世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ロシアで3年を過ごして

モスクワ国立大学アジアアフリカ諸国大学
荒川 友幸

ノボシビルスクの日本語教育シンポジウムでの写真
ノボシビルスクの日本語教育シンポジウムで

私はモスクワで3年を過ごし、もうすぐ任期の終わりを迎える。当地で私はロシアと近隣国の日本語教育の活性化支援という仕事に従事してきた。このため、今年度も各地にほぼ20回出張し、講演、研修、デモ授業などを繰り返してきた。

今年度初めて訪問したのは、北コーカサスのピャチゴルスク、ウラル地方のチェリャビンスク、グルジアのトビリシ、モルドバのキシナウ、トルクメニスタンのアシハバットなど。これらの都市の日本語教育の状況についてかんたんに説明したい。

ピャチゴルスクでは言語大学に日本語コースがある。治安上の理由で2003年に日本人教員が撤退した後、その先生に教えを受けたアルメニア系ロシア人の先生が一人で日本語を教えている。たいへん熱心な先生で、私のデモ授業のときも熱心に見てくれていた。ピャチゴルスクは周囲を山で囲まれている。近くにはヨーロッパの最高峰エルブルース(5642m)もある。広大な平原のど真ん中にあるモスクワから行くと新鮮に感じる。名水と温泉で有名であり、昔から湯治に来る人たちも多いとのことである。

チェリャビンスクは例の隕石騒動のあった街であるが。私が訪れたのは隕石落下から2週間後で、街はもうすっかり落ち着きを取り戻していた。当地ではチェリャビンスク国立大学で数人のロシア人と若い日本人女性が日本語を教えている。この女性はどうしても海外で教えたくて、自分で求人情報を探してこのポストを見つけたとのこと。その積極性に感銘を受けた。すでに数年チェリャビンスクに滞在し、職場に完全に溶け込んでいた。

グルジアはすでに20年以上日本語教育が続いていて、グルジア人教員たちも第2世代が中心的な役割を果たすようになっている。こうした教員は、日本で大学院教育を受け、自由自在に日本語を話す。同国はワインと料理が有名で、風光明媚で山がちな地形は中央アジアのスイスと呼べるかもしれない。もっと多くの日本人観光客が訪れるようになってほしいと思う。

モルドバの日本語教育は、モルドバ日本交流財団が唯一の実施機関である。この財団の理事長のバレリウ・ビンザル氏は日本好きが高じて自ら財団を設立し、日本語教育、日本文化紹介の仕事に関わるようになった。ここでも、若い日本人女性2人が教員として勤務していた。モルドバの首都キシナウは静かな町で、人が穏やか、親切である。活気がある一方殺伐としたところもある大都会のモスクワから出向くとほっとする。

トルクメニスタンの日本語教育は2007年に始まったばかりであり、まだ十分な教員の供給体制ができていないことが大きな問題となっている。ようやく卒業生が出始め、彼らが教員として勤務し始めているが、単に日本語教育を行うだけでなく、日本研究者を育成するとなると、さらに長い年月が必要となる。現在の教員はトルクメニスタン人4人と日本人1人である。

トルクメニスタンは以前はたいへん閉鎖的な国であったが、徐々に開放が進んでいる。それでも、風俗習慣は日本とは大きく異なり、驚かされることも多かった。

モスクワ郊外のシュコーラの日本語教室の写真
モスクワ郊外のシュコーラの日本語教室

たとえば、学生は学校の種類ごとに統一的な制服がある。初中等教育レベルの女子学生は青色の、大学の女子学生は赤色の、専門学校の女子学生は緑色の民族衣装を着ることが義務付けられている。髪は長くして三つ編みにしなければならない。また、男子学生は紺色のスーツ、同色のネクタイ、白いシャツを着る。大学の先生たちも男性はみな同じような服装をしていた。

このような状況で、私としてはイエメンのサナー訪問以来の強烈なカルチャーショックを受けることになった。

ロシアおよび近隣国の日本語教育に関わっていると、日本語教育を単に仕事としてではなく、生きがいとして生活の中心にすえている方々が多いことに強い印象を受ける。こうした人たちは、日本、日本語、日本文化が大好きで、それらと関わることに自分の存在意義を見出している。日本人の一人として、これはたいへんうれしい。

私にとっても、ロシアとその近隣国の日本語教育に関わり、各国で日本語教育の促進に尽力する先生たちの姿を間近で見ることができたのはたいへん有意義であった。私は、ここでの体験を今後もずっと反芻(はんすう)し続けることになるであろう。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 モスクワ国立大学校アジアアフリカ諸国大学(略称:ИСАА・イサー)
Institute of Asian and African Studies, Moscow State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
本学はモスクワ国立大学を構成する諸機関の一つ。東洋、アフリカ地域を対象とした研究と教育の2つの役割を担っている。また、全ロシアの東洋・アフリカ研究の教育指導機関であるため、同国の言語教育の共通シラバス策定も行う。日本研究、日本語教育では文学作品の翻訳、教科書の執筆、通訳等の活動で著名な教授陣を揃え、1950年代からロシアの当分野を牽引してきた。専門家はここで日本語を教えると共に、ロシア連邦(極東を除く)、旧CIS諸国の日本語教育アドバイザーを兼務。セミナーへの出講、教師研修への協力、各地の日本語教育事情調査、日本語関連行事への助言等を実施。
所在地 Russia, 125009, Moscow, Mokhovaya Str. 11
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
モスクワ国立大学校アジアアフリカ諸国大学
*学習者は日本語・日本文学、日本史、日本政治、日本経済専攻の4つのグループに分かれる
日本語講座の概要
沿革
講座(業務)開始年   1956年
国際交流基金からの派遣開始年 1993年
コース種別
専攻
現地教授スタッフ
18名(うち邦人2名)
学生の履修状況
履修者の内訳   主専攻各学年30名弱
学習の主な動機 日本・日本語・日本文化への関心
卒業後の主な進路 進学、教員、マスコミ、外務省、一般企業、日系企業
卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N1~N2程度
日本への留学人数 年間20名程度

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