世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)国と国、人と人を繋ぐ日本語教育のパワー

極東国立人文大学
松本茜

国際交流基金から日本語専門家(以下、専門家)が派遣されて20年以上の歴史を持つ極東国立人文大学(以下、人文大学)は、今年で専門家派遣の歴史に幕を下ろします。これまで先輩方が様々な活動を行って来た中、最後の専門家として現地の先生方や学習者に何ができるのか、悩みながら試行錯誤を繰り返した2年を振り返りつつ、現地の活動を紹介したいと思います。

1.ネットワーク作り

専門家の役割の一つに、地域の日本語教育ネットワーク作りがあります。ハバロフスクは、専門家の他に日露青年交流センターより2名の日本人教師が派遣されています。また、留学生や領事館、日系企業等の現地邦人が多く生活しています。日本語教育の活動をしていく中で、現地のロシア人日本語教師やスタッフの助けはもちろん必要ではありますが、現地の日本人教師及び領事館や日系企業の方々の協力は不可欠です。特に日本語能力試験や弁論大会等の大きな行事となると、専門家や現地ロシア人教師やスタッフだけではどうにもなりません。いかに現地の日本人の方々を巻き込んでいけるか、そのため、赴任してからこの2年間は、まず日本語教師会には日本人教師の他に、領事館の文化担当官も必ず参加してもらうようにしました。また、ざっくばらんに自由に意見を出せるよう会議の場所は必ずしも決まりきったいつもの会議室にするのではなく、喫茶店や参加メンバーの自宅等で会を開く等の工夫をしてきました。その他、日本人会幹事会や、領事館主催等の在留邦人の集まりの場では、色々な方にハバロフスクにおける日本語教育の現状や日本語教師の活動等について積極的に会話をしながら、微力ではありますが興味関心を持ってもらえるよう努めました。次第に日本語教育への関心も少しずつ高まり、2014,2015年度の市内弁論大会には、長年の課題であった資金面で日本人会からの寄付を頂けることとなりました。また、人文大学の「日本語クラブ」サークルでは、学生たちとともに日本語を使ってゲームやディベートに参加して頂いたり、町で学生たちに会った際は気兼ねなく話しかけてもらえるようになったり等、少しずつではありますが、現地の日本人と日本語教育との繋がりが強くなってきたのではないかと思います。

2.魅力的な授業作りのために

現在、私は派遣先大学で1年生から5年生までの授業を週に8~10コマ担当しています。赴任してから寂しく感じていたこと、それは入学してきた頃『日本語を学びたい、日本語を通して日本のことをもっと知りたい』という強い気持ちでキラキラと目を輝かせながら授業に来ていた学生たちが、学年が上がるにつれ、その輝きを失い欠席が目立ってくることでした。如何にして学生たちのモチベーションを維持し更に高めていくか、それは大きな課題の一つでした。人文大学はハバロフスクで唯一日本語を主専攻として学んでいる大学ではありますが、通訳・翻訳コースであるため膨大な語彙と表現の知識を詰め込んでいくような形で日々の授業が進んでいきます。その中で専門家は1年生から5年生までの全学年を担当するため、各学年多くても週に2回しか学生たちと顔を合わせることができません。学生たちに知識はあるものの、それを実際に運用する力が十分ではないため、得た知識を実際に「使えた!できた!」という達成感を味わうことができないことが言葉を学ぶ楽しさを減少させている一つの原因だと感じていました。

生教材を使った授業の写真
生教材を使った授業の様子

そこで、授業では日本語教育専門の教材の他、アニメ・映画・ドラマ等の動画、J-POP、ファッション雑誌、広告、パンフレット、食品や薬のパッケージ、案内板や標識の写真、日本の街中の音などの生活の中にある様々なアイテムを教材として活用し、情報を正しく読み取ったり、テーマを決めて発表したり、インタビューをしたり、ディベートしたりするなど、実際に日本語を使って課題を達成する活動を多く取り入れるようにしました。また、将来通訳者や翻訳者として活躍したいと思っている学生には、毎年学内で行われる教師学会発表の際に、通訳者として私の発表を翻訳・通訳してもらうこともありました。そして、学生たちに向けて授業内容を少しずつアレンジしていくと同時に、若手現地教師への支援として、メインとなる教科書の使い方の他、日本から近い極東ロシアの特徴を活かして、市内で手に入れることのできる日本の輸入品を活用した教材の使い方や、インターネットを活用した日本語教材の作り方や使い方を指導するよう努めて来ました。少しずつではありますが、学生たちは以前より積極的に日本語を使うようになり、日本語の面白さや楽しさを再発見してくれているのではないかと思います。また若手教師も新たな教材開発に熱心に取り組むようになってきたと感じています。

3.文化交流を通して日本を伝える

初・中等教育機関での日本行事イベントの写真
初・中等教育機関での日本行事イベント

ロシアに来て驚いたことの一つに、ロシア人の非常に高い日本文化への興味があります。専門家の役割として、文化交流を通してハバロフスクをはじめ極東地域の日本語教育の振興や現地のネットワーク作りを行うことも非常に重要です。声がかかれば、日本センターや初・中等教育機関、語学学校、日本文化サークル等に積極的に出向き活動します。そして毎回、どのイベントも大盛況です。ハバロフスクに来てから、折り紙や書道、生け花といった代表的な日本文化だけではなく、おにぎりの作り方やキャラ弁、コスプレ、剣道の審判講習といったピンポイントの活動依頼もありました。

これまで多種多様なイベントへの支援を行ってきましたが、必ずそれらの文化を伝える際には由来や意味、方法等より深い理解がなければなりません。しかし、ロシア人たちは、それら日本独自の文化に興味が深く、正しく理解したいという気持ちが強いため、伝える側はしっかりと勉強してから本番に臨むことが大切です。日本文化を通して日本、日本人を知りたいという熱く真っすぐな想いと向き合う中で、私自身も一人の日本人として多くのことを学び、言葉を越えた交流をすることができたことは大きな財産です。そして、日本語学習者だけではない幅広いロシア人との文化交流の中で、私を通して日本や日本人を見ているということの責任を再確認させてくれる、とても大切な機会となりました。

どの活動を振り返っても一人で歩いてきた道はどこにもありません。言語、習慣、考え方、すべてが違っても、「日本語・日本文化」を通して結びついた人と人との縁は、いつも私を助けてくれました。「人ありて我あり」、ここで過ごせる時間は限られていますが、これからも一つ一つの授業、一つ一つの行事、一人一人との時間を大切に少しでも現地の方々に恩返しができるよう努力していきたいと思います。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称
Far Eastern State University of the Humanities
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
ハバロフスク地方で唯一の日本語を主専攻とする大学として、当地の日本語教育の中心的立場にある。「通訳・翻訳者養成」を目指した日本語教育を行っている。日本語専門家は1年生から5年生までの全学年の日本語の授業を担当し、学習者の日本語運用力の向上を図るとともに、学科運営への提案、現地教師へのアドバイス、若手教師の育成、現地の日本人とのネットワーク形成補助等を行う。また、週1回の課外クラブ「日本語クラブ」の顧問として活動をサポートしている。
所在地 68 Karl Marx St., Khabarovsk, Russia, 680000
国際交流基金からの派遣者数 専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
歴史・東洋語学部東洋語学科
日本語講座の概要
沿革
  講座(業務)開始年 1991年
  国際交流基金からの派遣開始年 1993年
 
コース種別
  主専攻
 
現地教授スタッフ
  常勤 5名(うち邦人0名) 非常勤 1名(邦人0名)
学生の履修状況
  履修者の内訳 1年16名 2年18名 3年12名 4年11名 5年17名
  学習の主な動機 日本語・日本文化に対する興味、留学、就職など
  卒業後の主な進路 教師(日本語・英語)、旅行会社、一般企業など
  卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N3~N2の受験が可能な程度
  日本への留学人数 年に2~4名程度

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