世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) ウクライナに新しい日本語教育を

キエフ国立言語大学附属東洋語大学
新 佳乃子

キエフ言語大第1校舎の写真
キエフ言語大第1校舎

 キエフ国立言語大学に日本より専門家が派遣されたのは、昨年9月からです。しかし、本学はそれ以前から、主専攻で日本語を学べる機関としては、ウクライナ国内で一番大きく、教師数も充実していました。日本語を母語とする教師もおり、限られた教材、機材等の条件の下、熱心に教育が実践されてきました。

 しかし、ウクライナにはまだ、本格的な日本研究および日本語、日本語教育研究が行われている機関がありません。本学にも、一般教育学の大学院はありますが、日本語関係はまだなく、教師たちは大学を卒業後、すぐに母校で教え始めた者が大部分です。従って教授法は、自分たちが学んできた方法を引き継ぎ、古い文法書を使った、旧来の文法訳読法、読解と漢字教育が中心のものにならざるを得ませんでした。

 私が赴任しました当初、学生が持っていた教科書は、ロシアで作成された文法書と、日本の国語教科書だけでした。これは、もちろん経済的な理由にも因りますが、それ以前に、新しい教科書、新しい教授法の情報が不足していたためです。また、ウクライナにとって、日本という国は大変遠い存在で、国内で日本人に出会うことも少なく、日本語を学んでも、それを使用する機会がほとんどありません。そのため、運用力を身につけるという視点が、教育の場に欠けていたことも原因です。学習者の唯一の希望は、日本への留学試験に合格し、「憧れの経済大国」「神秘的な東洋の国」日本に、1年間留学することです。そのためにはできるだけ多くの漢字、語彙、文法を覚え、読解力を身につけることが先決、という考えが根強かったのです。

 この大学に赴任して以来、まず私のしてきたことは「一生懸命勉強してきた、その文法と言葉を、実際に使ってみよう」と学生たちに呼びかけ、その楽しさを実感してもらうことです。他愛のないことと感じられるかもしれません。しかし、難しい漢字熟語はたくさん知っているのに、どうしても簡単な言葉が出てこない、日本人の言っている言葉が聞き取れない、恥ずかしい、もどかしいといった学生の表情が、この1年で、徐々に変わってきました。日本語の勉強は難しいものと思っていた学生も、この授業はいつも面白い、実際に会話できるようになりたい、と言うようになってきました。

キエフ言語大東洋語校舎の写真
キエフ言語大東洋語校舎

 一方、教師たちに対しては、これまでの教授法をある程度尊重しつつ、できるだけ気軽に相談しやすい雰囲気を作るよう努めました。彼らは各々の授業について、カリキュラムも教材の選択も一切を任されており、組織として一貫したものがありません。彼らの指針としてきたものは、過去に自分が受けてきた教育と、留学生試験、そして、学生の反応です。教師一人ひとりは、大変低い賃金と教材不足に悩みながらも、できるだけ学生の期待に応えようとしています。学生が、徐々に運用力を求めるようになってきた今、教師たちには、段階的で適切なアドバイスと、援助を与える者が必要です。幸いなことに、日本で教師研修を受けた者も少しずつ増えてきており、新しい教材、教授法に、皆関心を持っています。自らロールプレイ用の教材を作成した教師もいます。教師は権威あるもの、授業は厳しく、効率よく整然と、といった考え方が根強い国柄ですが、徐々にイメージを変えつつあるといえます。 また、学外では、日本語教師会の活動を見直し、教師の勉強、情報交換の場として役割を果たすよう指導してきました。毎年行われてきた弁論大会のほかに、今年度初めて、教師会主催の日本語教育セミナーを開き、大変好評を得ました。同時に、ウクライナの日本語教育が抱える様々な問題点を、改めて皆で確認することができました。

 ウクライナは、まだ独立したばかりで、様々な困難を抱えています。一方、文化水準は高く、歴史もあり、プライドの高い民族です。日本人でなければ日本語教育はできない、というのではなく、できるだけ優秀な教師を育て、本格的な日本語研究を促し、現地に合った日本語教育が実践されるようにしなければなりません。そのために、日本語教育専門家に期待されるものは大変複雑で、また、やりがいのあるものです。今後もこれまでの基本方針を維持しつつ、今後は、派遣先大学のカリキュラムの整備、教材の充実、教師会のさらなる充実、現地教師の技術向上、等を目指して活動していきたいと考えています。また、日本語能力試験も、できるだけ早く実現したい課題です。「ウクライナに来てくださってありがとう」と言ってくれる学生たち、教師たちの言葉を励みに、今後も、可能な限り頑張っていきたいと思っています。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 キエフ国立言語大学は、日本語を主専攻で学ぶ学生数および教師数が国内で一番多く、日本語教育に於いて重要な位置を占めている。学生の質は高く、毎年、国内の弁論大会で上位入賞し、また、日本へも留学している。卒業後に教師になる者も多い。  派遣尊門家の業務は、①学生の学習レベルを高め、実践的な日本語を身につけさせること。そのために、本年度は8クラスで会話を担当し、また、日本語クラブを指導している。②11名の現地教師のレベル・アップ。そのために、各教師の授業を参観し、教材、教授法などのアドバイスを行っている。また、ウクライナ教師会を運営している。
ロ.派遣先機関名称 キエフ国立言語大学附属東洋語大学
Kiev State Linguistic University, Institute of Oriental Languages
ハ.所在地 Kiev, Chervonoarmeiskaya Str.73, UKRAINE
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
東洋言語文明講座 日本語科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1990年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 2001年
(ロ)コース種別
専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤9名(うち邦人0名)
非常勤2名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   110名(1年26、2年21、3年21、4年25、5年16)
(2) 学習の主な動機 日本文化・経済への興味、就職、日本留学
(3) 卒業後の主な進路 就職(大学・初中等教育機関、企業、日本センター、日本大使館)
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力検定3級~2級程度
(5) 日本への留学人数 6名

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