世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート)モスクワの日本語専門家

モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
須賀美紀

モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学(以下、「ISAA」(通称イサア))で専門家に期待されていること

60周年記念式典日のISAA正面入口の画像
60周年記念式典日のISAA正面入口

今年ISAAは創立60周年を迎え、5月に記念式典が執り行われました。日本語学科は1956年の創立当初から開講されている最も歴史のある学科の1つです。昨年のこのページで日本語学科の「2014年度国際交流基金賞」受賞と、現日本語学科長であるステラ・ブィコワ先生の旭日中綬章受章についてご紹介しましたが、それに続く「平成27年春の外国人叙勲」でも、ISAAの教授であり、ロシア・CIS日本語教師会会長であるリュドミラ・ネチャエワ先生が同じく旭日中綬章を受章されました。

このような偉大な先生方が今なお現役で活躍され、17名もの専門性の高いロシア人教員が教鞭を執っているISAAでは、専門家が教授陣から教授法などについて助言を求められることは殆どありません。ここで専門家に期待されているのは、専門家らしい「より質の高い授業」と「目に見える成果」です。

言うまでもなく、学生は一人一人皆個性を持っています。皆が同じことを繰り返し言い、同じ内容の練習をするのではなく、それぞれの個性が必要とする言葉や表現を、教師の助言を得ながら適切に運用して、自分自身の言葉で意見や情報を交わし合う、私はそんな授業を心掛けています。

授業の最後には、決まってクラスでインタビュー活動をします。一人目の時はたどたどしかった日本語が、3人、4人と繰り返すうちに滑らかに口から出るようになってきます。同時にクラスメートの様々な発想に触れることもできます。ペアやグループでの活動中やインタビュー中、私は教室内をぐるぐる歩き、一人一人の様子を窺い、声をかけて回ります。この3年間、毎年1年生3クラスの授業を担当してきましたが、一度として全く同じ流れ、同じ内容の授業になることはありませんでした。一方で、学生の発想の豊かさや興味関心の幅広さには何度も驚かされました。教師という職業の醍醐味は正にそういうところにあるのではないかと思います。

モスクワJF日本語講座の受講者と講師たち

JF講座講師会のひとコマの画像
JF講座講師会のひとコマ

モスクワJF日本語講座(以下、「JF講座」)では、2016年6月現在約190名がコミュニケーションと文化理解のために日本語を学んでいます。在籍者の約65%が働いている成人で、約30%が大学で日本語を勉強していない大学生です。授業は平日夜7時から9時までの2時間ですが、クラスの約半数は仕事や大学での勉強のために、10分から遅い人では40分ぐらい遅刻してきます。1学期間(15週間)の出席率は平均70%前後で、決していいとは言えませんが、学習継続率(到達基準を達成して上のレベルに進級する割合)は、入門や初級のレベルでは90%を超えることも珍しくありません。この数字は、一般講座としては極めて高いと言えます。彼らをこれほど日本語にかき立てるのは何なのでしょうか。私は、それは共通の趣味を持つ仲間との楽しい一時と、彼らの日本語学習をしっかりサポートしてくれている、選りすぐりの9名のロシア人講師と5名の日本人講師達の熱意と努力によるものではないかと思っています。

JF講座では毎学期末、受講者に講座と講師に関するアンケートを実施しています。2015年のアンケートでは、講座に対して「大変満足」と「まあ満足」と回答した人が97%(134名中130名)を占めました。また、講師に関するアンケートでは、「講師は意欲的で、授業は楽しいか」など全5項目において「大変満足」が90%以上、「まあ満足」と合わせて「満足」という回答が99%(142名中140名)でした。この結果からもJF講座の講師達が「疲れていても、行きたくなる」ような興味深い授業を日々実践し、いかに受講者から信頼されているかということが容易に想像できます。

JF講座では毎年3回講師会を開き、その都度「成人学習者が無理なく、言葉や文化を学ぶこと自体を楽しめる」というJF講座の理念と、ロシアの学習者のニーズに合った講座運営や授業内容についての勉強会を行ってきました。私はこの7月に離任しますが、「モスクワJF講座らしい授業」は今いる現地の講師達によって受け継がれ、さらなる発展を遂げてくれることと期待しています。

中等教育(学校)における日本語教育支援

2015年8月、モスクワとノボシビルスクの学校で日本語を教えているロシア人教師6名が、東京で行われた日露学校教師合同研修(公益財団法人国際文化フォーラム日露青年交流センターの共催事業)に参加しました。これは、ロシアの学校の日本語教師と日本の高校のロシア語教師の交流、そして、お互いの言葉と文化を学んでいる生徒達のその後2年に渡る交流プロジェクトの始まりでした。両者は「何のために学校で日本語/ロシア語を学んでいるのか」という根本的な部分で共通するものがあります。国際文化フォーラムの水口景子事務局長の言葉を借りれば、それは、それまで未知だった世界や人々と「つながるため」。私達もまたその思いに共感し、本プロジェクトへの協力を喜んで受諾しました。具体的には、日本へ派遣する教師の選定、合同研修後のモスクワでの報告会や、新年度から各学校で取り組んだプロジェクトワークの中間報告会などを開催しました。そして、これらの活動やその他の様々な情報をモスクワ日本文化センターWebサイトSNSで配信することにより、ロシア全土の学校で奮闘している多くの教師達を応援しています。

派遣先機関の情報
派遣先機関名称 モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学
Institute of Asian and African Studies, Moscow State University
派遣先機関の位置付け
及び業務内容
本学はモスクワ国立大学を構成する諸機関の一つ。アジア、アフリカ地域を対象とした研究と教育の2つの役割を担っている。また、全ロシアのアジア・アフリカ研究の教育指導機関であるため、同国の言語教育の共通シラバス策定も行う。日本研究、日本語教育では文学作品の翻訳、教科書の執筆、通訳等の活動で著名な教授陣を揃え、1950年代からロシアの当分野を牽引してきた。専門家は当機関で日本語の授業を担当すると共に、2011年からモスクワに設置されているJF日本語講座の運営全般、教師研修、主にモスクワ地域における日本語の普及と日本語教育の活性化支援、日本語関連行事への協力等を行っている。
所在地 Russia, 125009, Moscow, Mokhovaya Str. 11
国際交流基金からの派遣者数 上級専門家:1名
日本語講座の所属学部、
学科名称
モスクワ国立大学アジア・アフリカ諸国大学(「ISAA」(通称イサア))日本語学科  *ISAAは正式にはモスクワ大学の「一学部」だが、規模が大きく、一教育・研究機関としての独立性を保持しており、日本語では「大学」と称される。学生は日本語学科に所属する前に、アジア・アフリカ地域の専門学部(文学部、経済学部、政治学部、歴史学部)に所属し、それぞれの所属学部から日本語を専門言語(第一東洋言語)として専攻している。
日本語講座の概要
沿革
  講座(業務)開始年 1956年
  国際交流基金からの派遣開始年 1993年
 
コース種別
  専攻
 
現地教授スタッフ
  18名(うち邦人1名)
学生の履修状況
  履修者の内訳 1年29名、2年28名、3年31名、4年58名(含留学中19名)、修士他28名
  学習の主な動機 日本・日本の言語・文化・社会等への関心
  卒業後の主な進路 進学、教員、研究者、外交関係、マスコミ、日系企業、一般企業
  卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験N1~N2程度
  日本への留学人数 年間20名程度

ページトップへ戻る