世界の日本語教育の現場から(国際交流基金日本語専門家レポート) 情報公開とネットワーク整備が今後の課題

キエフ国立大学
有松 尚子

派遣専門家に期待される役割

キエフ大学タラス・シェフチェンコ公園の写真
キエフ大学タラス・シェフチェンコ公園

 ウクライナ国民は一般に知識と教養を重んじる。このような国民性を反映してか、日本語教育の場でも、非常に研究熱心で、日本語のみならず、日本史、日本文学等に造詣の深い教師に出会うことがしばしばある。しかも、ほとんどの場合、彼らはそれを自国内において独学で身に付けているのである。その過程での努力は並大抵のものではなかったと思われるが、それだけに自尊心も強く、自身の教授法、教授能力等について他から何か言われることを好まない。彼らが派遣専門家に求めるのは、古歌の解釈であったり、時には草書で書かれた美術品の判読であったりする。

 学習者の中にも、自身の日本語学習意欲と提供される教材の量の不均衡からか、百科事典、一般書等から難解な語を抜き出し、運用能力の有無とは関係なく質問にくる者がいる。一方で、教職についたものの、自身の教授能力はおろか、日本語力自体にも自信がなく、使用教材を持参して逐一質問をしていく者もいる。

 派遣専門家に求められる役割は、学習者、教師の日本語力の向上の補助、経験の浅い教師に対する教授法の例示、指導、点検等、そして日本語の周辺で学習者、研究者が興味を示すであろう幅広い事柄に関する知識の提供であろう。

派遣専門家業務

キエフ国立大学附属言語学大学の写真
キエフ国立大学附属言語学大学

 本学においては、2学年、3学年の日本語の授業を合計で週に16時間担当している。派遣専門家としては、1学年のうちから母語話者の話す日本語に慣れさせ、音声、運用の両面で自然な日本語を身に付けさせたいと考えているのであるが、大学側の方針としては、1学年であれば経験の浅い者でも教えることが可能であるためこれをあて、派遣専門家には上級学年を担当させる、という方針になっている。また、経験の長いウクライナ人教師には専門科目(歴史、文学、経済等)があてられる。

 カリキュラム、教材等は大学側から明確に定められておらず、各教師が個別に作成、選定を行っているが、これも派遣専門家が中心となって、学習者、教師両方の視点から考えつつ行うことになる。

その他活動

「ウクライナ国立歴史博物館」紹介ビデオ日本語解説

 2001年度日本政府文化無償援助の一環として、ウクライナ国立歴史博物館と住友商事株式会社キエフ事務所が作成した紹介ビデオの日本語解説吹き込みを、本学日本語講座に在籍する学生が担当した。

学生会

 1996年以降の専門家派遣が成果をあげつつある本学の学習者は、その能力もさることながら、学習意欲が非常に高い。特に、母語話者から生きた日本語会話を学びたいという欲求は強く、学習者の強い希望と大学側の理解のもとに、派遣専門家は隔週土曜日に、3時間程度の課外活動を行っている。正規の授業の中で話題にあがったもの等を中心に学生がテーマを決め、ディスカッションを行う。テーマに沿った講演を在留邦人に依頼することもある。

教師会

 国際交流基金からのネットワーク形成助成金をもとに、ウクライナ日本語教師会、キエフ日本語教師会を組織し、日本語弁論大会、日本語教育セミナー等の行事、毎月の報告会、勉強会等を行っている。

教師会は孤軍奮闘している若い教師たちの情報交換の場としても機能している。今年度、日本語弁論大会、日本語教育セミナーという二つの大きな行事を通して、キエフ市内の機関で教えている教師間には協力体制が整ってきた。今後はこれを、地方で教えている教師にもより詳しく伝えていき、ウクライナ全体の太いパイプを作っていく必要があると感じている。

ウクライナにおける日本語教育上の問題点

 改善されつつはあるが、ウクライナにおいては何事に関しても情報が非公開、あるいは情報に対する無関心という問題がある。先に述べた、独学で深い知識と教養を身に付けた教師たちは、自信があるゆえに他の情報を受け入れないのであろうと思われるが、自信を持たない者たちは、自身が軽視されることを恐れたり、また、入手したわずかな情報により自分の立場を有利にしようと考えて、他教師との交流、情報交換を拒んでいるように見受けられる。

 もっとも、教師会への参加、行事を行うにあたっての共同作業等を通じて、一部の教師間では信頼関係が生まれ、状況は改善されつつあるように見える。

 今後の課題は、現在までのところ教師会に興味を示さない多くの教師たちに対し、さらに積極的な呼びかけを行い、また参加したいと皆が思えるような充実した教師会を作っていくことであろうと考えている。

派遣先機関の情報
イ.派遣先機関の位置付け
  及び業務内容
 キエフ国立大学は、ウクライナ国内でもっとも優秀な学生の集まる大学として知られており、各界著名人を数多く輩出している。日本語講座に関しては、1991年開講とまだ歴史が浅く卒業生の数は少ないものの、その中には日本語能力試験1級を取得した者、大学に残り後続の指導にあたる者、日本企業に就職した者等、ウクライナ日本語教育界をリードし、また学習者にとっての大きな目標、刺激となっている者が少なくない。
 派遣専門家に求められるのは、彼らに続く優秀な学生の育成および教師の育成、さらに教師間の連絡、協力体制を整備することである。
ロ.派遣先機関名称 タラス・シェフチェンコ記念キエフ国立大学
National Taras Shevchenko University of Kyiv
ハ.所在地 Ukraine, Kyiv 01017, Boulevard Taras Shevchenko 14
ニ.国際交流基金派遣者数 NIS専門家:1名
ホ.日本語講座の所属学部、
  学科名称
附属言語学大学中近東学科
ヘ.日本語講座の概要
(イ)沿革
(1)講座(業務)開始年   1991年
(2)専門家・青年教師派遣開始年 1996年
(ロ)コース種別
専攻、副専攻
(ハ)現地教授スタッフ
常勤8名(うち邦人0名)
(ニ)学生の履修状況
(1) 履修者の内訳   専攻 93名 副専攻 40名
(2) 学習の主な動機 日本企業、省庁等への就職、日本文化への興味
(3) 卒業後の主な進路 日本企業、日本センター、本学日本語教師、初中等教育日本語教師
(4) 卒業時の平均的な
日本語能力レベル
日本語能力試験1~2級程度
(5) 日本への留学人数 年間3~4名

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