世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ロシア日本語教育界期待の星、西シベリア

ノボシビルスク国立大学
山口 紀子

 「ロシアの屋根」ウラル山脈の東側からバイカル湖で有名なイルクーツクの西側までを「西シベリア」と呼びます。ちょうどロシアの真ん中あたり、首都モスクワから遠く離れ、日本からの直行便もない、在留邦人もせいぜい30人足らずで領事館もない。そんな地域に1000人以上の日本語学習者がいて、ロシアで唯一法人化された日本語教師会があり、日本学・日本語教育のシンポジウムが毎年開催されているというのはちょっと意外な感じがするでしょう。しかし西シベリアの日本語教育界は毎年着実に発展を遂げているのです。  

ノボシビルスク国立大学

ノボシビルスク大学日本文化祭の写真
ノボシビルスク大学日本文化祭

 ノボシビルスク市は西シベリアの中心、ロシアでも3番目に人口の多い大都市です。この市の外れに、ソビエト時代ロシア全土から科学者が集められて作られた学術研究所集合地区「アカデムガラドク」があり、派遣先校の「ノボシビルスク国立大学」があります。未来の研究者を育てるべく創立されたこの大学は、今でもそれぞれの学部が研究所の管轄下にあり、大学にも「ロシアの科学を支えている」という自負があります。

 日本語履修コースは2つあり、人文学部東洋学学科と外国語学部歴史類型学学科の双方合わせると100名近い学生が日本語を学んでいます。専門家の仕事の中心は1年生~5年生まで各週1回の「口頭表現」の授業ですが、実際には「日本や日本語に関係のあることは全て」と言っていいでしょう。同僚教師へのコンサルティングの他、論文・研究計画指導、出張授業、時には古文書の解読までありとあらゆる依頼が舞い込みます。学生のレベルも教師のレベルも高いため、必然的に専門家への要望の質も高くなり、毎日が勉強、勉強なのです。

シベリア教育協会

 ノボシビルスク市及び近郊都市の教育機関所属の日本語教師によって組織されているのが「シベリア教育協会」で、約15校が加盟しています。日本語能力試験や弁論大会、大学生研究発表会やシンポジウムなどが全て現地教師たちの力で企画され、実現されています。実務を執っている市立「シベリア・北海道文化センター」(以下、SHC)の職員と協力して各行事を企画・運営するのが専門家のもう一つの大きな役割です。それぞれの教育機関にも独自の日本関係のイベントがあるため、教師たちも専門家も行事に追われる毎日です。

 今年度、SHCの日本語教師を中心に「can-do=何かができる」を目標とする新シラバスに基づいた初級教科書を作成しました。「ロシアで日本語を学ぶ」学習者向けに場面に配慮したこの教科書がぜひ今後ロシア各地で活用されることを願っています。この教科書作成チームは、ロシア・CIS各地から教師の集まる会議でcan-doセミナーも行いました。ロシア教育省が外国語教育にヨーロッパ・スタンダード(CEFR)を取り入れると決めてから久しいですが、まだまだ現場への周知が徹底していないのが現実で、シベリア教育協会の貢献は大きかったと思います。

他都市での日本語教育

シンポジウムには遠隔地からも多数の教師が集まるの写真
シンポジウムには
遠隔地からも多数の教師が集まる

 ノボシビルスク市が西シベリア地方の日本語教育の中枢であることは間違いありませんが他にも多くの都市で熱心な日本語教育が行われています。北のトムスク市や東のクラスノヤルスク市にも日本語専攻の大学があり、それぞれ弁論大会や教師向けセミナーなどの企画も行っています。その際には専門家が審査員やセミナー講師として参加しています。また南のノボクズネツク市、ケメロボ市、西のオムスク市では独学で日本語を習得した方々が街でたった一人の日本語教師として、語学学校教師や家庭教師をしながら将来は大学での講座開講を目指しています。遠隔地の教師たちにとって、年に一度シンポジウムに参加して研究発表や現状報告を行い、他地域の教師たちと意見交換をすることがやりがいにつながっています。そして専門家は年に一度か二度彼らを訪問し、その貢献を認め何らかの支援をすることが期待されています。夜行列車や長距離バスに乗って半日、時には2日、延々と続く白樺林や草原、タイガを眺めながら出かけていくと、「日本人に会うのは初めて」という学習者たちが満面の笑顔で迎えてくれます。

これからの課題

 ノボシビルスク市の日本語教育機関の多くは、教員数・学生数・日本語教授歴・カリキュラム・設備・教員のレベルなどどれをとっても充実しており、すでに自立的な運営がなされ、これからも発展していくでしょう。今後は「日本語教育が芽生えたばかり」の遠隔地、「たった一人の先生がやめてしまえばその地の日本語教育は終わってしまう」というような地域に目を向け、どんな支援ができるか考えていかなければなりません。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Novosibirsk State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
当機関の日本語科は、西シベリア地域の日本文化研究・日本語教育において中心的役割を果たしている。大学の格付けは国内でも上位であり、多くの卒業生が東洋学研究者、日本語教師、翻訳・通訳者として活躍している。専門家は東洋学学科における日本語会話授業の他、学生の興味・関心に応じた特別講義、日本語能力試験対策、スピーチ指導、論文指導等を担当する。また、現地教師への教材や授業についてのコンサルティング、西シベリア地区における各種日本語教育関連行事への支援を行う。
所在地 Pirogova str.2,Novosibirsk,630090,Russia
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
人文学部東洋学学科、外国語学部歴史と類型学学科、またそれぞれに夜間講座オリエントセンター併設。今年度日本文化センターも開設。
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1970年
国際交流基金からの派遣開始年 2000年
コース種別
東洋学学科:主専攻、外国語学部:副専攻、センター:夜間一般
現地教授スタッフ
東洋学科:5(邦人1)、外国語学部:4(邦人1)、日本センター:2名(邦人1)
学生の履修状況
履修者の内訳   主専攻:10名×5学年計50名、副専攻:〃、センター:5名
学習の主な動機 日本語、日本文化への関心 (就職の手段としてではない)
卒業後の主な進路 大学院、留学、翻訳・通訳者、教師(家庭教師含)、一般企業
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
主専攻で日本語能力試験N1-N2合格
日本への留学人数 年間5-7名程度

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