で必修科目として教えられていることになる。課外活動として日本語を教えている学校も入れると約35校になるとされている。

 このプログラムはモスクワ市長の指示で一昨年計画され、わずか1年で実施された。われわれとしては、適切な支援を行うべく、これまで12校のうち9校を個別に訪問し、校長と面談したり授業を見せてもらったりして、現場の実施状況を調査してきた。

 ロシアの教育システムでは、行政の決める大枠がある一方で校長の裁量も大きく認められているようで、市当局の指示は当面8年生(日本の中学2年生に相当)からの導入ということだったはずなのだが、最も多いのは5年生から導入した学校であり、中には2年生からという学校もあったりする。日本の小学生である。

 クラスサイズは数名から10数名のところが多い。日本語専用の教室が設けてある学校があったり、校舎や校庭に日本コーナーを設けて日本人形や着物、民芸品などが飾ってあったりすることもある。

 親の希望で日本語を選ぶ子どもたちが多いとのことだったが、みんな楽しそうに勉強している。日本のイメージは科学技術の進んだアジアの先進国だ。日本の伝統文化に対する憧れも強い。しかし、日本のアニメやマンガなどのポップカルチャーに親しんでいる子どもは少ない。これらのものはロシアではインターネットを通じてしか手に入らない。だから、ロシアで日本のアニメやマンガを楽しんでいる多数派は、じつは大学生なのである。

 みんな楽しそうだとはいえ、いいことばかりではない。子どもに適した教材がないという問題がある。教室で最も多く使われている教科書は大学生用に開発されたもので、子どもたちには難しすぎるのだ。

 これについてはロシア人による児童用教科書の新たな制作が進められている一方で、既存の児童向け教科書を日本から購入することも検討中である。校長たちによると、最近のロシアは景気がいいこともあり、児童・生徒は少々高い教材でも自費で買えるのだという。また、DVDなどの視聴覚教材、教室を飾る五十音表、日本地図、ポスター、人形、民芸品などが欲しいという声もある。そういう声にもできるだけ応えられるようにしていきたい。

 教員の確保も問題である。いくつかの学校を掛け持ちで教えている教師がいたり、遠くカムチャツカから教員を呼んだ学校もあったりする。中にはフランス語の教師が毎週日本語を勉強してきて、同じことを子どもに教えるという自転車操業をしている学校もある。来年度、再来年度には深刻な問題となる恐れがある。

 これに対して、モスクワ市はモスクワ市立教育大学に日本語教師養成のコースを設け、4年後には優秀な教員が輩出できるようにした。また、当面の問題である不慣れな教師たちのために教員研修も新年度には行いたいとの考えである。

3年間を振り返って

筆者の講義の写真
筆者の講義

 私はまもなく3年の任期を終えて帰国する予定である。私はアドバイザーとして国際交流基金から派遣されているが、その仕事の内容は、派遣された地域の日本語教育の活性化を支援する仕事である。前述のような支援に加えて、セミナーや弁論大会などの各種イベントを開催したり、教師会をはじめとするネットワークの形成と強化を図り、地域が自立して日本語教育の活動を拡大していけるようあらゆる側面から支援する。

 ロシアにおける日本語教育の特徴は、弁論大会が非常に盛んなことでもある。モスクワを例に取れば、初中等教育機関の児童・生徒を対象とした「子ども日本語祭り」、大学生を対象とした「CIS学生日本語弁論大会」とその予選大会でもある「モスクワ学生日本語弁論大会」、モスクワで日本語を学ぶすべての学習者を対象とした「モスクワスピーチコンテスト」が開催されている。これに加えてモスクワでは「日本語教育フェスティバル」という教師が教室活動のアイディアを披露したり、生徒が日本語の歌を歌ったりという日本の学芸会のようなイベントも行っている。余談ではあるが、今年のこのフェスティバルには首脳会談のために訪れた福田総理も見えて、学習者や教員を激励していただいた。

 これだけイベントがあれば十分だろうと思われるかもしれないが、学習者の増加、多様化に伴い、学習者の動機付けの維持・促進のため、作文コンテストや漢字コンテストなど、イベントはまだまだ増やしていかなければならないと考えられている。そのためにはこれまで日本大使館やアドバイザーが主催したり、中心となって開催してきた各種イベントを順次現地の教師たちに引き継いでいくことが必要となる。われわれはこれを「現地化」と呼んでおり、この3年間で「CIS学生日本語弁論大会」を除く4つのイベントをほぼ現地化することができた。

 ロシアの日本語教育が今後ますます発展することを期待している。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
当機関(通称ИСАА(イサア))はロシアの最高学府モスクワ総合大学の一学部に位置するが,研究機関と教育機関の両方の性質を持つので大学と称される。文学作品の翻訳,教科書の執筆,通訳等の活動で著名な教授陣を揃え,ロシアの日本語教育を牽引してきた。専門家は,日本語の授業,教材作成への協力等を行う。また,在ロシア日本大使館の協力を得てロシアおよびCIS諸国における日本語教育アドバイザー業務を兼務。各地の日本語教育事情調査,モスクワ地区でのセミナーや日本語関連諸行事の開催および現地化の推進,各地で行われる巡回セミナーの講師,その他諸行事への協力などを行う。
ロ.派遣先機関名称 モスクワ国立大学附属アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Countries, Moscow State University
ハ.所在地 Mohovaya str. 11, Moscow, 103009, Russia
ニ.国際交流基金派遣者数 日本語教育専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
アアジアアフリカ諸国大学(モスクワ国立大学の一学部)
*学習者は文学専攻、歴史専攻、経済専攻に分かれる
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1956年
(2)専門家・ジュニア専門家派遣開始年 1993年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤19名(うち邦人1名),非常勤1名
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   1年生30名、2年生32名、3年生27名、4年生38名、5年生27名
(2) 学習の主な動機 日本語・日本文化への関心、留学、日本での就職
(3) 卒業後の主な進路 一般企業・日系企業就職、日本滞在、進学
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定1~2級
(5) 日本への留学人数 14名

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